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パニックでやけくそになっていた私だったが、青年にシーツを覆い被せることにより、とりあえず美青年の裸体を視界から遮ることには成功した。深呼吸をして、早くなっている鼓動を落ち着ける。
シーツを頭から被せられた青年は、静かにその場から動かなくなった。いきなり大きな声を出されたから、驚いたのだろうか。
一旦話を整理しよう。
昨日の夜も、私は治療した魔獣と一緒に眠ったはず。周囲を確認するが、その魔獣の姿はどこにもない。
やはり、あの魔獣が人間の姿になったということなのだろうか。変身できる魔獣なんて、そんな話は聞いたことがないが。
そしてこの青年は、シャルベーシャと名乗った。シャルベーシャとは、現在討伐が困難とされる”終末の獣“と呼ばれる魔獣の一匹で、南の地に巣くう獅子だったはず。永きに渡り討伐軍を退け続けていると、かなり有名な魔獣だ。本当だとして、どうしてこんなところに……。
考えてはみたものの、当然この状況に説明などつかなかった。
「おい。私はいつまでこうしていればいい」
「あっ……えっと、すいません」
青年はシーツを被ったまま、声をかけてきた。私の要望通り、しばらく待っててくれたようだ。とても律儀な性格なのかもしれない。
「あなたは私が助けた魔獣なんですよね」
「そうだ」
まだこの状況を受け止めきれたわけではないが、この人が私の寝込みを襲いにきた変質者ではないことがわかり、少し警戒を解く。
とりあえず座ってもらおうと思い、ダイニングの方から木の椅子を一脚持ってた。
椅子を待ち、背後に回った時に気がついた。背中の辺りに血が滲んでいる。私が先ほど吹き飛ばしたからだ。
「ごめんなさい。背中に怪我をしてます。治療しますから、座ってください」
そういうと、青年は振り向いた。
振り向きざまに、シーツからはらりと頭を出してきた。
「なんなら、頭も打っているぞ」
たしかに、おでこの中心が赤くなっている。
青年は真顔で見下ろしてくるので、怒っているのかどうかがわからない。いや、さすがに怒っているか。
「本当にごめんなさい。びっくりして、咄嗟につい……」
「構わん。治してくれ」
そう言って、青年は背中をだし、ベッドを背にして座った。打撲に細かい切り傷が多数。これ自体はそこまで重症ではないが、なんせ元々怪我人だ。胸の傷も後で診せてもらおうと思う。
「あの……色々と聞きたいことがあるのですが」
治療のために診察道具をベッドに広げながら、問いかけた。わからないことが多すぎるため、もう本人に一つずつ聞いてみるしかない。
「なんだ」
「あなたは魔獣なんですなよね。どうやって人間の姿に?」
「魔力がそれなりにあって、よほどの不器用でなければ、変身できる。こうして人間界に身を隠している魔獣もいるだろう」
「ええ! そうなんですね」
「傷が癒え、魔力が戻ってきて、やっと姿を変えられるまでになった。昨日はそのまま寝てしまったんだな」
先程は私が一方的に謝ったけれど、いきなり人間の姿のまま隣で寝てたのも悪いのでは、と今更思ったがもう何も言わなかった。
そんなことより、魔獣が人間に変身できるなんて衝撃の事実だ。たしかに、巨大魔獣にも関わらず居場所すらわからないと言われているものもいる。つまり、そういうことなのだろうか。
こんなにあっさり、私に話してよかったのかと疑問にも思うが、今は深く考えないでおこう。
「それで、あなたはどうしこんなひどい怪我を」
打撲部分に治癒術を施しながら、次の質問を投げかける。
直後、彼の声色に怒気がこもった。
「人間共に襲われた」
やはり魔石を狙う国の討伐軍に襲われたのだろう。
私は襲った張本人ではないが、ひどく申し訳ない気持ちになる。
「何度も何度も性懲りもなく……私はここ何十年と人間の醜い強欲さに、目をつぶってきたというのに。やはりやつらは我々を狩り尽くすつもりなのだな。どんな手を使ってでも私を石にして、人間風情の生きる糧となれと」
怒りのボルテージが上がっていくのを感じる。
かくいう私も人間なので、とても気まずい。
「なら、私も考えを改めなければ……人間は皆殺しだ」
憤怒の形相をしながら青年は言った。
「………」
私は返答することができずに黙り込む。
大方の傷の手当てが完了したところだったのだが、なかなか声をかけられずにいた。重苦しい空気の中、なんとか声を絞り出す。
「……とりあえず、処置は済みました。またあとで胸の傷に治癒術を
「傷が癒え、魔力が完全に戻った暁には、魔獣を家畜とせんとする人間に罰を…滅びを与える」
私の言葉を遮り、青年は立ち上がった。
膝にかけていたシーツを床に落とし、険しい顔つきに全裸でそう宣言した。
ぐぅぅぅ……
美青年の腹の音が響いた。
そして私の方を見て一言。
「で、朝飯はまだか、娘」
「その前に服を着てください!」
私は大急ぎで家にあった大きめの服を拵え、その青年に押しつけた。