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 中央の街から北の軍都に向かうまでの宿場町、さらにそのはずれに私″アリア”は小さな住まいを構えている。


 北の土地では、その寒さや雪の多い気候により、人が住むのは困難な土地であったが、魔道具の進歩により、ここ数年で北の街も住みやすく、かなり開発が進んでいると聞く。

 北の街程ではないが、この宿場町のあたりもかなり寒い。私の家はとても古い建物だから余計寒い。とある人に借りている家だから文句は言えないのだが。


 そして発展途上の北の地には、まだ魔獣も多く生息している。その魔獣を討伐するべく中央の討伐軍や東の帝国軍が北の地を目指しているのだ。この宿場町は主に中央討伐軍の経由地として利用されるため、宿屋や医療施設が多くある。


「そろそろ支度しなきゃ」


 私はこの宿場町で医者をしている。昔、治癒術を学んでいた。その経験を活かして、小さな診療所で旅の人たちやこの町に住む人たちの怪我や病気の診察、治療を行っている。今日も診察を依頼してくる人がいるだろう。朝早いが診療所で準備をしようと荷物を持って家を出る。


 私の家は町のはずれに建てられている。診療所のある宿場町に行くためには、森を抜けなければならないが、家から宿場町までは歩いて十数分程。あまり整備された道ではないが、そこまで危険なところでもない。ここらへんも以前に魔獣の討伐がされたためか、ここに住んで以来、魔獣の姿を見たこともない。


 今日は一段と冷える気がすると思いながら、ぼんやりと歩いていると細い道の真ん中に何かいるのが見えた。茶色っぽいけむくじゃらな何か、両腕で抱えられるくらいの大きさだ。


「猫かな?」


 おそるおそる近づいてみると、やはり生き物のようだ。猫かと思ったが、違う気がする。

 猫よりは大きい、だが狼とも少し違う。言うなればライオンの赤ちゃんのようだが、背中のあたりに小さく羽のようなものも生えている。おそらく魔獣だ。


「ひどい怪我」


 体中血で汚れており、ひどく痛々しい。様子を見るが、まだ息はある。傷の具合見るために体の向きをそっと変えてみる。そこらじゅう擦り傷だらけだが特にひどいのは胸の傷だ。傷の深さは、わからないが、切り付けられたのだろか。早く処置しなければ命が危ないだろう。


まだ生きてる。

助けないと。


 私はその魔獣を抱えて、無我夢中で診療所まで走った。




 診療所にはまだ誰も来てはいないようだった。私は急いで建物に入り、衝立の奥の診察用のベッドに傷だらけの魔獣を寝かせた。弱々しいが息をしている。


 大きな胸の傷の周りの毛を切り、手早く応急処置を済ませる。見たところ臓器までは傷ついていないと思う。大丈夫、きっと助かると思いながら、私は胸元にかけていたペンダントを取り出して、傷口へと近づける。


 私は治癒術が使える。

 魔石に籠る魔力を使って、傷や病気を癒す技術。人類が長い年月をかけ魔石を研究して、得られた技術の一つだ。人体の構造を理解し、確かな医療の知識をもっていないと、治癒術を正しく使うことはできないと言われている。今回は相手は魔獣であり、その類の知識は浅いがやるしかない。


 傷口を塞ぐために、治癒術をかける。ペンダントの魔石から白く淡い光が放たれ、少しづつ傷が塞がっていく。


 止血が完了した。まだ最低限の処置でしかないが、これで命に別状はないはず。

 少し安心したその時、ガチャリと表のドアが開いた。


「アリアさん、おはようございます」


 私の体がビクッと跳ねた。お隣で宿屋を営むシルヴィア婦人の声だ。彼女はよく怪我や病気をした旅の人に、ここの診療所を案内してくれるのだ。


「昨日からお泊まりの中央軍の方が、怪我したから診て欲しいって」

「おはようございます、シルヴィアさん。今いきます」


 魔獣を処置しているとバレたら面倒だ。だが場所を移動させる暇はない。せめてもの思いで、そっと毛布をかけて魔獣を隠す。小さな魔獣はゆっくり息をしながら眠っている。


「お待たせしました」


 表に出ると、シルヴィア婦人と軍人らしき若い男性が2人入ってきていた。この男性たちは、おそらく北の街へ向かう討伐軍の人たちだろう。屈強な肉体を持つ、まさに軍人という感じ。

 付き添っていたシルヴィア婦人は、あとはよろしくというように、軽く会釈をして、宿に戻っていった。


「本日はどうされましたか」


 衝立の奥の診察室に入るように促すと、簡素な丸椅子に2人は腰掛けた。私もその前に座る。


「この町にくる途中、鳥獣にやられたんだ。食ってたパンも取られた」

「あははっ、すげー早業でしたねー」


 軍人の1人が右肩を出すと、少し血の滲んだ包帯が巻かれていた。外してもらい、怪我の様子を見る。傷は深くはなさそうだったので、すぐに治せそうではある。


「軽く処置をしてから、治癒します」

「ああ、頼む」

「お姉さん治癒術使えるんだ。すげー」


 もう1人の男性は付き添いだろうか。あまり落ち着きがない。

 しばらく私の治療を興味深そうに見ていたが、飽きてしまったのか、その興味はベッドの方へ向いてしまう。


「さっきから気になってたんだけど、誰か寝てるの?」

「あっ、それは……」

「おいお前、大人しくしてろ……」

「ん? これ魔獣じゃない。すごい小物みたいだけど」


 制止する隙もなく、落ち着きのない彼は毛布をめくってしまった。


「魔獣?」


 治療があらかた完了した先輩らしき人もベッドの上の魔獣に注目する。


「その子は今朝、うちの前で倒れていたんです。治療をして、今は眠ってて……」


 少し言葉につまる。


「わざわざ治療なんてしなくても、石にしちゃえばいいのに」


 予想通りの言葉が返ってきた。


「たしかに、貴重な資源かもな。引き取ろうか?」


 先輩らしき人が続けて言った。


「待ってください。その子はまだ生きています。資源だなんて……そんなふうにおっしゃっらないでください」 


 うつむきながら、小さく反論する。何故だか、涙が出てきそうで、これが精一杯だった。


「まあ、これくらいじゃ、大した石にはならないでしょうけどね。あっ! 育ててやって、大きくなってから石にするってこと?お姉さん、頭いいかも」

「そんなこと……」

「おい、もう行くぞ。傷も治って、助かった」


 先輩らしき人が空気を読んでくれたのか、それ以上は何も言わずに、治療費を支払い、診療所を出て行った。




 魔獣が恐れられたのは、遙か昔のこと。今や魔獣という存在は、魔石となる資源なのだろうか。


「ごめんね」


 私は眠っている小さな魔獣に向かって、独りごちた。

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