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 シャルさんを家に残して、私は診療所で普段通りの診察を行い、帰りに食材を買い込んで帰路についた。日も落ち切っていない、夕方頃だった。

 シャルさんは家でちゃんと待っててくれているだろうかと、一抹の不安を抱きながら家に帰る。


「ただいま帰りました」


 私は家の扉を開ける。

 私の心配は杞憂に終わった。シャルさんは朝食の時に座っていたダイニングのテーブルで本を読んでいた。いくつかの本が積まれていたが、おそらく全て本棚にあった医学書だ。


 倒れていた本棚も元通りになっている。本当に直しておいてくれたんだと、シャルさんの律儀さに感心する。


「今から夕食の準備しますから、もう少しゆっくりしててください。あと、本棚ありがとうございました」

「ああ、暇だったからいくつか拝借した。医学書ばかりだな」


 たしかに私の本棚には医学書と治癒術の本ばかりだ。

 小さい頃から、ずっとそれを習ってきた。


「小さい頃から、医者になろうと決めていたので。本もそればかりで、退屈でしたよね」

「まあな。それよりこれを独学で学んだのか」

「いや、先生がいます。魔導術の天才と言われている人で、今もセントラルで学者をしています」

「ほお」


 自分から聞いてきたのに、あまり興味のなさそうな返事が返ってきた。

 私には先生がいる。幼少期に両親を失った私の親代わりになってくれた人だった。本当は私もセントラルで働きたかったが、今は先生の頼みもあって、ここで診療所を営んでいる。


「私もそうだが、魔獣は治癒魔法に疎い」

「そうなんですね」

「そもそも強ければ、治癒の必要など無いからな」

「それは、たしかに」

「治癒術か……悪くないかもな」


 シャルさんが本を読みながら、ぶつぶつと独り言を言い出したのを横目に私は夕食の準備を進めていた。

 どうか不穏なことを企らまないでくれと、心の中で祈った。




 夕食も済んでお腹も膨れたところだが、これより起こりうる問題が二つ。


 うちには簡易的なシャワーがある。シャルさんが魔獣の姿の時は毎日体を拭いてはいたが、シャワーまでは浴びてもらってなかった。でも人間の姿だったら、そうもいかない……よね。


 そして我が家にベッドは一つのみ。今まではシャルさんが魔獣の姿だったから一緒の布団で眠っていたが、青年男性になってしまえば、これも話は別だった。


「シャルさんって魔獣の姿には戻れないんですか?」


 恐る恐る聞いてみた。魔獣に戻れるなら、万事解決だ。いや、万事ではないかもしれないが。


「戻れはするが、何故だ」

「いえ、その……眠るのにベッドもひとつしかないですし。魔獣の姿に戻って頂けると嬉しいというか、助かるというか」


 この状況で如何わしいことなど起こるわけないのだが、青年男性の姿でいられるより、魔獣の姿でいてくれる方が幾分か健全な気がした。魔獣の姿なら、シャワーも一旦見送ってよいだろう……多分。


「そうか、だがおそらく今なら魔獣の姿の方が場所をとるぞ」

「場所をとるとは?」

「戻ろうか?」


 そう言って、シャルさんは服を脱ぎ始めた。


「ちょっと! なんで脱ぐんですか!」

「なんでも何も邪魔だからだ」


 シャルさんはそのまま脱ぎ進めていくため、私は大げさに目を背けた。


 パサッと服が床に落ちる音がした後、ミシッミシッと、なんとも聞き慣れない音がした。すぐ後ろで何が起きているのか不安と好奇心が入り混じっていたが、私は振り返ることはしなかった。


ガウッ


 短い鳴き声を合図に私は振り返った。そこには全長で言うと私より大きい、立派な獅子の姿があった。


「ええ! 大きい!」


 もちろんこんな1人用ベッドで眠るのは、到底無理な大きさであった。これはやはり魔力が回復している証なのだろうか。だとしたら順調な回復なのだろう。


グルルッ


 シャルさんは短く喉を鳴らした。

 ほらみろ、とでもいいたげだ。


 そしてすぐにシャルさんの様子がおかしくなる。みるみるうちに身体中の毛がなくなっていくのだ。

 すらっとした人間の体躯に変化していくと思ったら、あっという間に人間の姿に戻っていた。金髪の美青年だ。服は着ていない。


「ちょっと! 急に戻らないでください!」


 慌てて顔を背ける。すでに結構しっかり見てしまったが。


「こちらの方が都合がいいだろう」

「うう…そうかもしれませんけど。例えば小さい魔獣とかになれないんですか?」

「……………なれない」


 回答に妙に間があった気がしたが。


 だがもう仕方ない、腹を括ろう。


「シャルさん、シャワーの使い方わかりますか。

タオルと着替えを置いておくので、浴びてください」

「シャワー? 湯浴みか?」

「使い方教えますから、一旦服着てください」




 シャルさんはシャワーにひどく感動していた。今はこんなものがあるのかと、少し楽しそうだった。

 そしてシャワーを浴びて出てきたシャルさんの髪を拭いてあげると、とても気持ちよさそうで満足そうだった。ちょっと可愛らしい。


「私もシャワー浴びてきます。シャルさんは先にベッドで寝ててください」

「ああ」


 私もシャワー室へ向かった。

 家に私以外の人がいるのが久しぶりで、なんだか浮ついた気持ちになっている。そんな気持ちをシャワーを浴びて落ち着かせる。


 私がシャワーから出てくるとシャルさんは、まだベッドに腰掛けて起きていた。


「シャルさん寝てなかったんですね」

「ああ、アリアを待っていた」

「え、何故です」

「君がこちら側だろう」


 そう言ってシャルさんは、ベッドの壁側の方を指差す。たしかに魔獣の姿で一緒に寝ていたときは私が壁側だった。つまりは一緒に眠るということか。いやいや、それはよろしくない。魔獣とはいえ、シャルさんは男性だし。


「いえ、シャルさんがベッドを使ってください。今日は私適当に寝ますから」

「いいから、こちらへ。お前の体は暖かくて心地いい」

「え、あっ、ちょっと」


 そういうと、シャルさんは私の腕を軽く引っ張った。

 あれよあれよという間に隣に寝かされてしまう。


 シャルさんは私の腹周りに手を回して、あっという間に眠ってしまった。私の耳元ですやすやと寝息を立てている。さすがに魔獣の彼には、人間の貞操観念的なものは通じないようだ。もう諦めよう。



 本当にこれからどうなってしまうんだろう……

 私はしばらく呆然としていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。

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