プロローグ
消えたい、と思ったのが、いつからだったか思い出せない。
最初はたぶん、「なんとなく」だった。
授業中にふと頭の奥がぼうっとして、気づけば“ここにいない自分”を想像してる。
誰にも呼ばれず、誰にも気づかれず、静かに終わる景色ばかりが繰り返し浮かんできた。
いじめられてるわけじゃない。
家庭が崩壊してるわけでもない。
話しかけてくれる子もいるし、ちゃんと返せる日もある。
それなのに、わたしの胸の奥には、ずっと名前のないモヤが居座っていて、
どこにも逃がせないまま日々だけが通り過ぎていった。
ある朝、屋上の鍵が開いていた。
偶然か、神様の気まぐれか、それとも自分で探していたのかは分からない。
昔は鍵がかかってて、誰もあの階段の先には行けなかったはずだった。
でも、いつからだろう。
鍵は開いていた。
なんとなく覗きに行っただけだったのに、
重たいはずの扉が、あっけないほど軽く開いてしまった。
まるであの日わたしが願った瞬間に、誰かが内側から鍵を外したかのように。
誰も来ないはずの場所。
誰にも見つからずに、ただ風に揺れていられる場所。
何も終わらせなくても、何も始めなくても、
ここに立っているだけで何かが、救われるような、気がした。
世界は、今日も変わらず眩しい。
わたしは今日も、屋上の縁に立っている。
飛ぶわけでもなく、戻るわけでもなく。
そのあいだで、静かに風に揺れている。
そんな私を見て彼は呟いた。
「今日は長めだな」
なんて、まるで散歩コースの景色の変化でも語るみたいに。
「勝手に計らないでもらえる?」
彼は、わたしが何かを“ちゃんと選べていないこと”を、責めたりしない。
わたしが屋上に立っている時間の長さを測っても、
「まだ踏み出さないのかよ」とも、「戻って偉いね」とも言わない。
肯定も否定もせず、ただ、そこに“いる”。
この世界には、
「生きてればきっといいことがある」って言う人は多いけど、
「そうだね」って断言する人も、
「それは違う」って否定する人も、
みんな、何かの立場から“正しさ”を背負っている。
でも彼は違う。
わたしの揺れてる部分に対して、ただ“空白のまま”でいてくれる。
これは、
“まだ”消えられないわたしの話。
あるいは、
“まだ”生きているわたしの、始まりの話。




