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自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
第170集(2024年08月)/テーマ 「魔除け」
6/26

01 柳橋美湖 『アッシャー冒険商会 23』

〈梗概〉

 大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美剣星「羊飼い」

    23 黒の羊飼い(魔除け)


 ――ロデリックの日記――


「ロデリックさんは確か、牧師の資格をお持ちでしたよね? 町の牧師さんが急死なさって、後任が来るまであと半月くらいかかるのだとか。代役で葬儀を執り行って頂けませんかねえ?」

 僕が植民地首都ボストンでやっている〝アッシャー冒険商会〟には郵便業務部門があり、たまたまアーカムの町に商用で訪れていたときのことだった。

 宿泊している旅籠〝黒薔薇亭〟はメインストリートに面し、郵便物の集配所にもなっていた。

 一階は泊り客の食堂で、泊り客以外にも開放されている。食事をしていたとき、集配委託提携している親爺さんがやって来て、そんな話しをした。

 食事が終わると、旅籠の親爺さんが御者になった馬車に僕は乗り込んだ。

 メインストリートとはいっても未舗装路で車輪が動き出すと土煙を巻き上げた。

 アーカムの町並みは、豊富な針葉樹材を用い、梁や柱を外壁に露出させつつ、箱のような外観に急勾配をした板張り切妻屋根の家屋で、それは、英国系植民地の一つマサチューセッツを含めた北米東海岸ニューイングランド地方に特徴的な様式だ。

 

 葬儀があったのは郊外で農場を営む若夫婦の家だった。

 馬車から降りた私が母屋に近づくと扉は開かれたままで、異臭が鼻をつく。

 ――えっ?

 中を覗くと保安官と検死の医者がエントランスに立っていた。

 亡くなったのは若夫婦の片方ではなく、両方だったのだ。

「第一発見者は〝黒薔薇亭〟宿主の息子さん。検死にあたった医者先生によると、死後一週間は経っている。殺人事件でもなく流行り病でもない。――二人そろって原因不明の突然死だそうですよ」

 室内を蠅が跳びまわっている。遺体は椅子にもたれた状態で、円卓を挟んで向き合い、卓上には珈琲カップが二つ置かれていた。

 臨終の聖餐式を終えると葬儀式となる。葬儀式は納棺、通夜、葬儀、埋葬となり、一週間から一か月間を空けてから昇天記念集会をする流れだ。

 表向きの僕の職業は実業家だが、神学校卒の牧師有資格者だ。旧大陸にある実家は男爵家で、いずれ後を継ぐことになっている。いささか詩を嗜み、マサチューセッツ植民地総督からは〝桂冠詩人〟の称号を得ている。

 腐敗しかけた若夫婦のご遺体の横に立った僕は、夫の魂魄がまだそこにあることに気づいた。

 〝セイラム村魔女裁判事件〟は記憶に新しい。魔法使いを裏の顔に持つ僕としては、大事にはしたくないので、保安官や医師には内緒で、聖餐式讃美歌に似せた〝招魂〟の術式を詠唱し、死に至った経緯を念話で訊くことにした。


 ――俺達の最後を聞いてくださるのですね、牧師様?

 ――〝黒の羊飼い〟に出くわしたんだね?


 自作農である若主人はちょっとした知識人で、エントランスの奥に書斎を構えている。ある日書架に買った憶えのない羊皮紙装丁本があるのを見つけ、開いてみた。読んでみると、背徳的だが、韻を踏んだ詩的美文で綴られた文言が綴られている。――これは〝禁書〟の類だな――読んではいけないと直感的に悟ったのだが、若主人の手が勝手に、頁をめくっていくではないか。そして次の一文で止る。


「黄衣の王のメダルを手にした者は死を賜ることになろう」


 ――そのときエントランスのドアが開き、妻のはしゃいだ声がしました。彼女によると、町に買い物に出かけていた帰り、農場前を横切っている街道で、黒い羊の群れに遭遇した。群れを率いていた羊飼いは年寄りで、半透明の皮膚をしていた。異様ではあったのだけれども、骨董的な価値のありそうな、黄金メダルをくれたので嬉しくなり、持ち帰ったのだと言っていました。

 ――手許に置いてはいけない禁忌のアイテムだ。君も分かっていたのだろう?

 ――ええ、分かっていましたとも。俺たちは魅了されてしまったんです。その夜、妻が不吉な夢を見たそうです、黒の羊飼いが霊柩車の御者となり、半ば蓋が開いた棺桶には俺が納まっていたのだと。……それから数日、何度も禁書とメダルを捨てようとしたのだけれども、できなかった。

 ――そしてとうとう黄衣の王がエントランスの扉を開け、卓上のメダルと書架の禁書を手にすると、また戻って行った。椅子に座っていた俺の身体から力が抜け、意識が遠のいていく。俺が最後に見たのは、円卓を挟んだ向こう側の妻が恐怖に引きつった顔で、断末魔の悲鳴を上げていましたよ。


 若夫婦の葬儀を即刻執り行い、近所の人が墓穴を掘って、二人の棺を共同墓地に埋葬してやる。その際、僕は墓標に〝隠し星紋〟を刻んでおいた。それから念のため、遺体の第一発見者である〝黒薔薇亭〟宿主子息に、同じ星紋を刻んだ銀メダルの首飾りをプレゼントしてやった。


 翌年、商用でアーカムの〝黒薔薇亭〟を訪れたとき僕は親爺さんから、

「息子がね、黒の羊飼いとすれ違ったときに、黄金のメダルをくれると言って近づいてきたんだけども、ロデリックさんが下すった魔除けの首飾りを見た途端、舌打ちして立ち去ったんだそうです」

 と感謝された。


     了

〈登場人物〉


アッシャー家

ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。

マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。

アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。


その他

ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。

シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。

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