5
私は青年の姿をした魔獣”シャルベーシャ″さんとダイニングテーブルに向かい合い、朝食を食べた。
取り急ぎ作ったハムエッグとバゲット。私としては、いつも通りの朝食なのだが、目の前には美青年がいて、落ち着かないといったらない。
私が緊張に苛まれながら食事をするなか、シャルベーシャさんは、バゲット1つ分をペロリと平らげてしまった。
食事中彼の姿をみると、とても手慣れているように見えた。何気なく渡したフォークもコップも使いこなしているし、側から見たらこの人が魔獣だなんてわからない、人間そのものだ。
一体何者なのだろう。疑問ばかりが募っていく。
「おい、娘。いつくか聞きたいことがある」
私の朝食が済んだタイミングで、声をかけられる。
「はい、なんでしょうか」
「ここはどこだ?」
とても端的な質問を受けて、私は居住まいを正す。
先ほどは落ち着いて話ができなかったが、私もまだ色々と確かめたいことがある。まずは、彼の質問に答えよう。
「ここは、セントラルとノーザンテリトリーの間に位置する宿場町ノーズポストです」
「ん? なんと言った。ノーザン……?」
私は現在地を一息に説明してしまったが、彼には聞き覚えが無いようだった。
「ええと、セントラルとノーザンテリトリーの間の…
「ノーザンテリトリー? 聞いたことがない。セントラルとは、あの忌々しい石のある街だろう」
忌々しい石とは、終末の赤き龍の魔石のことだろう。
あれは、今や中央の街のシンボルのようなものになっている。
私は説明を続ける。
「ノーザンテリトリーは北の軍事都市です。現在領土としては魔導省と帝国とで二分されているようですが」
「北にそんな都市があるのか。……しらんな」
「北の地に街、といか軍事拠点というか、そういうものができたのは、ここ4、5年でしょうか」
「なるほど。私の記憶している都市部と乖離がある。地図はないのか」
「はい、あります」
私は世界地図を持ってきて、テーブルに広げた。
そして、この世界の現状を一から説明することにした。
この大陸は今、二つのに国よって統治されている。
大陸中央から西側にかけては、魔導省が統治する”マグナ・マギア魔導国″。156年前、終末の赤き龍が盗伐された後、その場に残った巨大な魔石を中心として、魔導技術が発展して、建国された国だ。今やこの国が大陸のほとんどを統治している。
そして大陸東部には、古くから皇帝により統治されてきたクロノス帝国が存在する。ほぼ全ての国が魔導国の傘下になるなか、唯一統制下に下っていない国となる。
この2国が自国の発展のために、領地ひいてはそこで得られる魔石の奪い合いをしているのが現状だ。
その上で、この大陸は大きく5つの州に分けられており、それぞれ名称がついている。
中央の大魔導都市 セントラルシティ
北の軍事都市 ノーザンテリトリー
南の自然保護地区 ニューサウスウッズ
西の海上都市 ウエスタンコースト
東の帝国 エンパイアステート
「そして、今私が住んでいるこの家は、若干中央区寄りですが、セントラルシティとノーザンテリトリーの間の宿場町ノーズポストです」
「………」
私が説明をする間、彼はとても静かだった。
とても難しい顔をしながら、世界地図を見つめていた。
「えっと、わからないことがありますか?」
「この世界のことは、わかった。しかし……」
彼は地図に向けていた視線を持ち上げる。
そして、真っ直ぐに私を見つめた。
「何故私はそのような北方の地にいるのだ?」
「わかりません」
2人揃って難しい顔になる。
どれだけ難しい顔をしていても、窓から差し込む朝の陽射しをうけた、シャルベーシャさんのお顔はとても美しかったのであった。