第35話 数字という現実
翌朝。
麦猫堂の扉に、見慣れない封筒が挟まっていた。
すぐに分かった。
アークからだ。
封筒を開き、中の紙を読む。
――準会員第一次査定目標
陽だまりパン 一日五十個販売
達成期限:三日間
「……ごじゅ……」
声が裏返った。
「五十個!? 一日に!?」
「むちゃくちゃだよ、あいつ」
ハンナが露骨に眉をひそめる。
今の陽だまりパンの販売数は、
良くて二十。
平均十五前後。
その三倍以上。
(そんなの……無理)
足元が揺れた気がした。
でも。
(数字が、私の価値……)
冷たい文字が胸を締め付ける。
「エリ」
セシルの声が静かに落ちた。
「やれます。
お嬢様ならやれます」
「……でも現実が……」
「数字とは現実です。
ゆえに、工夫すれば動かせます」
セシルが紙を指先で弾いた。
「この条件、裏を返せば
数字さえ伸びれば誰も文句は言わないということ」
「だけど、そんな売り方……」
「一つ提案があります。
出張販売を再開しましょう」
「出張……販売……!」
頭に、貴族街のあの人たちの顔が浮かぶ。
雨の日の恩が……今も残っているなら。
「許可は不要です。
私物の売り歩きは禁止されていません」
セシルの声は落ち着いていた。
「ただし、時間との勝負になります。
一刻も早く動きましょう」
セシルの言葉は鋭く、現実的で、でも希望だった。
「……やる。
やるよ、セシル。
三日で、五十個。絶対に達成する!」
「承知しました。
エリの挑戦を支え抜きます」
セシルは、迷いのない目で私を見つめた。
◇ ◇ ◇
午前中の焼き上げは、全て陽だまりパン。
私の手が追いつく限り。
「少しでも質を落としたら意味がないよ」
ハンナの忠告に、私は強く頷く。
「想いと数字、その両方を証明するんだ」
◇ ◇ ◇
昼過ぎ、籠が山盛りになった陽だまりパンを前に、
私は一度息を整えた。
「行ってくる」
「気を付けてね。エリのパンは、きっと届く」
ハンナの声を背に、外へ出る。
(数字が、私を試す)
怖さもある。
だけどそれ以上に、闘志が沸いていた。
◇ ◇ ◇
「エリ。二手に分かれます」
隣を歩くセシルが言った。
「私は先に城下の広場を回ります。
お嬢様は貴族街へ」
「分かった。後で合流ね」
視線が交わる。
その一瞬が力になる。
「必ず達成しましょう」
「うん!」
私は、駆けだした。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目内容金額
収入通常営業の日給(陽だまりパン集中のため少減)+22
収入貴族街向け販売初日+15
合計+37
借金残高23,346 → 23,309リラ
セシルの一口メモ
数字の壁は高いほど、越えた時の景色は広がります。




