第6話 無詠唱でぇ!の巻!
「あん?なんだよおっさん」
この女性は、医療系スキルを持つ、メイドのアケビ・タシー。言動はメイドっぽくないが、仕事的にはとても優秀。
「ア、、アケビちゃん…この人が、手首を痛めているらしいんだ。診てやってくれないか」
町長がビビりながら言う。
「いくら出す?」
「は?…いくらって…毎月、ちゃんと給料払ってるじゃないか…」
「時間外っ!ナースの仕事は昼間だけの約束だ。…で?いくら出す?」
「やあ。アケビちゃん。この人は私のお客さんなんだ。頼むよ」
「おう、アンジーだ!へへっ。アンジーちゃんの頼みなら仕方ねえ。ほれ、診てやるよ。手、出しな」
さすがアンジー。
「うーん。ただの捻挫だな。こんなものは怪我のうちに入らん!つまらんっ!痛み止めの薬草をやるから、自分ですり潰して使いな」
確かに、ここに来るまでに、頭に包帯を巻いた兵士も見てきたし、ハルマキは申しわけない気持ちになった。
「奥にあるからついてきな」
「はい」
アケビがランプを持ち廊下を進んでいく。ハルマキもそれについて行く。
「アケビちゃんさんは…」
「「さん」いらない」
「…アケビちゃんは、医療スキルを持っているのに、なぜメイドをしているのですか?」
「あのおっさんとは町長になる前からの知り合いで…まあ、いろいろあってね…」
階段や廊下には明かりがついていたが、薬の置いてある部屋は暗かった。
薬の位置は把握しているようで、足元だけ照らしてすいすい進んでいく。
「この世界にはなぜスキルがあるのでしょう…」
ハルマキにとっては、何気ない素朴な質問だった。しかし、アケビは(なんだこいつ、急に哲学的なこと言いだしやがった、めんどくせーな)と思った。
「あんたのスキルは何なの?」
そう言ってハルマキの顔を照らす。手には薬草が握られている。
「私のスキル…ですか……」
(うーん、やっぱり…ものまね……かなぁ?)
「まあ、しいて言えば、他人になることですかね」
「他人?マジか!スゴイじゃないか!あんたイタコなのか!!」
(イタコ…またイタコか……やはり、イタコがこの世界ではかなり特別な存在のようだ)
「イタコというか、なんというか、うーん、ちょっと見てもらえますか…」
そう言って、ハルマキはLv.99の表情筋の隅々に神経を巡らせる。それは一瞬だった。
「こんばんは、美山憲二です」
一瞬で顔も声も変わってしまった。
町長の家のランプは高級でしっかりと周りを照らしている。しっかりとハルマキの顔を照らしている。見間違いではない。顔も声も一瞬で変わってしまった。
アケビの顔が青ざめている。バケモノでも見たかのように震えながら叫ぶ。
「む、む、む……無詠唱でぇ~~~~~~~っっ!!」
驚きすぎて後ろの棚に体をぶつける。何本かのビンが床に落ちて大きな音を立てて割れた。アケビは頭をぶつけたのか、気を失ってしまったようだ。
「アケビちゃん!アケビちゃん!大丈夫ですかっ!」
ハルマキは
(とんでもないことになってしまった)
と思った。とても心配をした。本当に心配をした。
でも、一方で、
(こんなにウケたのは初めてだ)
と思った。ちょっとだけ思ってしまった。
大きな音と叫び声を聞いてアンジーたちがやってくる。
「どうしたっ!」
「アンジーさんっ!」
「何があった?!」
「アケビちゃんが棚にぶつかって気を失ってしまって…頭を打っているかもしれませんから、動かさないほうがいいかもしれません」
「なんか嫌なニオイがするな…」
「割れたビンの中に入ってた薬品ですかね…」
アンジーの部下の兵士を呼び、なるべく頭を揺らさないように気をつけて、アケビを運び出す。
その途中、部屋を出たところでアケビの目が覚める。
「う…うう…」
「アケビちゃん!大丈夫か!」
「う…ああ、アンジー…どうした?」
「それはこっちのセリフだ」
「私…?うーん?私は……」
アケビはハルマキの顔を見て
「……フフッ、そんなわけがない…」
と呟き
「何でもない。ちょっと悪い夢を見てしまった。おい、降ろせ」
といって兵士の頭を「コツン」と叩く
「これのせいかもな」
アケビは割れたビンの中に、即効性の麻酔薬を見つけ。
「このビンの蓋が開いていて、それを吸い込んでしまったのかもしれない。だとしたら私の不手際だ。騒がせてすまない…」
どうやらハルマキの無詠唱のことは夢だと思っているようだ。夢だと思おうとしているようにも感じる。
(よく分からない。何も分からない。ただ何か、とんでもない事をしてしまったのかもしれない)
ハルマキはそう思った。