赤色の紙飛行機
陽葵は取り出した赤色の折り紙で紙飛行機を折り終えると、右手で持ちしばらく見つめた。
そして、力強く飛ばすも紙飛行機は全く飛ばす、1回転をしながら窓の外へと飛んでいってしまった。
「あ」
想像していなかった飛行機の行方に驚いて声を漏らす。
そして、中庭に誰かいたら、と、陽葵は慌てて窓から顔を出して下に落ちているかもしれない紙飛行機を探した。
「探し物はこれ?」
シースルーマッシュの髪、きっちりと制服を着こなし、通学バックを肩にかけ、左手に炭酸飲料のペットボトルをもった宮本理玖が、右手で赤色の紙飛行機を掴み、陽葵に向かって揺らしている。
「ごめーん!」
「いいよー!今から教室戻るところだから待ってて」
理玖はそう話すと、駆け足で移動を始める。
陽葵はそんな理玖を見てくすりと笑えば、もう紙飛行機が飛んでいかないようにと窓を閉め、ついでにカーテンもシャッと勢いよく閉めた。
しばらくすると、トットットッと軽やかで、かつ早く階段を駆け上がる音が聞こえる。
理玖はガラッと教室のドアを開けるなり、右手に持つ赤色の紙飛行機をひらひらと揺らしながら
「お届けものです」
と、陽葵の前の座席へ歩いてきて腰掛け、紙飛行機を差し出す。
「ありがとう」
「また折ってたの?」
陽葵は少し悲しい表情を浮かべたが、すぐに少しばかり嬉しそうな表情へと変わり、受け取った赤色の紙飛行機を飛ばした。
「何かあったんだな」
「何かあったんです」
「嬉しいこと?」
「嬉しいことと、悲しいこと」
「そっか」
うん、と頷くと、陽葵は立ち上がり紙飛行機を拾いに行く。それを目で追いかける理玖。
「何があったの?」
「内緒」
「俺らの仲でしょ、恋バナした仲じゃん」
「そうだけど……」
「俺の口の硬さと、陽葵への優しさは十二分に持ち合わせてると思うけど? いつも支えてきたつもりですが? それでも内緒と? それなら仕方ないですね。 今後は力になれないかもしれない」
「わかった!わかったから」
「わかればよろしい」
「本当、理玖はたまにありえないほど強引だよね。好きな子にその手使えばいいのに」
「あんまり効果なかったんだよね。で、何があったの?」
陽葵は、紙飛行機を手に座席に戻ると、意を決したように微笑んだ。
「碧斗と、久しぶりに紙飛行機を折ったの」
幸せそうな表情を浮かべている陽葵を、理玖は胸を痛めながらも作り笑顔を浮かべながら「よかったね」と声をかける。
「相変わらず、青色なの」
「……」
「また折り紙、青色だけなくなっちゃうよ」
言葉だけでは文句を言っているはずなのに、陽葵の表情はどうみても嬉しそうで、理玖は浅い呼吸を繰り返しぶっきらぼうな口調で言葉を紡ぐ。
「100枚入だよ」
「え?」
「折り紙、100枚入だよ。そんなにすぐなくならないよ。もうあいつは折らないんだから」
理玖の口から出た言葉に、陽葵は少しばかりしょんぼりとしながら「それもそうか」と、小さな声を地面に漏らす。
静寂な空気に包まれる。
教室には、グラウンドで部活に励んでいる学生たちの声だけが響いている。気まずい雰囲気が続き、耐えられないと感じた陽葵は100枚入の折り紙の中から灰色の折り紙を1枚取り出し、紙飛行機をまた折り始める。
「ごめん、意地悪言った」
「ううん、正論だし」
「……俺も折っていい?」
「うん、もちろん」
理玖も100入の折り紙に手を伸ばし、赤色の折り紙を1枚手に取り、陽葵とは違うカタチのものを折り始める。
「僕は、赤色が好きだよ。知ってた?」
理玖は折り紙を折りながら陽葵に問いかける。
しかし陽葵は予想もしていなかった問いに手を止め、理玖を見て小さく「え?」と聞き返す。
「陽葵が折ってるところを初めて見た時も、初めて一緒に折った日も、今日飛んできた紙飛行機も赤色だったんだよ」
陽葵は知らなかったと、困っている表情へと変わり、理玖はそれをみてぷっと吹き出した。
「運命の赤い糸じゃんとか思った?」
「思ってない! てか、そんなくさいセリフは好きな子に言ってあげなよ」
「……うん、そうだね」
陽葵は少しムキになって改めて続きを折っていると視界の端で理玖が折っている折り紙が目に入った。
「……え? 何作ってるの?」
陽葵の問いかけに、理玖は堂々と折り紙を見せつけながら「鶴」と一言だけ答える。
「また!?」
「陽葵ってよく飽きないよね、紙飛行機だけだと飽きちゃいそう」
「……大事な思い出なの」
「……碧斗?」
「それもあるけど」
陽葵が紙飛行機を大事そうに両手で包み、慈しみに溢れた眼差しを向ける。理玖はそんな陽葵をみて、自分が折った鶴へと視線を向けたまま話し出す。
「そう言えば聞いてなかったね、悲しいことの話」
陽葵の表情ががらりと悲しみ溢れるものへと変わる。そっと紙飛行機を机に置き、泣き出しそうな目に、辛そうな表情へと急激な変化を遂げたのだ。それを見た理玖はあまりの変わりようにギョッと目を見張らせた。
「……やめとく?」
理玖の優しさすらも痛みだと感じ出す陽葵の胸は、またも大きな音と早く早くと出し続ける。チクチクと刺されたような痛みを感じながら、ゆっくりと口を開く。
「好きになったんだって、前に話してた美玲ちゃんのこと」
陽葵の頭は再びモヤがかかったようになり、鼻先はツンと、目は涙を堪えていた。理玖は驚きと困惑でかける言葉を必死に探すも見つからず、少しばかり口がはくはくと小刻みに動いている。
陽葵はゆっくりと視線を廊下へ向ける。頭の中には、さっき駆けていった碧斗の姿が浮かんでいる。目尻はだんだんと下がり、恋する乙女のような表情へと変化しながら微笑んでいる。
理玖は陽葵の視線を追いかけるように廊下を見るも何も無く、不思議そうに陽葵へと視線を戻すも、その表情で碧斗のことを考えていると察しては視線を何もないところへと外した。
夕日に照らされた教室、グラウンドから聞こえる部活に励んでいる学生の声、同じ場所にいるのに、2人の視線は交わらない。
今度は理玖が今の空気に耐えられず、口を開く。
「教えてよ」
「え?」
「碧斗のどこがそんなにいいのか、紙飛行機の思い出も」
理玖の視線は、陽葵の紙飛行機へと落ちる。陽葵も続いて紙飛行機に視線を送り、そっと紙飛行機を持ち上げ、あの頃に想いを馳せ始める。