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自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
フィナーレ
26/26

00 奄美剣星 著 『雪景色』

【概要】


門前町と鉄道、そして男と女の物語


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「雪景色」

 仕事の都合で新潟にいたころ、僕のぼろアパートに、学生時代につきあっていた彼女が訪ねて来た。年末年始休暇で実家にも帰らず、元恋人のところに来るというからには、いろいろなことがあったのだろう。だが、あえて事情は聞くまい。


「好きなだけいればいい」


「ありがとう」


 ボブカットをした瞳の大きな彼女がやって来たのは暮れのことで、それから年が明けた。


     *


 リュックを背負って、新津駅発の磐越西線の列車に乗り、恵日寺を詣でることにした。途中、会津若松駅で途中下車して食事をとり、城下町を少しぶらぶらしてからまた、駅に戻ることにした。


 駅舎は城を気取った屋根があっていかにも観光地という感じだ。駅前広場の周囲にはオフィスや店舗、ホテルなんかがあった。


 四月から十一月にかけ新潟駅‐会津若松駅区間はSL列車〝ばんえつ物語号〟が走る。このとき〝上り〟のSLは扇形車庫に行き、そこの転車台で方向を変えてオレンジ色にカラーリングされた列車の最後尾に接続されて〝下り〟列車となる。


 それから駅に戻り、郡山行きの列車に乗り込んだ。

 休みなので通勤通学客がつかうロングシートはがらがらだった。


「磐越西線ってね、喜多方駅から南に向かって会津若松駅に入線し、そこから郡山駅に向かうとき今度は北へ向かうことになる、なぜだと思う?」


「さあ、――もしかして一部、同じ路線を使っているの?」


「ちっちっちっ、その答えは〝スイッチバック方式〟さ」


 ボブカットの彼女が僕の言葉を反すうして小首を傾げる。


「九万年前と四万年前の磐梯山噴火で西側がせき止められて猪苗代湖ができた。会津盆地と猪苗代湖湖面の比高差は三百メートルある。その堰堤を列車が直進して登ることは傾斜が急すぎて容易じゃない。だから堰堤の坂道を斜めに登るんだ。――そのため空から路線を観るとV字形に見える。この登坂様式がスイッチバック方式なんだ」


「なるほど、そうすることで緩やかに登れるってわけね」


 列車が坂道を登りだし、やがて湖畔に到達する。車窓に身を乗り出すと、田面に積もった雪の割れ目でなにかをついばんでいるのが望めた。


 磐梯町は磐梯山の裾野で、猪苗代湖との狭間に開けた田園に開けた小さな町で、同名の駅がある。街並みは思ったよりも賑やかで、僕らは北に向かう緩やかな坂道を上ってゆく。


 すこしきつくなった参道を上って行くと、左手に茅葺の本堂があり、さらに奥へ行くと赤く塗られた金堂にたどり着く。


「あら、立派なお寺さんだこと」


「金堂は最近の復元によるものだよ。恵日寺は奈良の徳一というお坊さんが布教の為に、この地に建てたお寺で、『今昔物語』に記載されるくらい有名なお寺だったんだ。ただ僧兵数千を抱えていたから、源平合戦に巻き込まれたり、伊達政宗の会津侵攻があったりして伽藍の大半は消失したんだって」


 金堂から少し離れたところに、五月姫の墓というのがあるらしいのでそこへ向かう。学生のころ、考古学をかじっていた僕は、その墓の形態が江戸時代のものであることを見て取った。


「この墓は偽物みたいだね。――平将門たいらの・まさかど公は、平安時代の武将で、当時の日本は貴族たちに支配されていた。将門は、旧弊に苦しむ民衆の難儀を救おうとして反乱を起こし、一時、関東に独立王国を築き、新皇と称したんだ。これに対し朝廷は、藤原秀郷ら関東武士団に呼びかけ、辛くも鎮圧に成功する。――五月姫は将門公の娘なんだ」


「どういうこと?」


 将門公の娘五月姫は、荒ぶる神・牛王頭神うしおずがみをまつる京都貴船明神神社で、丑の刻参りをして鬼神化し、〝滝夜叉姫たきやしゃひめ〟になった。自らを依り代に邪神を憑依させた彼女は、強力な通力で父の仇である朝廷関係者たちを次々と襲う。

 そのため朝廷は、鬼神を鎮めるため陰陽師・大宅光圀おおやけ・みつくにをつかい、滝夜叉姫を呪殺した。


「――そんな話が『栄華物語』や『御伽草子』にある。江戸時代になると演劇化されて全国で公演され、流行ったらしい。ローカライズバージョンとして、この地の人たちによって、後日談がつくられる」


 戦いの空しさを悟った五月姫が、人間らしさを取り戻して尼となり、地元の人たちに読み書きを教えたりして敬愛を受けながら、八十歳の大往生を遂げた。


 僕は続けた。

「地元民は演劇によほど感動したんだろうね」


「だから江戸時代になって、五月姫のお墓が造られたってわけね」


「町おこし系の捏造ともいう」


 僕らは、寺務所で合格祈願の絵馬を買って奉納し、本堂の賽銭箱に十円玉ではなく、奮発して百円玉を投じた。


 杉木立からドサッと雪が落ちる音がした。



     *


 湿っぽいまとまった雪が降った翌朝のことだ。ボブカットの彼女が東京に帰ることになったので、新潟駅まで送ってやる。ホームにはすでに新幹線が停車していた。


「楽しかったよ。向こうに着いたらメール送るから」


 ボブカットの彼女が列車のドアに向かって歩きだしかけたとき、僕は、彼女の二の腕をつかみ、人目もはばからず、振り返ったところを口づけした。


 それから彼女は車両に入り、席の窓越しに手を振っている。

 やがて扉が閉まり、走り出した列車が、白い景色の中に消えてゆく。


 ノート20250104

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