第19話 文明。の巻!
虚無の世界から這い上がってきたハルマキが言う。
「アンジーさん、どうしても聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「この世界に、オナラの鳴るクッションはありますか?」
アンジーは神妙な顔になり、小声で、
「魔法の話ですか?」
と言ってきた。
なぜか、ハルマキも小声で、
「魔法の話ではないです」
と言った。
アンジーは、
「何の話ですか?」
と聞いた。
「この世界の文明の話です」
「オナラを鳴らすクッションの文明?」
「なんか、胡散臭く聞こえるかもしれませんが、そういうのがあって」
「くさい文明の話?」
「いや、臭くはないです。ブーブークッションのオナラですから」
「くさくないオナラの文明?」
「一旦、文明は置いておきましょう」
「ブーブークッションというものがありまして、それを、イスの上に置きまして」
「なるほど、ってことは、文明の上にブーブークッションを…」
「なんで文明をイスの上に置いちゃったんですか」
「さっき、一旦置いておくって」
「文明はイス以外の場所においてください」
後に……文明はイスに座っていては生まれない。人が実際に動くことによって生まれる。という意味のことわざ。
『文明はイス以外に置け』
が生まれた瞬間である。
捕まえたタコヤキ団のスキル鑑定は早かった。すぐに終わった。だが、アンジーがアケビを叱っている時間が長かったので、夕食の時間は過ぎてしまった。
アケビを叱っているアンジーを見て、
(ああ、この2人は友達なんだな)
と、ハルマキは思った。
夕食には間に合わなかったので、カツサンドラ監獄のコック長が作る、名物のカツサンドを食べることにした。
コック長は、元々はただの近所のパン屋だったが、そのカツサンドの味に心を打たれ、全てを白状する容疑者が多かったため、今では、パン屋兼、カツサンドラ監獄のコック長をやっている。
要するに、かつ丼的なやつである。
一通り怒り終えたので、アンジーとアケビは仲良く並んで食べている。
「なんか、アケビちゃんの食べ方かわいいね」
「そお?無意識だけど」
「小指と薬指が立ってて、豚の肩ロースのカツサンドを6本の指で持って食べててかわいい」
「ん?ホントだ………………6本だ」
カツサンドは一般にも販売されていて、監獄の前の店舗では数人の模範囚が働いている。
「取り調べは明日からにしよう」
◇◇◇◇
で、なんやかんやで、さらに一日たちまして…。
◇◇◇◇
「今までずっと黙っていたタコヤキ団のお頭が、急にしゃべり初めまして」
取り調べ班の男がいぶかしげに言う。
「コック長のカツサンドの効果は絶大だな」
アンジーは絶品カツサンドの味を思い出している。
「カツサンド効果でしゃべり始めたのかどうかは分からないんですが、とにかくしゃべり初めまして、それでですね。どうやらあの場所にシルバーオクトパスの団員たちがいたようなんです」
「あの場所ってのは、奴らが暴れてた食堂のことか?」
「ええ、正確に言うと、あの場所の様子を確認できる場所にいたようです。少し離れた物陰から監視していたのでしょう。お頭がシルバーオクトパスに「見ているからな」と言われたそうです」
「つまり、私(A級イタコ)がいることがバレてるってことか」
「あのタコヤキ団は、アンジーさんの存在を確認する役目だったんですが、その情報がシルバーオクトパスまで伝わっているかどうかは不明瞭でした。それがはっきりしたことで、シルバーオクトパスがこの辺りから姿を消している可能性が高くなったということです。この町としては安心材料ですが、我々としては情報を引き出して逃げる前に捕まえたいと考えていたので、なんとも…」
「アジトの場所はわかっているの?」
「お頭の話で、なんとなくは…」
「でも、もうこの辺りにはいないってことか…」
「いえ、大きな集団ですからね、逃げるのにも時間がかかるかも…」
「だったら急ごう」
「シルバーオクトパスのことは国に報告してあります。ですが、討伐隊とアンジーさんの守護隊が到着するまでにあと数日かかるかと…」
「なんで国内最強戦力のA級イタコが、お姫様みたいに守られなきゃいかんのよ。いいよ。今いる戦力で私が行く!」
「待ってください、私はあなたを止めなければいけない立場です。困ります…」
「理解した。あなたは私を止めた。でも私は、勝手に行くんだ!」
「アンジーさんのお父さんは、シルバーオクトパスに殺されたんでしたっけ…」
「関係ないよ。この国を守るために私は戦う…」
アンジーが急いで戦いの準備をしている。
ハルマキはそれを見ている。
あの時の戦闘の恐怖がよみがえる。吐き気がするほどで、二度と思い出したくはない。
そんなハルマキでも、戦闘の高揚感は少し感じていた。ハルマキの冷静さが「それは人間の愚かな本能だ」という答えを出したが、ハルマキは人間であり、少し愚かでもあった。
「何かお役に立てることがあるのであれば、私も行きます」
ハルマキが、急いで準備をしているアンジーの背後から話しかける。
アンジーは振り返らずに、
「気持ちは嬉しいが、ハルマキは残ってくれ」
と言った。
ハルマキは安心した。と同時に、少しガッカリした。あの戦闘の中で起こった、自分のものまねに対してのリアクションを…その快感を…肌が忘れていないのだと知った。
シルバーオクトパスにはB級レベルのイタコが3人いるという。
もし戦場で、その3人と戦ったら、アンジーが勝つだろう。A級イタコはそれほどに強い。しかし、不確かな情報のみで敵のテリトリーに入るリスクを考えれば、何が起こってもおかしくない。
「ハルマキ…」
「はい」
「私にもしものことがあったら…」
「そんなこと、やめてください……」
「隣国の国王は信用のできない人物だ、私が死んだら何が起こるか分からない。そうなったら、どうか我が国の国王と会ってほしい。そして、我が国の国力が、隣国に追いつくまで支えてほしい。大丈夫。まだ未熟だが、若くて才能のあるイタコが何人かいる。その中に、A級イタコになる子がきっといる。それまでどうか…」
「アンジーさん…私にアンジーさんの代わりはできませんよ」
「念のために言っておいただけだ。もちろん、死ぬ気なんかない。だが、国王には会ってもらうぞ!」
「分かりました、会いましょう。ただしアンジーさんと一緒なら…です」
「それは良かった。…今日はいい日だ」