机の上は
私は…
誰かに「消えてほしい」と思われていたかったのかもしれない。
そうすれば、こんな気持ちにも、ちゃんとした名前がつけられる。
“いじめられてるから”
“暴力を受けているから”
“愛されていないから”
……そういう、理由。
その方が良かったのだろうか。
もし何かが“もっと分かりやすく”壊れていたら、
誰かを責める理由も、何かに怒る資格も、持てたのだろうか。
堂々と「消えたい」って思えたのだろうか。
何か一つでも「理由」があったら、誰かに「わかって」と言えたかもしれない。
でも、本当は、どれもない。
わたしは誰かに嫌われているわけでもないし、ひどい環境にいるわけでもない。
わたしには、語れる悲劇がない。
理由のない虚しさ。誰にも明かせない重さ。
その苦しさに、「誰かの悪意」という“かたち”を与えたくなった。
自分の気持ちに理由をつけるために。
そうしたら少しは、耐えられるかもしれなかったから。
「おかえり」って言ってくれる声もあって、話してくれる友達だっている。
周りには私の味方になって助けてくれる人だって、ちゃんと…。
もしもこの気持ちに理由があったのなら、
「ひどいね」って言ってもらえて、
「あなたは何も悪くないよ」って抱きしめてもらえて、
「生きてるだけでえらいよ」って、ちゃんと理由つきで肯定してもらえたかもしれない。
今の私は、"消えたい"と思ってしまう自分を、どこに置けばいいかわからなかった。
苦しいって言えないくらいの場所で、ずっと息を潜めて、生きている。
だから、“ふつう”の顔をしながら毎日をやりすごすしかない。
何もされていないのに。
何も起きていないのに。
ただ、胸の奥がずっと冷えていて、誰にもそれが見えなくて、
見えないからこそ、「甘え」だと思われるのが怖くて。
机に菊の花が置かれていた“ふり”をした。
自分で自分に。
頭の中だけでも、「理由のある世界」に変えてみたかった。
苦しみの輪郭に名前を与えることで、
この生きづらさに、「正しさ」をつけてしまいたかった。
ほんの一瞬、あの花が見えたのは
たぶん、きっと、わたしの中に残っていた最後の“願い”だった。
名前のある不幸のほうが、きっと、息がしやすいから。
名付けられないままの「生きづらさ」は、ときに、何よりもしんどいから。
空気みたいにじわじわと、「生きている」ことがこすれて、痛くなるだけで。
決定的な何かがあったわけじゃない。
それが、いちばん誰にも伝えられなかった。
見えないからって、軽いわけじゃないのに。
誰にも叩かれていないからって、わたしは壊れていないわけじゃないのに。
そういうものを、
“誰にも説明できない苦しさ”として、今日も制服のポケットにしまい込んで、
机の前に座って、笑って、ちゃんと「平気なふり」をしている。
そして今もまだ、机の上は空っぽのままだ。
だからわたしは、ひとつ笑って見せた。
でも本当は、ずっとあの花の幻を、
胸の中で握りつぶせずに持ったまま、生きている。




