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背比べと、折られない紙飛行機

 



 あれから数年経ち、セーラー服に身を包んだ陽葵は、進路希望調査書を手に職員室へ行くため廊下を歩いていた。


 蝉の声はひっきりなしに響き渡り、クーラーも扇風機もない廊下、放課後でもまだ太陽の位置は高く、廊下を眩しく照らし、熱していた。


 1階にある職員室へ近づくにつれ、グラウンドからは野球部やソフトテニス部の声が聞こえる。時折、雑談しながら下駄箱へ向かっていく下級生とすれ違う。下級生の顔は、暗い表情の陽葵とは違い、キラキラと輝いていた。何も障害がなく、未来への希望で満ち溢れているような、そんな顔。陽葵はちらりと視線を送るも、すぐに逸らしてため息をついた。


 陽葵の成績は中の中、特に秀でた活動もない。部活動も強制的に入部しなければいけないからと写真部に入部したものの、特記すべき活動はない。

 週2のペースで3年生は陽葵を含め4人、2年生は1人、1年生は3人と小規模である。全校生徒を合わせると約360人ほどいる中の8人である。スマホを持ってきてはいけない校則のため、活動時は一眼レフが1つ、写ルンですが2つを交代で使用している。陽葵の同級生はISO感度やシャッタースピードなど真剣にカメラに向き合っているが、陽葵はこれっぽっちもわからない。なので、いつも自由気ままに写真を撮り、奇跡的にも良い構図で撮れた写真を同級生は褒めてくれる。


 週3オフな部活動なので、今日は休みである。

 陽葵は悩み兼ねている志望校に頭を悩ませ、無難だろうと西高校を志望とする旨を進路希望調査書に記入し、頭の片隅では碧斗の進路を考えている。


 碧斗はあれからも相変わらず成績が良い。むしろもっと良くなったと言える。さらにはバスケ部に所属し、推薦まできていると噂の部長にまでなっていた。


 陽葵と碧斗は時々話す仲であるが、進路のことを話したりはする機会がない。碧斗と同じ高校へ行きたいと願う陽葵だが、叶わないと諦めた振りをしつつ、心の奥ではまだ諦めたくないと小さな光を灯し続けている。

 さらに、噂では週2のペースで碧斗は告白されているらしい。


 写真部の活動ペースじゃないか。


 いまだに恋心を自覚することができていない陽葵は、碧斗と話す時の胸のときめきを解明できないまま、微妙な距離感に少し落ち込んでいた。前より関係が進まないというより後退したのは、自分の力不足だからだ。


 碧斗のことも気にしつつ、自分の未来まで何も見えていないのだが、時間は迫ってくる。


 コツコツ、コツコツ、いつもならすぐ終わる廊下が長く感じる。

 あと1回角を曲がればというところで、陽葵は前から来た人とぶつかりかける。


「すみませ」


 そう告げ、相手の方へ顔を向けると学ランに身を包み、バスケシューズの入った袋をもった碧斗が立っていた。


「俺もごめん、大丈夫?」


 身体的接触はほとんどない2人なので、意識していなかった碧斗の成長具合を間近で見ることになった。


「身長、伸びた? 私より低かったのに」


「もう中学生だし、だけどまだ、これから伸びるよ」


 陽葵は碧斗の頭のてっぺんを見上げた。


「今何センチ?」


「165」


「私より5センチも高い」


 陽葵のその呟きを聞いた碧斗はドヤ顔を披露しフッと鼻を鳴らす。


「陽葵に勝ったな」


「……折り紙、碧斗のカタチの紙飛行機、折れるようになったよ」


 碧斗が誰よりも飛ばした飛行機のカタチを、陽葵は習得していた。陽葵に負けないと告げたあの日の碧斗を思い出し、紙飛行機を連想したので、言えずにいたこの事を話に出した。しかし碧斗は一瞬きょとんとした顔をして、苦笑いをした。


「まだ折ってんの?」


 陽葵は鉛が心を押し潰すような衝撃を受ければ「え」と小声を漏らしてしまった。


「もう中学生だし、卒業したんだと思った」


「……まだ折ってる」


「もう卒業したら?」


 碧斗が放ったその言葉に、陽葵の心に怒りが湧いた。


「なんで?」


「え?」


「なんでそんなこと言われなきゃいけないの?」


 碧斗は不思議そうに陽葵を見ながら「ガキっぽいじゃん」と軽く答えた。


 陽葵は「私にとって、紙飛行機は大事なの……愛なの、思い出なの。碧斗にはないものなの」と挑発をしてしまう。


 碧斗は少しばかりショックを受けながら「そう」と返した。


 気まずい雰囲気が漂うも、碧斗は作り笑いを浮かべる。それを見た陽葵は碧斗が大人に見えてしまい、子供のままの自分が恥ずかしいと感じていた。


「ごめん、碧斗を傷つけるつもりなかった」


「いいよ別に。陽葵とおじいちゃんのおかげで紙飛行機上手くなったし」


「……もう折らない?」


「折らないな」


「青色でも?」


「青色でも」


 陽葵は心に穴があいたような寂しさを感じ、俯いてしまった。


「何か用事があったの? 引き止めちゃった?」


 碧斗は陽葵に問いかける。

 その問いに陽葵は首を横に振った。


「進路希望調査書を出しに行こうと思ってただけだよ」


「まだ出してなかったんだ」


「……うん」


 多分これが最後のチャンスだと感じた陽葵は、小さく深呼吸をし碧斗に問いかけた。


「碧斗は、どこに行くの?」


聖馬(せいば)高校」


 陽葵は西高校と書かれた自分の進路希望調査書を後ろに隠した。少し力が入ってしまったようで、くしゃりと皺が入っている。


「陽葵は?」


「わ、わたしも」


 陽葵は咄嗟に嘘をついた。聖馬高校は今の学力では届かない。どれだけ勉強をすれば可能性があるのか、というほど雲の上の存在である。しかし、ここで違うと言ってしまえば碧斗との繋がりが消える気がして、必死に掴んだ糸を繋ぎ止めようとした。


 そんなことを知る由もない碧斗は二カッと笑いながら言った。


「誰もいなかったから嬉しい」


 陽葵は身体の体温が上昇するのを感じたが、夏の暑さのせいにすることにした。碧斗はそろそろ部活が始まるから、と、1度片手を上げれば颯爽と体育館へ向かい駆け出していった。


「……どうしよう」


 陽葵は小声でそんなことを漏らしながら、1度教室へ戻り、進路希望調査書の志望校を聖馬高校へ書き換えた。


 教師もまさか陽葵が聖馬高校を志望するとは思っておらず、何度も確認された。今の学力では到底受からないことも、何度も何度も口酸っぱく言い続けた。しかし陽葵は、これ以上碧斗と距離を開けたくないと、次こそはもっと仲良く、と、受かった先の未来を想像していた。


 まだ夏休みは始まっていない。陽葵は、碧斗といると活発な活動をする心を知りたく、もっと碧斗といるための選択をした。


 碧斗がまた、笑いかけてくれることを信じて。





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