第27話 商人連合からの書状
雨が上がった翌日。
街は雨粒の残る石畳がきらりと光り、ひんやりした空気の中に小さな陽だまりが揺れていた。
「よーし、今日も一日頑張ろうかね」
ハンナが大きく伸びをしながら言う。
「はい!」
私は元気よく返事をし、生地に手を伸ばす。
昨日のベンさんの言葉がまだ胸の奥で温かく灯っていた。
(誰かの力になれるって……嬉しい)
その気持ちが、今日の一歩を軽くしてくれる。
◇ ◇ ◇
昼前。
店の外から馬車の車輪が止まる音がした。
「おや、こんな時間に馬車なんて珍しいねえ」
ハンナが扉の方へ目をやった。
扉が開くと、濃紺の礼服を着た中年の文官らしき男性が姿を現した。
「麦猫堂はこちらで間違いございませんか」
「はい、そうですが……」
ハンナが応じる。
文官は軽く頭を下げ、懐から白い封筒を取り出した。
「こちら、商人連合の代表よりの書状です」
そして、私の方を向き
「エリシア様へ、お渡しするよう仰せつかっております」
「わ、私に……!?」
手渡された封筒は厚みがあり、赤い封蝋が押されていた。
まるで王宮からの通達のような厳かな気配を含んでいる。
文官は丁寧に一礼し、店を後にした。
◇ ◇ ◇
「エリ、開けてごらん」
ハンナが優しく促す。
私は手を震わせながら封蝋を割った。
中には美しい筆跡でこう記されていた。
――噂に聞く陽だまりパンの職人、
エリシア殿にお会いしたく候。
つきましては、商人連合本部にて
試食査定ならびに面談の場を設けたい。
「試食……査定……?」
声が自然と震える。
「こりゃあ、エリ。偉い話だよ」
ハンナが目を見開いた。
「商人連合が職人を指名するなんて、滅多にないよ。
すごいよ、あんた」
「で、でも……どうしよう。私なんて、まだまだで……!」
「自分を小さく見すぎなんだよ」
ハンナは笑い、ぽんと私の背中を叩いた。
「困ったときは相談に来るんだよ、いいね」
「……はい」
胸の奥に、緊張とわずかな期待が入り混じる。
(行くべき?
私が……商人連合に……?)
世界が一歩広がる音がした。
◇ ◇ ◇
その時、奥から静かに歩いてきた影があった。
「お嬢様」
セシルが姿を見せた。
「セシル……! いま、商人連合から……!」
私は封書を差し出した。
セシルは丁寧に視線を落とし、数秒読み込んだあと、静かに口を開いた。
「……控えめに申し上げても、これは大変名誉なことです。
お嬢様の努力が実を結んだ証といえます」
「えへへ……なんだか、まだ信じられなくて」
「信じてよいのです。お嬢様は評価されるだけの仕事をされてきました」
珍しく、セシルの声は柔らかかった。
いつもの壁のような冷静さがわずかに緩んでいる。
(セシル……そう言ってくれるんだ)
心が静かに温まった。
だがその後、セシルはふっと目を伏せる。
「ただし……決して油断はなさらぬよう。
商人連合は、善意だけで動く組織ではありません」
「え……?」
「その場には、利益、評判、政治……さまざまな思惑が渦巻きます。
お嬢様が関わる以上、私は細心の注意を払います」
優しさと警戒が入り混じった声。
その言葉に、私は背筋を伸ばした。
「……分かった。準備、頑張るよ」
「はい。お嬢様なら、必ずやり遂げられます」
セシルは軽く頭を下げた。
その横顔はいつもより少し遠く感じた。
(セシル……あなたも、何かを抱えているんだよね)
そう思うと、胸が少しだけ重くなった。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目内容金額
収入通常営業の日給+25
収入貴族街の追加注文(陽だまりパン・エリ取り分)+15
合計+40
借金残高23,622 → 23,582リラ
セシルの一口メモ
本日の書状は、お嬢様の功績によるものです。
誇ってよいことでしょう。
ただし、面談には必ず私が同行いたします。




