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自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
第169集(2024年07月)/テーマ 「海」
5/26

04 らてぃあ 著 『人魚姫』

【概要】

 少女は『私』を人魚と思い込んで話しかける


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「人魚姫」


「あなたは人魚なんでしょう?」

 突然投げかけられた言葉に呆気に取られて私は少女の顔を見返した。輝くような金髪に海のような青い瞳。少女の方がよっぽどおとぎ話の人魚姫らしかった。小さいから妖精だろうか。いずれにせよ子供の頃から赤毛と縮れ毛に悩まされた私よりすっと綺麗だ。

「メイドさんたちがそう言ったわ」

 私の沈黙をものともせず少女は明るく微笑んだ。

 そうか。使用人がいるような家の子供なんだ。とその少女の無邪気さに納得がいく。

 この町の住民が私のことをあれこれ噂して、尾ひれをつけていることは知っている。大抵は悪い噂だ。同居するお婆さんの親類の娘という設定はどこに行ってしまったのか。優しい娘を演出するためのお婆さんがボケてしまって外に出すわけにもいかないせいもある。最近は変な男に言い寄られて怖い思いをしたこともあり、いつになったらこの生活を終えられるのかしばしば考えてしまう。

 そういえば少女は海岸でえんじ色の長いスカートを履いた黒髪の女性と一緒にいるのを見掛けた覚えがある。似ていないから母親ではなく家庭教師か乳母だろう。私は周囲を見回す。大人の姿は無かった。

少女は察しよく言った。

「ミス・ベネットを探しているの? 彼女は今読書中よ。読みだしたら30分は大丈夫。ああ、かわいそうね。あなた。魔女に声を奪われてしまったのね」

 私は少女の勘違いに便乗し、口を閉ざしたままでいた。下町育ちの訛りを知られたくはなかった。

「王子様を待っているのね?」

 少女の問いにうなづく。

「応援するわ。隣の国のお姫様が来たって。その人は貴男の運命の相手じゃありません。って説得してあげる」

 少女の言葉にうれしさと苦痛を覚える。見返りを求めない善意を向けられたのは久しぶりだ。それなのに、私はそれを受けるのにふさわしい人間ではない。

 その時、少女を呼ぶ声がした。いけない、と少女は声のする方に駆け出し、一度立ち止まって私に手を振った。

 私は少し手を振り返すと食品が詰まった袋を抱え直し別荘への道を歩きだした。老婆が眠っていることを願う。ボケてはいても彼女は一人にされることをひどく嫌い、怒ってカーテンを破いたりものを壊すことがあった。


「子供にはいろいろ必要です。教師だけでなく、おとぎ話を信じる空想力、大人に秘密の時間、秘密の友達も」

 と、その女性、ミス・ベネットは続けた。

「でもね。あなたのような方をお嬢様の友達にするわけにはいかないの」

 眼鏡がきらりと光る。この人に叱られるのはさぞ怖いだろう。同時に私はミス・ベネットに守られている少女を羨んだ。幼い心をあらゆる悪から守ってくれるのだ。

 私も排除されるべき悪なのだ。

「別荘の権利書の偽造は中々わからなくて苦労したわ。でも、町の古い住民はあなたの「お婆さん」にも覚えがなかったのよ。そして、あなたは誰かを待っている。だからあなたの正体について憶測が止まらなかった」

「なら、私について何がわかっているの?」

「すべてよ。これを見なさい」

 ミス・ベネットは私に新聞を突き出す。細かく並んだ文字は苦手だが、私はそこに見覚えのある写真を見つけた。新聞を受け取り拾い読みする。

「彼がどうしたっていうの? 事故? 誘拐じゃなくて?」

「あなたの共犯者は南の高速道路で事故を起こして病院に収容されたわ。命は助かりそうだけど入院の後は余罪で警察に連行されそうね」

「余罪って?」

「主に結婚詐欺のようです」

「誘拐は?」

「発覚していません。あなた方が誘拐したお婆さんに親族はお金を出さなかったようです」

「そんな、」

 薄情な親族たちへの怒りより、彼との将来が崩壊する絶望より。老婆の世話をし続けた1か月近くの苦労は何だったのかと呆然とする。

「もともと無茶な計画ですよ。発覚せずにつぶれたのが不幸中の幸いでしたね」

「馬鹿みたい。消えてしまいたいわ」

 ミス・ベネットは私にハンカチを押し付けた。

「人間が海の泡にならないのは何度でもやり直すためです。泣き疲れてひと眠りしたら真面目に働くことを考えなさい」

 了

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