表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/47

第24話 夜の気配と、届く知らせ

ヒルダ、クロフォード家、そして町の噂。

 陽だまりパンの評判は、静かに、しかし確実に広がっていた。


「今日もいっぱいだねえ」

 ハンナが棚を見上げて笑う。

「ありがたいこったよ。エリ、注文の紙、これね」


 差し出された紙には、陽だまりパン六個と書かれていた。


(昨日より少し少ない……だけど)


 それでも、私個人への指名注文が続くことに変わりはない。


「エリ、いけるかい?」


「はい。作ります」


 気持ちを切り替え、生地に向き合う。

 もはや陽だまりパンの手順は体に馴染み始め、作業は以前よりずっと滑らかだった。


   ◇ ◇ ◇


 昼前、依頼分を焼き終えたころ。

 店の外で聞き慣れた声がした。


「麦猫堂はここかしら」


 振り返ると、昨日のヒルダが立っていた。


「ヒルダさん!」


「こんにちは。追加で四個、お願いできますか?」


「はい! すぐに焼きます」


「急ぎませんので、ゆっくりで大丈夫です」

 ヒルダは微笑んだあと、続けて小さく付け加えた。

「お嬢様がお友達にも差し上げたいそうで」


(広がってる……本当に、広がってるんだ)


 実感が胸の奥にひたひたと満ちていく。


   ◇ ◇ ◇


 午後の仕込みが一段落し、私は粉で白くなった手を洗った。


「ふう……今日もなんとか乗り切った……」


「お嬢様」

 セシルが隣にきて、タオルを差し出す。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 セシルはいつも通りの穏やかな目をしていた。

 ……はずだった。


(あれ……?)


 その瞳の奥に、ほんの小さい、けれど鋭い影が見えた気がした。


「セシル、何かあった?」


「いえ。問題はありません」


「でも……少し、疲れてる?」


「お嬢様こそ、休むべきです。私は大丈夫です」


 言い切る声は静かだが、どこか張り詰めている。


 聞こうとしたその瞬間――

 店の扉が開いた。


「失礼します!」


 駆け込んできたのは、小柄な少年だった。

 息を切らして、セシルに駆け寄る。


「クロフォード家の方から……伝言です!

 至急、お越し願いたいと……!」


 店の空気が、ぴんと張り詰めた。


「……分かりました」

 セシルはわずかに表情を引き締め、帽子を取って軽く頭を下げた。

「お嬢様。少し席を外します」


「え、ええ。気をつけて」


 去っていく背中。

 その横顔は一瞬だけ、見たことがないほど複雑な色をしていた。


   ◇ ◇ ◇


「セシル、大丈夫かね……」

 ハンナが腕を組んで呟いた。


「……心配です」


 私の胸の奥にも、不安の影がじわりと広がる。

 セシルはいつも冷静で、どんな相手にも余計な顔色を見せない。

 そんな彼が、今、呼び出しに向かう時だけは、違う目をしている。


(いったい……何があるの?)


 その答えはまだ分からなかった。


   ◇ ◇ ◇


 その日の夜遅く。

 セシルは戻らなかった。


 私は膝の上でそっと手を握りしめた。


(セシル……無事でいて)


   ◇ ◇ ◇


本日の収支記録

項目内容金額リラ

収入通常営業の日給+25

収入陽だまりパン依頼(ヒルダ分・エリ取り分)+12

合計+37

借金残高23,694 → 23,657リラ


セシルの一口メモ

本日は記録なし。

(本人不在のため、エリがページを閉じた。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ