第25話 スベっている!の巻!
アミーゴは勇敢だった。ほかの兵士は尻ごみをしている。無理もない。目で追うのがやっとというレベルのスピードを持った剣士を相手に、勝てるわけがない。
おそらく、アグパヌはサザメを使い続けているのだろう。ある程度使い続けると元々の英雄サザメの能力を超えることもできる。
最初にアグパヌがサザメを降霊したときは、その能力の60%しか引き出せなかったが、20年以上サザメの熟練度を上げ続けて、今では190%を引き出せるようになった。つまりアグパヌは英雄サザメよりも強い。
ちなみに、アンジーが最初に英雄ター・ターゲを降霊したときは80%の能力を引き出せた。それから6年弱、ほかの英雄も使いつつ、ター・ターゲ熟練度を上げ続け、現在引き出せる能力は165%になっている。
熟練度ではアグパヌの方が上だが、そもそもの英雄としての格が違う。ター・ターゲはチュンチャンと同格の英雄だ。アグパヌが持っている細い剣では、かすり傷をつけるのが精一杯だろう。
だが、その、A級イタコ、アンジェリカ・フレイはいない。
だが、もし、A級イタコ、アンジェリカ・フレイ以上の、S級イタコが現れれば…。
「分かっているんだ。私しかいないと。…だが怖いんだ。あの時はうまくいった…だからと言って今回もうまくいくという保証は何もない。ものまねをして、「は?なんですかそれ?真似してるだけじゃないですか」と、白けた空気になって終わり、誰も救えない。そんなことになるんじゃないか?怖い怖い怖い…怖いんだ!…町の人たちの、全ての命を巻き込んだ大スベリが!スベリたくない!スベリたくない!スベリたくない!スベルのは嫌だ!大スベリは怖い!」
頭を抱えるハルマキの横で、ハムカツが剣を強く握り、足を一歩踏み出す。
アミーゴの姿を見て出てきた様々な感情が、整理もできないままに衝動に代わり、足を踏み出してしまったのだ。
それを見た兵士たちがざわつく。
「お…おい」
「おまえ…」
自分たちに愛嬌を振りまいておひねりを貰っていた、あの男が、ふざけながら小銭を拾っていたあの旅芸人が、今はまるで、英雄の立ち姿なのだ。
実力の伴わないその姿だが、兵士たちに誇りを思い出させることはできた。
「俺達だって…」
兵士たちが剣を握り直す。
それは、見えたのではなく、本能が反応したと言った方がいいだろう。とっさに顔の前に出した剣の上を舐めるように、アグパヌの細い剣が滑っていく。
もし剣を出していなければ、ハムカツの顔はカツサンドのように二等分されていたかもしれない。
アグパヌはハムカツに切り込んだ勢いを殺さぬまま、後ろの兵士たちに切りかかる。
ハムカツが振り向くまでの間に、2人の兵士が鎧の隙間に細い剣をねじ込まれる。2人とも致命傷にはならなかったが、圧倒的な力の差を見せられ、せっかく奮い立たせた兵士の誇りが致命傷を受けた。
アグパヌは躊躇なく、私語もなく、次々に仕事をしていく。
ケガ人や新米兵士では相手にならず、鼻歌でも歌っているかのような穏やかな表情で、人を斬っていく。
そんな、穏やかな表情のアグパヌの表情が一瞬凍り付く。そこにアケビがいた。鎧を着たゴツゴツの男たちの中に、急に女性が現れたことに驚き、アグパヌの剣が一瞬止まる。もしかしたら、アンジーだと思ったのかもしれない。
ハムカツの目が光る。ハムカツだけだった。ハムカツだけがアグパヌの隙を見つけ、声を出さずに斬りかかる。
ハムカツの剣がアグパヌのほほに触れる。
ハムカツは剣を下方向に振り下ろしている。それしか教わっていないのだ。
「オオオオオオオォォ!」
ここで初めて声を出す。何度も練習した掛け声だ。実際は一瞬過ぎて、こんなには出ていないのかもしれない。だが、アドレナリンで拡張された脳内の時間軸では、その掛け声は確かに響いていた。
重力のスピードで振り下ろされるハムカツの剣。
それに対し、アグパヌは重力を使い、体を下に下げてかわさなければならない。だが、重力の初速は遅い、空中で手を放した瞬間のボールと、手を放して1秒後のボールをイメージするとわかりやすい。まるでアメリカのカトゥーンアニメのように遅い。
アグパヌの表面が油汗で湿ってきた。地面をける足のチカラは上方向のチカラなので役に立たない。
ハムカツは、ただもう、無我夢中で剣を振り下ろすしかない。アミーゴに教わった、最初で最後の剣技を!
しかしまだ、アグパヌにも手はある。足裏の摩擦力を使い横によける動きができる。しかも、アグパヌは独自に開発した、トゲ付き靴を履いていた。分かりやすく言うとスパイクである。この靴によりアグパヌは、サザメどころか、チュンチャンよりも早い初速を手に入れていた。
「レエエエエェェェェェッ!」
それでも少しだけ振り下ろされる剣の方が速そう。最後にアグパヌは首をひねりハムカツの剣をかわそうとする。
振り切った剣が地面に刺さる。
アグパヌは首をひねって地面に転がっている。その首がぐるりっと向き直り、ハムカツを見る。頬から出血している。
「ははは…はははははっ!!」
アグパヌが笑っている。お笑いの基本、緊張と緩和だ。それだけビビったのだ。アミーゴの教えた剣は、B級イタコをビビらせたのだ!
アグパヌが素早く立ち上がる。吹き出した汗と頬の血が混ざり、あごの先から垂れている。
「くっ…ダメだったか……」
ハムカツにも実力の差はわかっていた。千載一遇、最初で最後のチャンスだった。
立ち上がり、正対したアグパヌに勝てるわけもなく、もう一度剣を振り下ろそうとするが、アグパヌにはもう二度と通用しない。
アグパヌもハムカツのポテンシャルに何かを感じ、一瞬警戒するが、すぐに、それに値しないと見抜き、ハムカツの腹を細い剣が貫通する。
「ハムカツ!!」
それはハルマキにとってもショッキングな光景だった。自分の弟子の腹に剣が刺さっている。
それでもハムカツの剣は止まらずに振り下ろされる。いや、仮に止めようと思っても剣の重さで止められないのだ。
ほぼ自由落下の剣をアグパヌはバックステップで余裕でかわす。
ハムカツは腹を押さえひざまずく。
そんなハムカツをアグパヌが見下ろしている。
(ああ、悪夢だ。私はまた、弟子を助けられないのか)
ハルマキの心はかきむしられていた。
「こんな悲しい物語を、少し追加するためだけに、異世界転移なんてものが起こったのか?ふざけるな!」
絶望がハルマキを追い込んでいく。
「なんというバカバカしい運命、スベっている!この悪夢はスベっている!」
ハルマキはハムカツの言葉を思い出す。
「そうだなハムカツ。どうせ見るなら生き延びる夢だ!」
ハルマキは大きく息を吸う。
その声は空間を支配し、町中に轟いた。
「こーーーんーばーーーんーはーーーーーっっ!!!」
そこにいるすべてに人が、ハルマキに注目する。
すべての人が、奇跡を見ている。
そこに立っている男が言う。
「こんばんは、猛竜進一です!」




