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紙飛行機を飛ばして

 


 夕日が照らす3年2組の教室、開いてある窓と、そこから流れる緩やかな風でカーテンが揺れ、黒板にはメモ書きで“進路調査書は再来週まで”と書かれており、教室には左右5列、前後6席で座席が並んでいる。廊下の窓から見えるグラウンドからは部活に励んでいる学生たちの声が聞こえる。反対側の窓から見える中庭では、連日の雨で散ってしまった桜たちが絨毯のように地面で咲いている。


 そんな教室で1人、3列目の後ろから2番目の座席に座って黄色の折り紙で紙飛行機を折っている女子高生の大川陽葵(おおかわひまり)


  机の上には100枚入の折り紙や、緑色やピンク色で折られた紙飛行機も置かれている。


  陽葵は、黄色の紙飛行機を折り終えると、手に取って教室の前方へ飛ばす。


  廊下を歩いていた宇野碧斗(うのあおと)は足を止め、教室へと入ってくる。


「なにしてんの?」


 陽葵は少し肩をビクッと揺らし、碧斗の方へ視線を向ける。


「碧斗か」


「碧斗だよ。で、また紙飛行機?」


「うん」


「好きだねえ」


「好きだけど?」


 碧斗は、俺にも折らせて、と、陽葵の1つ前の座席へ後ろ向きに座り、机の上に置いてある100枚入の折り紙から青色の折り紙を1枚引き抜いた。


 陽葵はその光景を眺めて碧斗の口調を真似して、得意げに言葉を口にした。


「好きだねえ」


「何が?」


「青色」


 碧斗は口角を少しあげると


「好きだけど? 名前にあおって入ってるし」


  と、陽葵へ視線を向けた。

陽葵は碧斗から視線を外し頬杖をつく。


「碧斗と折り紙すると、いつも青色だけ無くなる」


「いつの話だよ」


 そんな会話を繰り広げていても、あっという間に碧斗は青色の折り紙で紙飛行機を折ってしまう。


 陽葵のは不器用な人が折ったであろう少し端がズレた紙飛行機、反対に碧斗の折り紙は器用な人が折ったズレても皺もない完璧な紙飛行機。


 碧斗は左手に陽葵が折った黄色の紙飛行機を、右手には碧斗自身が折った青色の紙飛行機をそれぞれに手にする。それを見比べてドヤ顔を陽葵にみせ、陽葵が口をとがらせる。


「なに?」


「いや? 相変わらず陽葵は不器用だなって」


「碧斗が器用すぎんの」


  陽葵はそう言うと、碧斗の左手から自分が折った紙飛行機を取り戻す。「これでもよく飛ぶんだよ」と、陽葵は紙飛行機を再び教室の前方へと飛ばす。碧斗も続いて紙飛行機を飛ばすと、陽葵よりいくつか遠くで落下する。


「今回も俺の勝ちだね」


「ほんと負けず嫌い」


「お褒めの言葉感謝します」


 陽葵は嫌がる素振りをしながらも、楽しそうな様子で碧斗へ話を続ける。


「で、そんな負けず嫌いさんは何の用があって隣のこのクラスへやってきたの?」


「ああ、そう。体操服を教室に忘れてさ、取りに戻ったらなんだか子供みたいなのがいるなって」


「子供って何よ、それに体操服は明日でもよかったんじゃない?」


「臭いって笑われるだろ、部活まだ始まってなかったから時間はあったし」


「今日部活あるんだ」


「あるよ、今日も最高の音奏でるから」


 碧斗はそう話すと、エアーでギターを演奏する素振りをする。その様子を見て陽葵は笑っている。


「陽葵は部活入らなくてよかったの?」


「バイトしたかったし」


「そうなの? 知らなかったな」


  陽葵には高校入学時、入ろうとしていた部活があった。男子バスケットボールのマネージャーになろうとしていたのだ。

 

 理由は単純で、好意を寄せている碧斗が中学の時に入っていた部活がバスケ部だったので、もっと近づけたらと考えていたのだ。


  しかし、碧斗は軽音部に入部し、ギターボーカルをすることになったのだ。

  本人曰く、モテそうとのことでこの決断になったらしい。


 楽譜すら読めず、音楽の才能がこれっぽっちもない陽葵は、やりたいこともなく、部活には入らないという選択をしたのだ。そんなことを知る由もない碧斗は「もったいねー」とケラケラ笑った。


  碧斗は続けてにやにやとした表情で口を開く。


「青春の先輩である俺の新しい青春話、聞きたい?」


「聞いて欲しいんでしょ」


「いやー?別にー?聞かせてあげてもいっかなーっていう俺の優しさ?」


「優しさの大先輩の私が、仕方ないから、仕方ないから聞いてあげてもいいよ」


  碧斗は「陽葵も負けず嫌いじゃん」と再びケラケラ笑い、陽葵も釣られて笑い出す。


  碧斗は笑いが収まると、今度は頬を紅潮させ、嬉しそうな、幸せそうなにやけ顔をした。


「好きな人、できたよ」


  陽葵は頭を何かで強く殴られたかのような衝撃と、ドキリとありえないほど跳ねた大きな心臓の痛みを感じた。


  何も感じていない素振りを見せようとも頭は真っ白になり、何も考えられず、呼吸も止まったかのように息が苦しく、か細く呼吸をするのがやっとであった。


  何も考えられない、何も受け入れられない、信じられない、信じたくない、あらゆる否定的な感情が胸の中をうずまき、目を潤ませた。もうすぐそこまで涙はやってきているが、あと一歩というところで踏みとどめていた。


「そう、なんだ」


「相手はね、和田美玲。生徒会長の子だよ。部活の予算書提出した時に話したんだけど超可愛いの」


「……」


「顔が可愛いだけじゃなくてスタイルもボンキュッボンじゃん? たまんないね。それに頭もいいし声もよくてキリッとしてるとこも、俺の前だけでは甘えてーって言いたくなる逞しさも、そうだ、字もめちゃくちゃ綺麗なんだよ」


  碧斗は美玲を思い出しながら乙女のような表情で想いを馳せる。


  陽葵も和田美玲のことは知っていた。手入れの行き届いたアホ毛すら見当たらないストレートな髪に、綺麗な平行二重、鼻筋も通っていて、唇も薄く、身長だって高すぎず低すぎない。おまけに生徒会長として朝会や挨拶週間で何度か声も聞いているが、風鈴の音のような爽やかで可愛らしい声である。それに、


「1年生の時も、綺麗だって言ってたよね」


 碧斗が1年生の時に、美玲について話していたことがあったからだ。


「あの時はコースも違うし、話すことなんてないって思ってたからさ、高嶺の花だったよ。まあそれは今もか」


 と、碧斗は楽しそうに笑うが、陽葵の心は悲鳴を上げ続けている。


「これ、陽葵にしか話してないからね。誰にも言うなよ。約束だからな」



 陽葵にしか話していない、そんな碧斗の一言で陽葵は嬉しくなる。陽葵にとって碧斗の一言は、気分を一喜一憂させることのできる呪文のようであった。


 約束という嬉しさと、好きな人が出来たと言われた絶望を抱えている陽葵を前に、碧斗のスマホから電話の着信音が鳴った。


 碧斗はスマホの画面を右にスライドして「すぐ戻る」と電話を切った。


「俺行かなきゃ」


「部活?」


「そう、気をつけて帰れよ」


「碧斗こそ、部活頑張って」


「おう」


 碧斗は軽く右手をあげると、自分の教室へと体操服を取りに戻った。


「少し、冷たかったかな」


 陽葵は、碧斗への態度や声色が変わっていなかったか不安に感じ、左手で髪の毛を少し掴み、肩を落としていた。


 そして、廊下を体操服の入った袋を持った碧斗が通り過ぎる光景をみて、恋心をしまうように、折られた紙飛行機たちをカバンに詰めこんだ。



  そして新しく、赤色の折り紙を1枚取り出し、紙飛行機を折り始めた。







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