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自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
第169集(2024年07月)/テーマ 「海」
3/26

02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 22』

〈梗概〉

 大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「クラーケン」

    22 海


 ――ロデリックの日記――


 親愛なるロデリック会頭へ

 私はクラーケンの謎を追っている。

 生死を問わず、これを捕獲すれば貴殿の商会に、五千ポンドを贈呈しよう。


 ――という内容の依頼書を、好図家で名の知れた富豪の博物学者・エグデ子爵から受け、商会の名で五隻のスループ船を、総督に袖の下をくぐらせることで、英国海軍ボストン駐留艦隊からチャーターすることができた。

 スループ船は一本から三本ある帆柱の前後に、ガフとジブの三角帆をそれぞれ張ったもので、富豪層が遊行につかうヨットも多くは、このタイプを採用している。戦闘用スループは、一層の砲甲板・両舷に十から二十門もの大砲を並べたもので、足回りがいいことから軍の他に海賊も好んで用いていた。

 

「当該スループ艦隊のさしあたりの目的地はバミューダ諸島だ。クラーケンはその航路上で目撃されることが多い」

 今回のクルージングに参加したのは私の他に、妻のマデライン、執事兼従者のアラン・ポオ、そして我らが守護女神ツァトグゥア様!

「あのお、女神様、女神様……」

 前回話した女神様は、滅びた現地人部族が信奉する女神で、信奉する者がいなくなったので、わがアッシャー家の守護神になられることを承諾して下さった。

 守護といっても日常は、安楽椅子にもたれて酒盃を傾けるか、寝ているかのどちらかの怠惰さが目に付いた。


 ――おお、クラーケンだ!


 早速、おいでなすった。

 クラーケンの正体は大型未確認生物であるという以外に何もわかっていないのが実情だ。ある人は複数の脚をもった竜だといい、ある人は鯨だといい、またある人はタコだともイカだともいった。

 巨大なイカ――ダイオウイカだ。そいつが触手を一隻のスループ船の胴体に絡ませて、海に沈めようとしている。そのため同士討ちを避けたい他の僚艦は手出しすることができなかった。

 僕はさっと商人服を脱ぎ棄て、神父の服を羽織った。――これから行使する魔法は、教会聖職者が用いる〈奇跡〉で押し通す。もし魔法だとバレたら僕は火遊びになってしまう。大学時代に神学科に在籍して神父の資格をとったのも、魔法使い家系出自であることを隠すためだ。


「女神様、我らにご加護を――あ、駄目だ、こんなときに寝ていらっしゃる……」僕は、妻と執事を振り返って、「仕方ない、女神さまからの祝福は戴けなかったが、始めよう」

 二人がうなずいた。

 女神様の御身を、我々三人以外に見ることはできない。ただ船員達が、誰もいないほうを見て話しかける僕を不審がると、マデラインやアランが、「主は守護天使様とお話しをなさっているのです」とフォローしてくれた。


 以前僕は川で、水中の魚群に向かって、雷撃魔法を放ったことがある。効果てきめんで、仮死状態になった魚が広範囲に広がって浮き上がったものだ。――クラーケンにも効くはずだ。早速、無詠唱術式を放つ。――思った通り、クラーケンはスループ船から触手を解いて海上で伸びてしまった。

 そこからは、武闘派であるマデラインとアランの出番だ。水兵が漕ぐカッターボートで、クラーケンの近くまで寄せてもらい、急所を斬り刻み、イカであったことを示す部位を持ち帰らせる。――ほどなく、鮫の大群が押し寄せて来て、クラーケンの亡骸を瞬く間にたいらげてしまうことだろう。


 ところが旗艦がカッターボートを引き揚げた直後、横合いから、砲弾が飛んできた。見覚えのあるスループ船団だった。そう、僕ら三人が大西洋を横断してきたとき、襲い掛かって来た海賊の船団だ。

 奴らは手旗信号で、「降伏しろ」と伝えてきた。

 敵に対してこちらは潮目の下流で、風下に位置している。集中砲火を食らったら艦隊は確実に崩壊することだろう。――そこに来てようやく安楽椅子にもたれかかっていた女神様が人さし指を動かし、小唄を口ずさむように、術式詠唱をした。

 するとどうだろう。まだ鮫に食われていない、死んだはずのクラーケンの触手が、鞭のように敵船甲板を叩き、数隻を海に沈めた。つまりはクラーケン・ゾンビというところか。――そのため残った船は血相を変えて、逃亡して行った。

 沈んだ海賊船には総船長が搭乗していて、海面の浮き輪にしがみついていたのを海軍が捕らえた。

 ほどなく、役目を終えたクラーケンの亡骸は、集まって来た鮫の大群に食われて、消えて行った。


 報酬五千ポンドの大半は海軍艦のチャーター代に消え、手に入ったのは五百ポンドだった。――それでも馬匹百頭近く買える額だ。まずまずというところ。

 もちろん、女神様にもお礼の供え物をしなくてはならない。

 ――女神様、女神様、新大陸東海岸で悪逆非道の限りをつくした海賊総船長と取り巻きは、略式裁判直後に縛り首となります。それを生贄としてお納め戴くというのはいかがでしょうか?

 安楽椅子にもたれ寝ていた女神・ツァトグゥア様がはにかんで、片目を開けて親指を立てた。


 了

〈登場人物〉


アッシャー家

ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。

マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。

アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。


その他

ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。

シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。

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