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第10話 む、む、む。の巻!


「今日はもうだめだね」


 鎧を天日干ししている兵士たちを見て、アンジーがつぶやく。


「次の候補地はちょっと遠いし、明日にしよう」




「アンジーさん。この町よりもう少し人の多い町が近くにあったりしませんかね。私たちはそこで芸を見せて、この国のお金をためてから、その後の旅を考えようと思います」


「え、出ていくの?もっと居ればいいのに。どおせ町長のお金なんだから」


「さすがに心苦しいです…」


「明日行く場所の先に、貿易都市があるから、そこだったらお金持ちいっぱいいそうだけどね。途中まで送ろうか?」


「よろしいのですか?」


「うん、いいよ。馬車狭いけど」





 翌朝。



 鎧を着た大きな兵士たちが7、8人乗れるかどうかというくらいの大きさの馬車が二台用意されている。


 ハムカツが、出発前の兵士を相手に簡単な手品を見せて、約3000ホイの臨時収入。


「昨日は近場だったから、徒歩で行ったけど、今度の場所はちょい遠いからね。馬車で行くよ」


「はーーい」


 と、兵士たち。


「名前を呼ばれた者から順番に馬車に入ってくれ」


 兵士たちが、どんどん馬車に入っていく。


「最後に、ハルマキとハムカツだけど、広い方の馬車の隙間に座ってもらえるかな」


「わかりました」





 気まずい…………。


 両サイドの椅子に座る兵士たちに見降ろされながら正座をしている。馬車が揺れるたびに、軽い膝蹴りをくらう。


 狭いし、気まずいし、膝蹴りくらうし、…でも、これから命がけで戦うことになるかもしれない兵士たちに苦情なんて言えない。体がでかいし、顔も怖い。苦情なんて言えない。


 ハルマキのすぐ横の膝が震えている。若い兵士だろうか。顔は凛々しく姿勢もまっすぐ座っていて、ただ、膝だけ少し震えている。


 取り囲む鎧の、鉄の臭いがずっとしている。




 馬車がゆっくりと止まる。


 目的地はもう少し先だが、目立たないように、ここからは徒歩で移動する。



「三班に分かれよう、一班4、5人で何かあったらここに戻る。何もなくても、しばらくしたらここに戻る。」


「はい」


「大通りまで行けば、その先に街が見えるはず。ハルマキたちとはそこでお別れだ。私はハルマキたちを大通りまで送ってから、西側を探索する」




 カチャカチャと、動くたびに鳴る鎧の音にハルマキは、敵に気づかれるのではないかとドキドキしている。確かに、コソコソ探索するのには不向きな重装備だと思う。シンとした森の中で、鎧の音がどこまでも響いているようで、怖かった。


 途中、怪しい家を発見する。なんと言うか、電車に乗って外を眺めていたらたまに見かけるド派手な家、みたいな…そんな家が大通りから少し離れた森の中にに急に現れたので、怪しいと言えば怪しいのだが、隠れ家という感じは全くしない。


「私はハルマキたちを大通りまで送ってくるから、その後、戻って報告しよう」


 とりあえず兵士2人をそこに残し、アンジーと、ハルマキ、ハムカツ、それに若い兵士を含む兵士3人の計6人で大通りに向かう。






 10分くらい歩いただろうか。 


「あれえ?大通りまだかなあ?」


 アンジーの声に兵士が反応し、コンパスと地図を出す。


「地図が正しければもうすぐです。斜面を登り切れば見えると思います」


 ハルマキは耳がいい。だから、ものまねの対象のクセを聞き分けることができるのかもしれない。


 ここは、小さな丘で、斜面の上には大きな岩がある。その岩の裏側から何か、音が聞こえたような気がして、


「アンジーさん…」


 ハルマキが声を掛け、アンジーが振り向いた瞬間。



  「ガギンッ!!」



 と、大きな音がして、先頭を歩く兵士が倒れてくる。


 大きな兵士が倒れて開けた視界に、剣を持った3人の男たちが現れる。


「残党かっ!」


 アンジーが叫び、兵士たちが一斉に剣を構える。


 倒れた兵士は、気を失っているが死んではいない。結果的に重装備は正解だった。


 さらに、岩の上に2人の男が現れる。2人とも頭の上に大きな岩を掲げていて、1つは失速して手前で落ちたが、もう一つはアンジーに向かって飛んでくる。


「隊長っ!!」


 一人の兵士がアンジーの盾になり、大岩を受け止めて倒れた。


「大丈夫かっ!!」


 アンジーの声に


「はいっ!」


 と答えて、立ち上がろうとしたが、両腕が動かないらしく、重装備の自分の体を支えられずに地面に転がった。


 敵は5人、対してこちらは、戦えない兵士2人に、アンジーと若い兵士、それにハルマキとハムカツ………分が悪い…。


 だが、ハルマキもハムカツも、あの時のアンジーの姿を見ていたので理解している。


(アンジーさんがイタコスキルを使えば勝てる!)


 確かにそうなのだが…。


「20秒あれば…」


 アンジーのつぶやきに若い兵士が前に出る。


「僕が…何とか…僕が…やらなきゃ…」


 若い兵士は震えながらアンジーの前に立ち、ハルマキは震えながら後ずさる。


「僕がやらないと…隊長が死んじゃったらこの国は…」


 アンジーが死ねばこの国の国力が下がる。それほどの存在なのだ。ハムカツは震えながら落ちている棒を拾い、若い兵士の少し後ろで戦うポーズを見せる。棒の先に葉っぱがついていて、それも震えていて、マツケンサンバの後ろの人みたいになっている。


 アンジーが詠唱を始めれば、その瞬間に、残党たちは襲いかかってくるだろう。


 詠唱を始めなくても、いつかは襲いかかってくるだろう。


 後ずさるハルマキが、倒れている兵士の足につまずいて尻もちをつく。


 岩を受け止めた鎧がゆがんでいる。その鎧の重さですり潰された草の臭いが、ハルマキの鼻の中にぬるりと入ってくる。


 ハルマキがそれを吸う。小学校の草刈りの日と同じ匂いだ。


 夏前の妙に暑い日に、汗をかきながら草刈りをして、植物がちぎれたときのあの匂いが、異世界でも匂っている。


 鼻から吸って、肺に流れていく。目の前はひどい状況で、でも、学校の草刈りの日と、同じ匂いがしている。


(なんだこれは……)


 現実味がない。



「頼む、20秒だけ……」


 そう言ってアンジーが詠唱を始める。


 残党たちが一斉に襲ってくる。


 若くして、A級イタコの部隊に抜擢されるだけあって、若い兵士の剣技はかなりのものである。それでも、2人を同時に相手にするのがやっとだ。


 ハムカツも、アドレナリンが出てしまっているのか、がむしゃらに葉っぱのついた棒を振っていて、残党の1人がその相手をし、残りの2人がアンジーに向かって走る。


 ハルマキは何もしていない。何もできない。



   「我は憑代  魂の宿……」



 アンジーの詠唱が始まっている。どうやら詠唱の速度を上げることはできないようだ。  


 残党の剣がハムカツの棒の葉っぱの部分を切り落とす。


 ハムカツは、葉っぱがなくなり、降りやすくなった棒を振り回し、それが、残党の側頭部に当たり、1人倒した。


 ハムカツは、自分が残党を倒したことにも気づかないまま顔を上げると、そこには、アンジーに向かって走る無防備な残党たちの後頭部が…。



   「神に認められ  永遠の魂を……」



 アンジーの詠唱が続いている。


 ハムカツは、ただもうがむしゃらに、目の前に現れた無防備な残党に棒を振り下ろす。


 暴れん坊将軍でも降霊したのではないかと思うほどの、まさかの大活躍で、ハルマキは2人目の残党を倒す。


 それを見たハルマキは、ハムカツと「夢でも、生き延びる夢を見よう」と言った決意を思い出す。



   「世界に刻む英霊よ  今一度……」



 突然崩れ落ちた仲間に驚き、足が止まるもう1人の残党。しかし、一瞬で優先順位を判断し、詠唱を続けるアンジーに向かって走る。


 ハルマキは立ち上がり、考える。


(私にできることは何だろう……)


 いや、考えるまでもない。ハルマキにできることは、1つしかない。


 大きく息を吸う………。



「こんばんはーーーーーーーーーーっ!!」



 舞台で鍛え上げられた声量。皆が驚き、ハルマキに注目する。アンジーの詠唱まで止まってしまった。それほどの声量。全員ハルマキに注目する。



 ハルマキの顔面がおかしい。人間には不可能な動きで顔面が動く。


 ハルマキのことを、知っている者も知らない者も関係ない。


 そこに一人の男がいた事実。


 そして別人になってしまった現実。



「こんばんは、獅子村ししむらケンです。だいじょうぶだぁ!」



 声も別人だ。


 全員が見ていた。確かに別人になった。それは一瞬だった。そして、それは……





「「「「む、む、む、無詠唱だとぉぉぉーーーーーーっっ!!!」」」」





 ハルマキとハムカツ以外の全員が狂ったように叫んだ。




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