表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/132

第128話 条件の影で

朝の麦猫堂は、いつも通りの音で満ちていた。

粉を払う音、鉄板の触れる音、遠くの通りを行き交う人の気配。


それなのに、エリの胸の奥には、

言葉にならない重さが沈んでいた。


(条件を出す、って……簡単じゃない)


昨日は前を向けた。

自分で選ぶ覚悟も、確かにあった。


けれど、朝になれば現実は変わらない。


商人連合。

噂。

視線。

そして、数字。


「エリ、火加減いいよ」


ハンナの声に、はっとする。


「ありがとうございます」


答えながら、生地に触れる。

指先の感触は、嘘をつかない。


(……大丈夫。今は、目の前)


そう言い聞かせていると、

店の扉が控えめに叩かれた。


「失礼します」


入ってきたのは、見覚えのある文官服の男だった。


「麦猫堂のエリシア様ですね。

 商人連合より、確認事項があり参りました」


エリの背筋が、わずかに張る。


「はい。私ですが」


男は一枚の書付を差し出した。


「先日の催事に関する件です。

 正式な返答は、まだという認識でよろしいでしょうか」


「……はい。考える時間をいただいています」


「承知しました」


文官は淡々と続ける。


「ただし、参加枠の都合上、

 猶予はあまり長く取れません」


遠回しだが、はっきりした圧だった。


「理解しています」


エリは逃げずに答えた。


文官が去り、扉が閉まる。


厨房に、少しだけ静寂が落ちた。


「……何かあったのかい?」


ハンナが、いつも通りの調子で聞く。


「いえ。すぐじゃない話です」


嘘ではない言い方だった。


(今は、まだ)


だが、その様子を、

セシルは黙って見ていた。


   ◇ ◇ ◇


昼過ぎ。

仕込みの合間、セシルが静かに声を落とす。


「連合側の動きが、早まっています」


「……うん。感じてる」


「条件を出すなら、時間は味方しません」


「分かってる」


即答できたのは、

もう迷っていないからだ。


「でも……」

エリは一度、言葉を切った。


「条件って、盾にもなるけど、

 見せ方を間違えたら、ただの反抗にも見えるよね」


「はい」

セシルは肯定する。

「だからこそ、出し方が重要です」


エリは、深く息を吸った。


(私一人じゃ、抱えきれない)


「セシル」

静かに呼ぶ。


「あなたが一緒に考えてくれるなら……

 私、ちゃんと条件を形にしたい」


「そのつもりです」


即答だった。


「主が選ぶ道を、

 現実に落とし込むのが私の務めです」


その言葉に、胸の奥がわずかに温まる。


夕方。

パンの焼き上がりを見届けながら、

エリは心の中で線を引いた。


(参加する、しない、じゃない)


(どう参加するか、だ)


外は壊しに来る。

連合は引き上げに来る。


その狭間で、

自分の足場を作らなければならない。


(……明日)


エリは、初めて具体的な条件の言葉を、

頭の中で組み立て始めていた。


   ◇ ◇ ◇


本日の収支記録


項目 内容 金額リラ

収入 店頭販売(通常) +48

収入 定期納品分(クレアル邸) +40

合計 +88


借金残高 ※着実に減少中(急減なし)


セシルの一口メモ


条件は、拒絶のためではなく、

守る範囲を定義するためのものです。

線を引ける者だけが、

場に立ち続けられます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ