第17話 ドッキリ! の巻!
「こんちわー」
急にアケビがやってきた。
コンコン。
ドアを開けてからノックをした。
「どお?怪我なんかしてない?」
「こんばんは。ええ、大丈夫です。我々なんかより、あの兵士さんたちは大丈夫なんですか?」
「ああ。大丈夫、大丈夫。想定内の大怪我だから」
◇◇
アンジーとメイドたちが話している。
「練習終わったんだ」
「はい、今日は終わりです。もう、練習から楽しいです」
青春だ。
「それは良かった」
「アンジーさんはお仕事終わったんですか?」
「うん、お仕事というか、後処理だけどね。大体終わったよ。あとは鑑定士の到着を待つだけ。スキル鑑定だけでも夕食前に終わらせちゃいたいんだけど」
「たぶん大丈夫ですよ。この町の鑑定士は、町長が見つけてきたご自慢の鑑定士で、早いですよ!一度に2人のスキル鑑定をできちゃうんです」
「凄いじゃん!やるね、町長さん」
「さらに、この町に来てもう5年以上たつのに、スキル間違えが0件なんです」
「なんと!それほどの鑑定士だったら、王都で相当稼げるだろうに。」
「この町を気に入ってくれたみたいで、今のところ出ていく予定はないみたいです」
「なるほど、確かにこの町の人々は楽しそうだ。いい町なんだね」
「はい!」
「町長さんが優秀なんだね」
「はい!」
「でもストはするんだね」
「はい!」
「あれ?そういえばアンジーさん…取り調べに行かないんですか?」
「いや、鑑定士を待っているんだよ」
「スキル鑑定士だったら監獄に到着したって、アケビちゃんに報告しましたけど」
「えっ?あれ?アケビちゃんは?」
「アケビちゃんは、ちょっと前に、旅芸人の2人を連れて外出しましたよ」
「え?…なんか。いやな予感!」
◇◇◇◇
15分ほど歩いた場所に、この町の監獄がある。今の町長が来る前の町は荒れていて、一番立派な建物が、このカツサンドラ監獄だった。そこに隣接された取調室でスキル鑑定が行われる。
部屋には、アケビ、ハルマキ、ハムカツ、そして鑑定士の4人がいる。
「こんばんは、ハルマキです」
訳も分からないので、とりあえず鑑定士に挨拶をする。
部屋の真ん中に机があり、机の上には水晶、あるいは消臭力の中身のでっかいやつが置いてある。たぶん水晶だろう。
イスが2つ置いてあり、向かいに鑑定士が座っている。
「さ、さ、さ、とりあえずここに座ってよ」
アケビが言う。明らかに怪しい。ニヤニヤしている。
イスの上には小さなクッションが置いてある。
ハルマキとハムカツが顔を見合わせて、小声で話す。
「師匠、これは、まさか…」
「ああ、そうだ…ブーブークッションだ!」
「今どきブーブークッションですか?」
「この世界では最新なのだ」
「要するに、ドッキリということですよね」
「そうだ。アケビちゃんが、我々芸人の見せ場を用意してくれたのだ。ありがたい。その想いにこたえたい。今こそ芸人魂を見せる時だ」
先にネタばらしをするが、これはブーブークッションではない。ただの普通のクッションだ。アケビが隣の部屋から来客用のイスを持ってきただけだ。
「緊張しますね」
「ブーブークッションで地獄を見たものは多い。だが慌てることはない。いや、慌ててはいけないのだ」
「平常心ですね」
「そうだ。慌てて勢いよく座った結果、ブーブークッションが破裂してしまうという最悪のケースもある。だからと言って不自然にゆっくり座るのも興ざめだ。あくまで自然に、でもゆっくりとだ」
「同時に座った方がいいですよね」
「それはそうだ。せっかく2つ用意してくれたんだ。一人だけ先に行っては、もう一つが無駄になる」
「そうですね」
ハルマキは目をつぶり、想像する。
「いや…違う!すまん、お前が先に行ってくれ」
「私だけ先にですか?」
「そうだ。そして私が、お前が屁をしたことを疑う。何なら少し怒る。そして、その後、私も屁をしてしまうという展開にしよう」
「なるほど、それならば2度ドッキリを味わえますね……でも待ってください。おならをしたのに臭いがないっていうのは不自然じゃないですか?師匠が僕の屁を疑っているときに、僕に「だって全然オナラの臭いしてないじゃないですかー」って言われたら論破じゃないですか」
「確かに…そこには気づかないことにするのは不自然か…うーん、何か、においを消してくれるものでもあれば…」
ハルマキが机の上に視線を移す。そこに水晶が置いてある。
(で、で、で、でっかい消臭力ーーーーーーーっ!!!)
「見ろ!ハムカツ。でっかい消臭力の中身だ!あれのせいで臭いが消されたということにしよう!」
「き、奇跡だ…」
もう一度言うが、イスの上のクッションは普通のクッションである。
「大抵は音は鳴ってくれる。だが、まれにブーブークッションの不具合で無音になってしまうことがある。これはもう、芸人的には死を意味する。天に見放されたと思うしかない。ショックだろう…だが、平常心を保たねばならない、普通に座れたことに驚くのは明らかにおかしい。まだ私のブーブークッションが残っているのだ。平常心でその時を待て」
「はい…ところで、向かいに座っている人は誰なんでしょう」
「あれは多分、屁をこかれて、嫌そうな顔をする役の人だ」
「なるほど」
「じゃあ、いくぞ!」
「はい!」
ハムカツはイスを引き、わざとらしくない程度にゆっくり座る。
尻の感覚でクッションに触れたことを察知する。
(ここからが勝負だ)
ハムカツの上半身が一定のスピードで下がり下敷きのクッションを潰していく。しかし全くオナラの音が鳴らない。なぜなら、普通のクッションだからである。
絶望の汗が一気に背中を濡らしていく。しかし、それを顔に出してはいけない。
(いやだーーーーーっ!!音よ鳴ってくれ!いやだっ!いやだっ!誰か助けてっ!なぜ鳴らないんだーーーーーっ!!!)
………終わった。
全ての体重をイスに預け終えた。オナラは鳴らなかった。
(今、一人の芸人が死にました。お母さん、私は無力です。)
ハムカツはロボットのように無の感情で、ただ、前を見続けた。涙を流すことすら許されず。
(天はわが弟子を見放した…)
ハルマキもまた、涙を流すことができない。涙はダムのように心の中だけにため込まれ、危険水位に達している。
ただ前を見て座るハムカツの背中が、陽炎のように揺らいで見えた。
ハムカツの熱い汗が湯気になったのか。ハルマキの心のダムが、その瞳を潤ませたのか。とにかく、2人の心に余裕はないようだ。
(急ごう。弟子のかたき討ちだ)
ハルマキが動き出す。2人分の想いを込めた屁を鳴らすために。