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第108話 数字が示す場所

机に広げられた帳簿の上で、

エリは指先を止めたまま、しばらく動けずにいた。


借金残高。

売上。

納品数。

ここ数日の増減。


(……今まで、ずっと怖かっただけだったのに)


数字を直視することが、

いつの間にか逃げではなくなっていることに気づく。


「減ってはいます」

セシルが落ち着いた声で言った。

「劇的ではありませんが、確実に」


「でも、まだ……遠いよね」


「ええ。完済までは」

否定せず、しかし言葉を切らない。


その姿勢が、今のエリにはありがたかった。


(遠い。でも……見えないわけじゃない)


ただがむしゃらに売っていた頃は、

借金はただの重さだった。

触れたくない数字だった。


けれど今は違う。


一日の売上が、

一回の納品が、

どう積み重なり、どう返済に近づくか。


流れとして理解できてしまっている。


「セシル」

エリは帳簿から目を上げた。

「私が出した条件……もし全部守られたら」


言葉を探す。


「……本当に、借金は減る?」


セシルは一切迷わず頷いた。


「はい」

簡潔だった。


「条件が履行され、供給量と頻度が維持されれば、

返済曲線は明確に下向きます」


帳簿の端を指で押さえる。


「これまでの延長ではありません。

仕組みとして、です」


仕組み。


その言葉が、胸の奥で静かに鳴った。


(夢じゃない……)


貴族に戻るとか、

劇的に持ち直すとか、

そういう話じゃない。


毎日焼いて、

毎日売って、

それが崩れず続いた先に、


借金が消えている。


ただそれだけの話。


それだけなのに、

今まで一度も現実として見えなかった。


「……怖いね」


エリはぽつりと呟いた。


「見えちゃったから。

ここまで来たら……途中で投げたくない」


セシルは少しだけ視線を柔らかくした。


「怖さを感じられるのは、足場ができた証拠です」


「前はね、怖いって思う余裕もなかった。

ただ必死で……」


「それでも、エリは止まりませんでした」


それは評価でも励ましでもなく、

事実として置かれた言葉だった。


エリはもう一度、帳簿に目を落とす。


借金はまだ残っている。

一気に消える数字じゃない。


それでも。


(私、ここから先を考えてる)


逃げるためじゃない。

耐えるためでもない。


続ける前提で。


「……私」


エリはゆっくり息を吸った。


「全部を取りに行かなくてもいいよね」


「はい」


「ちゃんと返せて、

ちゃんと焼けて、

ちゃんと立っていられる範囲で」


言葉にした瞬間、

胸の奥で何かが定まった感覚があった。


セシルは静かに頷く。


「その判断ができたこと自体が、

最大の進歩です」


外では、店の前を人が通り過ぎていく。

噂も、期待も、圧も、消えてはいない。


けれどエリの中には、

数字に裏付けられた線が一本引かれていた。


(大丈夫……)


まだ終わっていない。

でも、始められる場所には立っている。


   ◇ ◇ ◇


本日の収支記録

項目 内容 金額リラ

収入 店頭販売(通常) +22

収入 納品分調整金 +18

合計 +40


借金残高 21,956 → 21,916リラ


セシルの一口メモ


数字は感情を裏切りません。

向き合えた時点で、すでに一歩進んでいます。

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