第7話 S級!の巻!
奥の部屋でカチャカチャと音がする。アケビが薬品室の片づけをしている。
「大丈夫なのか?休んだ方がいいのでは?」
と、言いに行った町長だが
「誰に向かって言っているんだ。自分の体のことくらい自分でわかる。他人の体のことだって私の方がわかる。私の医療スキルをなめるなよ」
と、言われてしまった。この二人の関係がよく分からない…。
悲しそうに眉を下げ、おちょぼ口でリビングに戻ってきた町長を見て、ハルマキは思った。
(私のものまねは、イタコスキルと間違えられてしまったようだが、アケビちゃんに声を掛けに行って戻ってきた町長の、この哀れな顔はイタコスキルに間違えられないのだろうか?「英雄!サガリマユ・オチョボグチだーーーーっ!!」とはならないのだろうか?)
おそらく、レベルが違うのだ。
「一人で片づけるそうです「薬のことは私にしか分からないだろ。手を出すな、おっさんは金だけ出してろ」と言われてしまいました」
ハルマキ、アンジー、ハムカツは、
(きっと仲良しなんだな)
と思った。
「アンジーさん、少しイタコのことを聞いてもよろしいでしょうか」
横で専用の道具を借りて、ハムカツが薬草をすり潰している。
ハルマキはアケビの、あの異常なまでの反応が忘れられないでいた。
「ああ、スキルを知らないってことはイタコも知らないのか。大陸の端ではイタコがほとんど出ない国もあると聞く、ハルマキの国もやはりそうなのか」
「そうですね。私の国にはイタコはほとんどいません。居たとしても、別物というか、アンジーさんレベルのイタコは見たことがありません」
(やはり、私の知っているイタコと、この世界のイタコはちょっと違うようだ。そもそも、異世界の言葉がわかるという、この異世界転生サービスは何なのだろう?異世界の言語が分かるように、私の脳が変化したのか、それとも元の世界と似た言語を使う異世界に転生されたのか……分からないが、とにかく、同じ『イタコ』という言葉でも、その意味は多少異なるようだ)
「で、何を聞きたいの?」
「あ、はい、あのー…無詠唱、というのはそんなにすごいものなのでしょうか?」
「……無詠唱?」
アンジーと町長が顔を見合わせる。
「アハハハハハッ!無詠唱だってっ!イタコスキルを知らないのに、なんでそんな言葉知ってるの?アハハハハッ!」
「あ…あはは…なんか…バカなことを聞いてしまったようで…はは……」
「無詠唱なんて、そんなことができるのはS級イタコだけだよ」
「S級…ですか…」
「そう、歴史上6人しかいない、しかも最後にS級が現れたのが、200年以上前だからね。S級イタコ1人の存在が一国の国力に並ぶと言われていて、実際、この国をたった一人で作り上げた、初代ホイケンティ王もS級イタコだったそうだよ、まあ、おとぎ話の中の伝説でしかないのよ」
「そんなにすごいんすね。S級イタコ…」
町長もうなずいていて、懐かしそうに、
「私も子供の頃に親から言われました。「悪いことをしてはいけない、S級イタコが見ている」って」
「あ、それ私も言われた。どこの家も一緒なんだね。アハハ、そうだ、思い出した、近所にS級様の祠があってね、その前を通るたびに「今日の夕飯、大好きなブリ大根がいいです」ってお願いしてた」
「アハハ、そんなことをお願いされて、S級様も困ったでしょう」
「たまたまお小遣いが100ホイ残ってて、賽銭箱に入れようとしたけど、ケチって50ホイだけ入れたら、その日の夕食に煮た大根が出てきて…私は「せめてブリの方っ!!!」って叫んだわ」
「アハハハ」
アンジーと町長が笑っていて、ハルマキはひきつった愛想笑いをしている。
「ではもし…もしもですよ?…もしもアンジーさんが目の前で無詠唱の降霊を見たら、どうしますか?」
「なにそれ…うーん…起きる、かな…」
「起きる?」
「うん、どうせ夢なんだから、起きようとするんじゃないかな」
「なるほど……」
「こんなもんでしょうかっ?!」
ハムカツがすり潰した薬草を見せてくる。
「おお、良い感じじゃないか」
「ふふん」
アンジーに褒められてうれしそう。なんだかんだ器用な男である。…ものまね以外は……。
すり潰した薬草を手首に塗り、ガーゼで押さえて包帯を巻く。
「はは、なんだかボクサーみたいですね」
ハムカツは、ハルマキのニャンコパンチを思い出している。あれから、まだ数時間しか経っていないのだ。
治療を終えて、ちゃんとしたメイドさん(アケビではない)に部屋に案内してもらう。
小さな部屋で、木の箱の上に布を重ねた簡易ベッドのようなものを用意してくれていた。
「申し訳ありません。こんな部屋しか用意できなくて」
「いえいえ、充分です」
おそらく、大きい部屋はアンジーをはじめ、階級の高い兵士たちが使っているのだろう。ここに来る途中で、大きな体の兵士が一部屋に数人で床に寝ているのを見てしまったので、文句なんて言えない。
そもそも、ハルマキとハムカツは、アンジーのおかげでここに居ることを許されている不審者でしかないのだ。ただただアンジーに感謝。
簡易ベッドに横になり
「ああ、今日は疲れた。死ぬほど疲れた」
「そうですね…死にましたしね」
「これからどうすればいいのか…」
「はい…」
「夢……か」
「夢?……」
「いや、そう思い込みたいのは私たちの方だと思って……」
「……」
「……」
「虫?…虫がいるんですかね?この世界にも。鳴き声が聞こえます」
「ああ…虫だな。いるんだな………」
なにも変わらない虫の鳴き声がずっと聞こえてくる。
「寝ましょうか?寝て起きたら、本当に全部夢だったってことになるかもしれません」
「…そうだな。寝よう」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」