第23話 小石の音。の巻!
危機はどこから出てくるか分からない。
手の形は空気を包み込むように。大きく腕を振り、それらを散らしつつ、窓の外へといざなう風の流れを作っている。
自分でも驚くほどの、臭いオナラが出たのだ。
彼は新婚だった。妻は外で洗濯物を干している。新婚でカエル化はヤバイ。
額に汗がにじむ。空気を包み込んだ両手を、ねじるように回転させながら前に突き出し、部屋の空気を巻き込みながら、窓の外まで続く小さなトルネードを作るイメージ。
「ああ、この小さなトルネードが、夫婦の危機を連れ去ってくれるのだ」
彼の生み出すトルネードは、魔法のように、みるみる部屋の空気を浄化させていく。
「もう一回!もう一回!」
繰り返すたびに、トルネードの威力は増していった。彼は興奮していた。
「屁なる竜巻!放屁ートルネード…じゃない」
自分のほっぺをペシペシ叩き。
「聖なる竜巻!ホーリートルネードだ!!」
と言い直した。今なら、かめはめ波も打てそう。
魔が差したのだ。彼は、
「このホーリートルネードを、もっと向上させたい」
と思った。
「向上させるためには緊張感が必要だ」
そのためには何が必要か。答えは出た。いや、出ていた。
「ふっ…また屁を出せってことなのか…」
これからの長くて幸せな夫婦生活を頭の中に描く、それはまさに幸せのビジョンだった。だが、しかし。
「きっと、いつかまた訪れるであろう危機のために、ホーリートルネードを完璧なものにしておきたい」
と思ってしまった。
「はああああああああああっ!!!」
スーパーサイヤ人にでも変身してしまいそうな勢いだ。
「ぶぴっ」
………。
「………」
やってしまった…。
「やってしまった…」
うんこを……うんこを漏らしてしまったのだ。
「出ちゃった……」
出ちゃったのだ!
こんなことを妻に知られれば、カエル化どころではない。フリーザの第三形態化である。
「ああ…あ……」
絶望の空気が彼を包む。トルネードを打ってもいないのに、天井がぐるぐると回っている。
「終わった…全てが……」
もう、彼の体に力は残っていないのか。
「こんなところで諦めていいのか?彼女との生活を。二人の未来を…いや、ダメだ!!」
彼は考える。
「どうすればいい?屁とは違うのだ。臭いはいつまでも出続けている」
彼は考える。
「パンツを洗うしかない」
防御力4。意外といいパンツをはいている。そのおかげでうんこはパンツにとどまり、ズボンにまでは達していない。だがその防壁もいつまでもつか…。
彼は考える。
「パンツを洗いたい。だが、洗い場の近くには妻がいる」
ゆっくりと窓の近くまで移動する。洗濯物を干している妻が見える。
「うーむ…彼女にはぜひ、ご退場いただきましょう」
よく聞くセリフだが、愛する人に向かって言うのは珍しい。
「妻はさっきまで買い物に行っていた。その後、すぐに洗濯をしたから、財布はまだポケットに入っている。つまり、財布を取りに部屋に入ってくることはない…」
勝負に出る。
「おーい。ランプの油を買ってきてくれないか?」
油屋はちょっと遠くにある。
「はーい!じゃあ、少し早いけど、お昼ご飯作っちゃいますね。その後で、買いに行きます」
「いやいや、昼飯前に使いたいんだ。洗濯物を干し終わったらすぐに言ってくれないかな」
「急いだほうがいいんですか?」
「いや、急いだほうがいいけど…そんなに急がなくていい……中くらいで…」
なんだそのオファー。
「中くらいね」
そうして妻は、洗濯物を干し終えて、中くらい急いで油屋に向かった。
彼は、妻が角を曲がって見えなくなるまで見送って、新しいパンツをはき、証拠隠滅を始めた。パンツを洗っているということだ。
洗い場の窓から隣の家が見える。大きなお屋敷だ。2階にシャンデリアが見える。屋敷を取り囲む塀も、高くて立派だ。
この町は、今の町長になってから急に発展したので、小さな民家と、新しくできた屋敷が横並びになっていたりする。
彼の家の大きさは、そのお屋敷の物置くらいだろうか。比べてしまうと、隣に並んでいるのが恥ずかしくなる。
それでもよかった。干された洗濯物の石鹸の香りに、彼女の匂いの錯覚を感じて、それだけで幸せだった。パンツもきれいに洗えたし、幸せだった。
「風が……気のせいか?…」
町の風が少し、いつもと違う気がした。
「あとは、パンツを絞って、外の洗濯物に紛れ込ませれば、証拠隠滅完了だ」
「ガチャガチャ!…バンッ!」
ドアが開く音が聞こえた。
「やばい!もう帰ってきたのか!もうちょっとなのに…もうちょっとで完全証拠隠滅なのに…」
とりあえず、握りつぶすようにパンツを絞り、今はいているパンツの背中側に挟み込む。
「いや、何かの勘違いかもしれない。風で物が落ちただけかもしれない…」
(このドアの向こうに、妻が立っていませんように)
そう願って、洗い場のドアを開ける。
知らない男たちが立っていた。
全員武器を持っていた。背中に挟み込んだパンツの、絞り切れなかった水分が、はいているパンツにしみ込んでいく。今、起こってはいけない出来事が、起こっているのだと理解した。
「なっ…」
声を発しようとした瞬間、盗賊の剣が彼の体を貫いていた。
「壁にハシゴがあるだろう。それを使って、屋根裏の窓から隣の屋敷の塀を超えられる」
どうやら狙いは隣の屋敷らしい、この家は、屋敷に侵入するための通り道だったようだ。
「ああ…あ……」
彼がうめいている。もう誰も、彼に関心がない。盗賊たちは通り道の小石くらいにしか思っていない。
「…石」
いつだったか、彼女とのデートで、金もなかったし、川に行った。
彼女はいつでも笑っていて、ハート形の石を見つけて「記念だ!」と言って喜んだ。何の記念かは分からない。
彼が、
「今朝の私のうんこもハート形だったよ」
と言うと。
「じゃあ、うんこ記念の石だね」
と言って、キラキラの笑顔で、ポケットに石をしまっていた。
(隣のお屋敷にあるどんな宝石より美しい。うんこ記念の石…)
「私がうんこを漏らしたから…彼女は…死なずに…すん…だ……」
(彼女はきっと泣くだろう。でもしばらくして強く生き、楽しく暮らしてくれるはずだ。そういう子だ。もう、彼女の笑顔しか思い出せない)
「ああ、私は…本当に幸せ……だ」
彼の幸せな人生の、最後の言葉だった。
彼が、3人目の被害者だ。
◇◇◇◇
町長の屋敷に走り込んできた農家のテプラは、気が抜けたのか、倒れ込んでしまう。
「アケビちゃん読んで!」
町長がメイドたちに言う。
「私が代わりに話します」
一緒に来た兵士が言う。
兵士はテプラから聞いた話を町長に伝える。
「ご…50人だと!」
「全員が武器を持っており、盗賊団と思われます」
「ダメだ…圧倒的に戦力が足りなすぎる」
町長が青ざめていく。




