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 軍人の2人組が帰った後、私はすぐに魔獣を家に連れて帰った。診療所にいたら、また何を言われるか、わからない。

 魔獣を毛布で包み、家のベッドに寝かせて、私はまたすぐに診療所に戻った。魔獣はまだ静かに眠っていた。


 その日は仕事中、家にいる小さな魔獣のことばかり考えていた。 

 今日の診察が済んだら、あの子が食べられそうなものを買って帰らなきゃ。取り急ぎ寝床も準備しなきゃな。こんなふうに考え事をしていたとしても、お仕事はちゃんとしていたはずだ。


 気づいたら夕方になっていた。

 本日最後に受付をした、患者さんにお薬を渡して、即座に診療室を片付けて、帰路に着く。


 帰る途中に市場に立ち寄って、自分の夕食用と魔獣でも食べられそうな食材を揃えた。自分用は簡単にトマトスープとパン。あの子用にパンとミルク、干した魚、干し肉も買っておこう。

 魔獣の夕食の方が豪勢かもしれないが、それはそれでよし、と思いながら足早に家に帰る。


「ただいま」


 家の扉を開いて、小声でつぶやいた。

 家の中はとても静かだった。部屋の中へ入って、天井から吊るされている灯り用の魔道具のスイッチを捻る。そうすると部屋が淡い暖色に照らされる。


 ベッドの方を見ると、私が家を出た時とほとんど変わらない状態で、魔獣はまだ眠っていた。

 近づいて様子を見てみると、ゆっくりと寝息を立てている。寝顔がとても可愛らしい。

 怪我や汚れが多くてわかりづらいが、よく見ると、この子は金色っぽい毛色をしている気がする。羽が生えていたような形跡もある。ハウンド系の魔獣かと思っていたが、羽が生えていた魔獣がいただろうか。

 そこまで大きくはないし、危険な魔獣という訳ではないと思うけれど、起きた時に襲われないよう念のため注意はしておこう。


「早く元気になるといいね」


 この子には、今日はここのベッドで寝てもらうことにした。


 私は夕食や寝支度を済ませた後、床に座りこみ、ベッドにもたれて、昔とある人にもらった獣医学書に目を通していた。この子のことが書いてあったらと思って読み始めたのだが、数ページ読み進めたところで、突如としてやってきた睡魔に勝てず、そのまま眠りについてしまった。




 朝、カーテン越しに日差しが入ってくる。眩しさを感じて目を覚ます。医学書が膝の上で開いたままだ。両腕をぐぐーっと広げて、体を伸ばす。

 そして横に寝ているはずの魔獣に視線をずらす。


 小麦色のライオンの赤ちゃんのような魔獣がまん丸な目でこちらを見ていた。


 すでに助けた魔獣は目を覚ましていたようだ。

ライオンの赤ちゃんのような小麦色のお顔、小さなお耳、そしてまんまるのお目目が、私の顔のすぐ目の前にあった。


「おはよう。目が覚めたんだね。体の具合はどうかな?」


 挨拶がわりに頭を撫でようと、手のひらを魔獣の頭上にかざした。魔獣あいてに普段なら、もっと警戒していたはずだが、今の私はなんせ寝起きであった。


ガルゥゥゥッ!

ウゥゥゥゥ!!


 魔獣は、その場で私の手を迎撃せんと、身構えた。

 怪我も完全に治っているわけではないはずなのに、小さい身体ながら凄みのある威嚇だった。私は驚きのあまり目が覚めた。


「ごめんなさい。急に触られたら、いやだよね」


ヴゥゥゥゥ……


 魔獣は警戒体制をくずさない。

 私は魔獣と向き合って、居住いを正す。


「私はアリアといいます。あなたに危害をくわえたりしません。怪我をしてたから……私の家に連れてきてしまいました」


グルルッ……


 何故か、私はひどくかしこまってしまった。

 魔獣は喉を短く鳴らしたあと、警戒を緩めたように見えたので、少しほっとする。


「怪我の具合はどうかな? 痛いところはないですか?」


 私は低姿勢ながら、魔獣の体を舐め回すように見つめる。怪我の様子を見たかっただけなのだが、その動きを見て魔獣は訝しむような視線で私を見ていた。意識もしっかりしているようで、安心する。


「お腹空いてるよね。ご飯を食べましょう。お魚かお肉食べられるかな。とりあえず全部持ってこようか……」


 私は昨日買っておいた、魔獣用の食料を出してくる。とりあえずミルクと干したお魚とお肉を一口大にして、それぞれ皿にだす。それをベッドの近くに持っていくと、魔獣はゆっくりとベッドを降りて近づいてくる。ご飯という言葉を聞いて、警戒体制は解除されたようだった。かなりお腹が空いていたのかもしれない。


「どうぞ」


 お皿を差し出すと、いのいちばんにお肉を食べ尽くし、その後に魚もミルクも綺麗さっぱり平らげた。驚異的な速さだった。

 そして食べ終わった後に、こちらを振り返り、じっと見つめてきた。その目は、なんというか、使いっ走りを見るような目で、なんとなく偉そうだった。


「もしかして、足りなかった?」


ガゥッ


 魔獣はこくりと頷いて、もともと肉が乗っていた皿を右の手で、タンッタンッと2回たたいた。

 肉を出せということだろうか…。

 なんとなく言葉も通じている気がする。もしやこの子は、ものすごい知能を持っているのかもしれない。そんなことを思いながら、お肉のおかわりを準備した。


 おかわりを平らげた魔獣は、またベッドに戻り、丸くなって眠ってしまった。怪我の治癒には体力を使う。しばらくは食べては眠る日々が続くかもしれない。




 元気になったら、この子はまた野生の世界に帰る。過酷な世界かもしれないが、生き延びてほしい。


 そんな思いとは裏腹に、この出会いは私の人生を大きく変えてしまうこととなるのだ。

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