誰かに見つけて欲しいのか
教室に足を踏み入れた瞬間、胸がきゅっと縮んだ。
朝のざわめき。机を引く音。誰かの笑い声。
いつもの朝のはずだった。でも、その中に“違和感”は混ざっていた。
私の机の上に、白い花が一輪。
それを見た瞬間、思考が一瞬止まった。
目を疑うとか、驚くとか、そういうんじゃない。ただ、心の奥に「嫌な予感」が走った。
それは────
白菊。仏花。
まるで誰かが、わたしの存在を弔ってくるみたいで。
冗談? 悪意? それとも、ただのからかい?
手がかりのない悪意が、そこにだけぽつんと浮かんでいるように見えた。
誰かのくすくす笑う声が聞こえた気がした。教室の片隅から。
「楓佳?」
その声に、肩がびくりと跳ねた。
振り返ると、茉白がこっちを見ていた。
いつもの顔。変わらず柔らかくて、わたしを気にかけてくれる声。
私は一瞬、反応が遅れた。
机の上を見たまま、頭が真っ白になっていたから。
「…あ、おはよう」
声が自分のものだとは思えないほど、軽くて薄かった。
まだ頭が上手く回らない。
でも言葉を選ぶ間もなく、口が勝手に“正解”を選んでしまった。
挨拶。それは、この世界で「普通」でい続けるための呪文みたいなもの。
「おはよう。さっきから呼んでたのに、どうかした?」
茉白がちょっと不安そうな顔をした。
机の上の花に気づいたら、どんな反応をするんだろう。
「それは…」
視線を机に戻すと、その上には何もなかった。
白い花なんて、最初からどこにもなかった。
みんな普通だった。
私語をしている子、椅子に座ってスマホをいじっている子、窓の外を眺めている子。
誰一人として、こちらを見てなどいなかった。
笑い声すらも、よく聞けば誰かの楽しい会話の続きだった。
なのに、どうしてあんなにはっきり見えたんだろう。
“置かれている”って、確かに思ったのに。
私は慌てて笑顔を浮かべた。
大丈夫だって、表情筋にだけ命じるように。
「いや、ちょっと眠たくて」
遅くまでゲームをしたからとか、ドラマを見たからとか。
そんな高校生らしい理由じゃない。
頭の中のざわめきが止まらなくて、
何度も同じ夢の輪郭をなぞってしまっただけ。
「寝不足?昨日あんまり寝れなかったの?」
心配そうなその声が、じんわりと胸にしみた。
それが少しだけ苦しかった。
優しさがまっすぐすぎて、自分の嘘がより浮かび上がってしまう。
なにも“問題”を抱えていないふりをしたまま、
“苦しい”ことを、うまく言葉にできないから。
「うん、ドラマの続きが気になって」
そう言いながら、目をそらした。
誰かに「本当」を話せる日なんて、きっと来ない。
きっと来ないまま終わるだろう。
でも今はまだ、この嘘がわたしを守ってくれている。




