第33話 封蝋の重み
朝。
麦猫堂の扉が、いつものように開く。
だが、胸の奥はまったく落ち着かなかった。
(今日こそ……来るかもしれない)
商人連合の査定結果。
届くのが怖い。
でも、届かないのはもっと怖い。
「エリ、手が止まってるよ」
ハンナが笑う。
「あ……ごめんなさい!」
慌てて生地に向き直る。
(いつも通り……いつも通りに……)
そう思うほど、指の動きが硬くなる。
◇ ◇ ◇
昼少し前。
店の前に、一台の馬車が止まった。
胸が跳ねる。
「まさか……」
扉が開き、濃紺の制服を着た文官が降りてきた。
「麦猫堂はこちらで」
「はい。何か御用ですか」
ハンナが対応する。
文官は懐から封筒を取り出し、私の名を呼んだ。
「エリシア様にお届けする書状です」
「私に……!」
受け取った封筒は、赤い封蝋。
あの日と同じ印。
(とうとう……)
呼吸が浅くなる。
文官は礼をして去り、車輪の音が遠ざかる。
「エリ、早く開けなよ」
「う、うん……」
震える手で封蝋に指をかける。
破る音が、やけに大きく響いた。
一枚の書状が滑り出る。
「商人連合第四席、審査長ルーベルト殿より……
査定の結果、あなたの技術と将来性を認め――
準会員登録を認める、とのことです」
「おおっ!」
ハンナが両手を挙げる。
(通った……!)
膝が落ちそうになる。
「すっごいじゃないかエリ!
商人連合の準会員なんて、めったに取れるもんじゃないよ!」
「は、はい……! 私……!」
言葉が追いつかない。
胸がいっぱいで、呼吸が苦しい。
(私……認められた)
◇ ◇ ◇
「お嬢様」
背後から声。
振り返ると、セシルは姿勢を正していた。
「おめでとうございます。誇るべき成果です」
「セシル……ありがとう」
彼は深く頭を下げた。
「……ただし」
その声が、ほんの僅か鋭くなる。
「書状の下段をご覧ください」
「下段……?」
視線を落とす。
そこには一文。
――ただし、当面は
連合より派遣の監督官を付けるものとする
「監督官……?」
「はい」
セシルは鋭い目で書状を見つめる。
「準会員は、監視対象にもなるのです。
お嬢様だけでなく、周囲にも影響します」
「周囲……セシルも……?」
「心配はいりません」
柔らかな笑み。
「私がお嬢様をお守りします」
(……お嬢様、か)
距離を感じた。
だけど、その距離が私を支えている。
「ありがとう。
セシルがいれば……きっと大丈夫」
その瞬間。
「エリ」
小さく、掠れる声。
呼び方が変わった。
二人きりの時の、あの距離の呼び方。
「本当に……よくやられました」
今度こそ涙が溢れそうになった。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目内容金額
収入通常営業の日給+25
収入準会員登録祝いの心付け(常連より)+10
合計+35
借金残高23,414 → 23,379リラ
セシルの一口メモ
お嬢様の進む先に、責任と選択が増えます。
安心して選べるよう、私が隣に。




