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最近この町で騒ぎになっていることがある。ここ1ヶ月くらいだろうか、不審な魔石の紛失が相次いでいるらしいのだ。診療所に来る人のなかでも、そのような噂をする人が何人かいた。指輪として片時も指から外していなかった魔石が、気づいたらなくなっていたと。
旅の人の中でも、この紛失騒ぎが起きており、巧妙な窃盗犯の仕業なのではないかと噂されている。
私も気をつけないとなと思っていた。この魔石は、先生からもらったもの。無くすわけにはいかないから。
爽やかな朝の日差しを受けながら、シャルさんと一緒に朝食を食べ終わったところで、私は少し大げさに声をかける。
「では、シャルさん! 大変お待たせいたしました。今日はこの町をご案内させて頂きます」
「ああ、結構待たされたな」
「それは、ごめんなさい」
町へ出かけるためのシャルさんの服の調達など、準備してをしていたら、約束から丸二日がたってしまった。診察のお仕事もあったし、お許し願いたい。
今日は休診日なので、ゆっくり出かけられるわけだ。あわよくば今日、シャルさんがこれからどうしようとしているのかも聞き出したい。
「ちなみにこの町は、北の都市へ向かう旅の人向けの宿や露店がメインですが、何が見たいとかありますか?」
「とりあえず、ざっと町を一周したいが……」
「歩いてだと結構大変ですよ」
そこまで大きな町ではないといっても、歩いてだと横断するだけでも小一時間はかかるだろう。
特に目的地はないみたいだから、適当に歩いて中央の市場でお昼を食べる感じにしようかなと考えていたのだが。
「この町は軍の人間が出入りしているのだろう。そういう者が立ち寄りそうな場所はどこだ」
「なるほど……では商業地区に行きましょうか。この町のメインストリートです」
「ああ」
少し不穏な空気を感じたが、この人が町中で暴れたりしないと信じたい。
一抹の不安を抱きながら、2人揃って家を出た。
住宅地区を抜けて、商業地区に出ると町の景色は一変する。国軍の部隊や商人が多く行き来しており、メイン通りは軍事用の機動車や商人の馬車が通れる、広い通りになっている。
そして中央の高台には魔導省が所有している大きな宿がある。この町には個人経営の民宿も多いが、軍人のほとんどは、この魔導省所有の宿を利用している。
歩きながら町を見て回っていた私たちはその宿に隣接しているカフェテラスで飲み物を頼んで小休止を取ることにした。私はカウンターで飲み物をもらい、先にテーブルにつく、シャルさんの元へ向かう。
「先ほどから町を走っているあの機械はなんだ?」
テラスから大通りを見下ろして、シャルさんは問いかけてくる。
「魔導軍の機動車ですね。魔石を動力とした軍事用の乗り物です……」
この手の話題は、魔獣のシャルさんに話すのは気まずい。
「あのようなもの南の地には走っていなかったが」
「南の区域は現在自然保護区域となっていますから、軍事車両はあまり立ち入らないのかもしれませんね」
「今はあのような機械で戦うのか」
「ええと、どうでしょう。私も軍事のことは詳しくわかりません。戦場に出たことなんてありませんから。ですが、魔石を利用して色々な軍事兵器が作られているのは確かかと……」
私も小さい頃から魔導術について、先生に教えられてきたが、魔獣討伐になんか参加したこともない。詳しい戦場の実態はわかりかねる。
「やはり、今の人間共を掃討するには、あれが必要だな」
「あれとは?」
「終末の龍の魔石」
終末の赤き龍の魔石、セントラルにある世界一巨大な魔石のことだ。あれはここまでの文明を築いてなお、その魔力は尽きていないという。
「あの魔石をどうするんですか?」
「私が喰う」
「!」
私はシャルさんのとんでもない発言に言葉を失う。
「そんなことができるんですか……」
「今の私には無理だろうな」
「じゃあ、どうするんです」
あまりに現実的ではない話に困惑してしまうが、シャルさんの顔は冗談を言っているようには見えなかった。
「私が知りうる終末の獣達を人間より先に狩る。そ奴等を喰えば、相応の力となるだろう。話はそれからだな」
「……」
”終末の獣″とは悠久の時を生き、強い力を持った魔獣のことだ。その魔獣たちの魔石を手に入れようと、人類は躍起になっている。
それを狩る……。かくいうシャルさんもそのうちの1人であろうに。
だがシャルさんはきっと本気だ。私はなんと言っていいのかわからなかった。
「それをアリアに手伝ってもらいたい」
シャルさんは、そしらぬ顔で言った。
この人は私が人間であると認識していないのか。
「そんなことできません!!」
私は勢いに任せてほぼ無意識で、力強く答えていた。なんだか眩暈すらしてきた気がした。
私は突破もない話に夢中で気がついていなかった。私の胸に下げていたはずの魔石がなくなっていたことに。




