表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/47

第34話 監督官、現る

商人連合の準会員――

 その肩書きが与えられてから、三日が過ぎた。


 その間、監督官の姿はなかった。

 だからどこかで、少しだけ、私は期待していたのかもしれない。


(このまま来なければいいのに)


 でも、それは甘い願いだった。


   ◇ ◇ ◇


 昼下がり。

 麦猫堂にゆったりとした空気が流れていた時、


 店の扉が、控えめに、それでも揺るぎなく叩かれた。


 カラン、と鈴が鳴る。


「失礼する」


 落ち着いた声。

 振り向いた先に立っていたのは、黒の外套を羽織った青年だった。


 鋭い紫がかった瞳。

 無駄のない所作。

 日常に存在しない硬さをまとっている。


「こちらが麦猫堂で間違いないな」


「はい……」


 ハンナが応じると、青年は私へと視線を向けた。


「エリシア・フォン・リースフェルト様。

 商人連合より派遣された監督官、アークと申す」


「か、監督官さん……!」


 声が上ずる。

胸がきゅっと縮む。


「本日より定期的に査察を行い、

 あなたの活動を監督するよう命じられております」


「査察……」


 その言葉には、ただならぬ重みがあった。


「ご安心を。私は敵ではありません。

 あなたの成功を、商人連合の利益と結びつけるための存在です」


 笑顔を浮かべたが、目は笑っていない。


 怖い。

 だけど、引き下がるわけにはいかない。


「よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げた。


(私、もう後戻りできないんだ……)


   ◇ ◇ ◇


「アーク殿。監督官が直接足を運ばれるとは」


 奥から静かに歩いてきた影――

 セシルだ。


 その声は丁寧だが、冷えた刃が隠れている。


「これはこれは。セシル殿もこちらに」


 アークが目を細める。

 二人の視線が交差した瞬間、

空気がきりりと張り詰めた。


(知り合い……?)


「貴殿がエリシア様を補佐なさっていると伺っております。

 商人連合としても、その力量には一定の評価を」


「身に余ります」


 セシルは一歩も引かない。

その応対は、主と店を守る騎士のようだった。


「ただ……」


 アークの目が、私へ戻る。


「準会員登録は、あくまで通過点です。

 あなたの価値は、数字で示していただきます」


「数字……」


「売り上げ。支持。成果。

 想いだけでは、世界は動きませんので」


 胸が締め付けられる。

 確かに正しい。

けれど、突き刺さる。


「では本日はひとまずこれで。

 近日中に、初回の査定基準を通達いたします」


 アークは一礼して店を後にした。


   ◇ ◇ ◇


「……怖かった」


 私が呟くと、セシルが静かに言った。


「当然です。

 お嬢様は、今まさに大きな舞台に上がられた」


「舞台……」


「大丈夫です」

セシルの瞳が真っ直ぐ私を見つめる。

「エリは、一人ではありません」


 胸の奥に温かさが差し込む。


(セシル……)


 アークの数字という言葉が重くのしかかるけれど、

 それでも怖さより、少しだけ勇気が勝った。


「うん。やるよ。

 私……ちゃんと数字で証明する」


「そのお言葉、頼もしい限りです。

 エリなら、きっとできます」


 セシルが初めて、

迷いなく私を名前で呼んだ。


   ◇ ◇ ◇


本日の収支記録

項目内容金額

収入通常営業の日給+25

収入陽だまりパン小口注文+8

合計+33

借金残高23,379 → 23,346リラ


セシルの一口メモ

世界が広がるほど、敵も増えます。

しかしエリが前を向く限り、私は共に戦います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ