第一話:静かな村の日常
朝日がゆっくりと昇り始める頃、村のあちこちから生活音が聞こえ始めた。鶏の鳴き声、井戸の水を汲む音、パンを焼く香りが漂い、穏やかな一日がまた始まる。シオンは村の広場に出て、顔を洗いながら、今日も変わらない日常を迎えたことに小さな安堵を覚えた。
「シオン、おはよう!」
パンを抱えたエマが軽快な足取りで歩いてくる。彼女は村の母親的存在で、面倒見が良い。シオンもよく彼女の世話になっている。今日も彼女は、村のパン屋からもらったばかりのパンを手にしていた。
「おはよう、エマ。今日も忙しそうだな。」
シオンは笑顔で返しながら、彼女の元気さに心が和んだ。
「毎日同じだけど、それがいいのよ。さ、これでも食べて元気出して。」
エマはシオンにパンを一つ差し出した。彼はそれを受け取り、口に入れると、柔らかな生地とバターの香りが広がる。村の平和な日常が詰まったような、一口だった。
シオンは村の広場を見渡した。あちこちで村人たちが忙しく立ち働いている。カイルは森の方へ向かっているようで、今日は狩りの準備をしているようだった。カイルは村の若者たちのリーダー的存在で、いつも皆をまとめている。
「おい、シオン!」
カイルが手を振って近づいてきた。彼の隣には、いつも慎重なルークがついてきている。
「今日も狩りに行くのか?」シオンが尋ねると、カイルは大きくうなずいた。
「もちろんさ!村のために食料を確保するのが俺たちの仕事だろ?お前も来るか?」
「いや、今日は少し村の手伝いをするよ。」
カイルは軽く肩をすくめて笑った。「ま、お前もたまには休めよ。」
そう言って、二人は森へと向かっていった。
シオンはそのあたりを歩き、村の風景を眺め続けた。村長の家の前では、村長の娘フィーナが野菜を仕分けていた。彼女はいつも冷静で賢く、村の未来を考えて行動している。シオンと彼女は幼なじみで、時折言い争うこともあったが、何かと支え合ってきた仲だ。
「何ぼーっと歩いてるのよ、シオン。」フィーナが声をかける。
「いや、ただ見ていただけさ。お前こそ、忙しそうだな。」
「当然でしょ。村の皆が食べるものだもの、しっかりしないとね。」彼女は微笑みながら野菜を丁寧に仕分けていた。
この村は、シオンにとって家族のような存在だった。村の人々は皆親切で、助け合いながら生きている。何の不自由もない、平和な日々。だが、それでもシオンの胸の奥には、何かが引っかかる感覚が残っていた。まるで、自分だけがこの平和な世界に馴染めていないかのような…
シオンはそっと空を見上げた。今日も何事もなく、平和な一日が過ぎていくはずだ。そう信じながらも、彼の心のどこかで違和感が広がっていくのを感じていた。