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近くにいた遠くの君へ

 




 桜が半分ほど散りながらも咲き続けている季節。

 少し大きめのブレザーに身を包んだ陽葵は、震える手で教室のドアを開けた。そして、まるでブレザーに着られているのではないか、というほど彼より幾分か大きなブレザーに身を包んだ碧斗をみつけ、安堵の表情を浮かべた。連絡を取っていたとはいえ、自分の目で確認するほど安心はできていなかったからだ。


 それに気づいた碧斗は、陽葵に向かい片手を上げて挨拶をした。



 聖馬高校で同中なのは陽葵と碧斗の2人だけだった。なので、自然と2人の距離は他の人よりも近しいスタートとなり、そんな関係に陽葵は心の中で小さくガッツポーズをした。さらに同じクラスだった2人は、これまでより話すことが増え、共に放課後へ遊びに行くことした。





 × × ×






 数週間後、まだ肌寒さが微かに残っている5月中旬。

 碧斗が気になると話した駅前のカフェに陽葵と碧斗は居た。


 ウッド調な店内には、数組のおばさまの井戸端会議が行っていたり、別高校の制服に身を包んだ高校生がおり、空いてもなく混んでもない客数であった。

 フレンチトーストやコーヒーの匂いが充満する店内を、ワクワクとした顔で見渡す碧斗。


「カフェ好きだったんだ」


「甘いのが好きなんだよね」


「初めて知った」


「あんまり言ってないからね」


 何故隠すのか、疑問を抱いた陽葵は理解できず首を傾げた。碧斗はバツが悪そうに口を開く。


「男が甘いの好きなんて、ださくない?」


 陽葵は絶句した。なんてしょうもない理由なのだと。ましてや男女平等をうたう現在、そんなことを気にするなよ、と。


「昔はスイーツ男子みたいな言葉があったんだし、気にすることないでしょ」


 碧斗は納得いかないまま少し首を縦に振り、少しだけ年季の入ったメニュー表を開く。


 碧斗は苺と季節のフルーツショートケーキをセットでロイヤルミルクティーを。陽葵はチーズケーキとセットでカフェラテを注文した。


 嬉しそうに写真を撮ったあと、幸せそうな顔をしてケーキを食す碧斗に、陽葵は疑問に思っていたことを口にした。


「バスケ部にしなかったんだ」


「もうバスケはやり尽くしたかな、それに軽音部の方がモテそうじゃん」


 え?それだけの理由で?と、陽葵はまたも絶句した。


「陽葵は?」


「私は部活はいいかなあって」


「写真部ないもんな」


 違う、そうじゃない。男子バスケットボール部のマネージャーになることを考えていたのに碧斗が入らなかった上、他にめぼしい部活もなかったので入らないことにしたのだ。それに写真部に情熱を注いだことは1度もない。


「ていうか、そんなにモテたいの?」


「モテたいでしょ、もう高校生だしそろそろ彼女とか欲しいじゃん?」


「告白された数が多すぎる碧斗が?」


「俺は好きじゃないのに付き合ったら申し訳ないでしょ」


 律儀なとこも好きだな、と、心の中で感じる陽葵。

 同時に1つの疑問が生まれた。律儀なとこ“も”好き?

 それならまるで私が碧斗のことを好きみたいじゃないか、と、考えないようにした陽葵だが、碧斗の隣に他の女の子が肩を並べ歩く姿を想像しては苦しく、これまでに見た笑顔を思い出しては胸がときめき、どの出来事を思い出してもひとつひとつに好きという感情に覆われる。気づきたくなかったな、と、顔をくしゃりと歪めてしまう。


「キモイとか思ってんだろ」


 そんなことに気づきもしない碧斗は、見当違いな発言をする。陽葵はドキドキと音を立てる心臓を隠して碧斗を見上げれば視線が絡み、反射的に逸らしてしまう。精一杯震える声を隠して返事をするも思った以上に小声での返事となってしまった。


「思ってないよ」


「目逸らしたんだから思ってんだろ」


 別に気にしないし、と口を尖らした碧斗の可愛さに、陽葵は少し吹き出してしまった。


「じゃあ碧斗は、自分が好きになったら付き合うんだ」


「今はそれが理想かな」


 その理想が変わらないのならば、私は今からどうアピールしたらいいのか、と頭を悩ませた陽葵は、少しだけ探りを入れてみることにした。


「気になってる人とかいないの?」


「高嶺の花だけど、綺麗だなって思ってんのは和田美玲かな」


「誰?」


「生徒会の書記に立候補してた子だよ」


 陽葵は生徒会候補者たちが自己PRを話す朝会にでていたのに、覚えてない。それに比べて碧斗は和田美玲という女の子を覚えている。


 近くなった距離が初めて足枷となった気がした。遠い距離が、なんだか少し羨ましく感じていたのだ。


「だけど彼女、俺らと違って特進コースだし話すことないだろうな。これからもずっと綺麗な人だな、って思い続けるだけだと思う」


 陽葵は少しだけ安堵した。努力を怠らない碧斗がまだ何も動いていないということは、まだ好きではないということだ。本人の口ぶりをもってしても、見続けるだけなのだと思ってしまう。





 × × ×





 月日は流れ、2年生になった陽葵と碧斗。


 クラスは離れてしまったが、廊下ですれ違えば少しは話をする距離感のままでいる。中学生の時と何も変わっていないのだ。


 半袖に衣替えを始める季節。天気が悪い日が続き、空気はじめじめとして、少し過ごしにくい、そんな放課後。


 ギターケースを背負った碧斗と、下駄箱へ向かう陽葵が廊下で顔を合わせた。


「陽葵じゃん」


 碧斗の身長は幾分も高くなり、陽葵は見上げる形となった。


「身長、高くなったね」


「陽葵が縮んだんじゃない?」


 悪戯な笑顔で揶揄うように陽葵の頭をぽんぽんと軽く碧斗に、陽葵はドキドキと胸を高鳴らせていた。


「そう言えば聞いたよ、また告白されたって」


「広まってんの? 最悪」


 碧斗は相変わらず告白をされているらしい。モテたい願望が叶っているはずなのに、碧斗はやはり誰とも付き合わない。変な人だな、と陽葵は思ってしまう。


「まだ誰とも付き合ってないんだ」


「高2にもなってまだ恋人できたことない可哀想な人って言いたいんだろ」


「そんなこと言ってないよ」


 この話題において陽葵は碧斗に対して可哀想なんて思ったことはない。ずっとずっとこのままで居てくれとさえ願っている。


 ただ、彼は想像以上に人気になってしまい、陽葵はいつまで経っても二の足を踏んでいることから、どうやっても進展は無いのだ。


臆病な陽葵は今日もまた、碧斗に好きな人ができませんようにと願い続ける。






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