02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 27』
27 空想
――ノエルの日記――
私のお母様・シスター・ブリジットは、アッシャー家のお屋敷物棟を間借りし、診療所を開いている。――お母様といっても養母で、野盗に駅馬車が襲撃された際、両親が殺されたため、生き残ったお母様が私を養女として引き取って下さったのだ。
それはさておき、アッシャー家では毎年、家族の友人を招き、さらには使用人も交えての無礼講が行われている。もちろん、お母様も招待を受けているのだが、丁寧に断っている。
本館エントランスルームは立食パーティー会場から、下手くそだけれども親しみ深いヴァイオリンの音色、人々の歓声が聞こえて来る。遊び仲間である、アッシャー家御当主ロデリック様、奥様マデライン様、その御曹司ハレルヤはもちろん、そのご学友であったベン・ミア様とアーサーの親子もそこにいるのだろう。
――ああ、私だけ、なんで仲間外れなんだ!
ご機嫌をとるというか、隣のパーティーに参加する代わりに、クリスマス・イブというものを代わりにして下さった。夕餉にお母様はクリスマスプディングを焼き、二人でお祈りをして讃美歌をうたった。
それから二階にある私の寝室ベッド枕元に、お母様から贈られた編みたての靴下を置いて休む。
隣家のどんちゃん騒ぎはしばらく続き、なかなか眠ることができず、それが収まってうとうとしだしたころ、外の木の枝に降り積もった雪がドサッと落ちたような音で目を覚ます。そして窓を開けて外を見る。するとどうだろう、雪明りの中で黒い人影が見えたではないか。
――サンタさん? いえ泥棒かも?
私はべそをかきながら、隣室で休んでいたお母様の部屋をノックした。
「もしかしたらサンタさんかもね。夜が明けたら、玄関を見てみましょうよ。――ああ、それからノエル、今夜は私と寝ましょうか?」
そういうわけで私はイヴの夜、お母様に抱っこされて眠ることができた。
*
早朝の薄暗がりのなか、お母様と私は恐る恐る玄関を開ける。するとそこには見事な七面鳥が置かれていた。いや、よく見ると七面鳥ではない。その鳥は地球上にはいないシュッとした美しい大鳥で、しかも極彩色であった。――お母様はサンタさんの仕業ねと笑っていたけれど、子供心にも、お隣・アッシャー家ロデリック様のご手配で、贈られたものだろうと察することはできた。
私は大きくなってからアッシャー家が魔法貴族の出自で、恒例の宴会がクリスマス・イヴではない、異教の祭礼であることを知った。つまりアッシャー家が祀る神様は、教会にとっての悪魔だった。――教会シスターであるお母様としては、いくら親しくしている隣家のパーティーとはいえ、出席するわけにはいかなかったのだ。
それで、黒い影の正体だけれども、幼馴染ハレルヤに聞くところによると、アッシャー家にとっての〝天使〟らしい。クリスマスプレゼントの鳥は〝シャンタク鳥〟というのだそうだ。
了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。実は代々魔法貴族で、昨今、〝怠惰の女神〟ザトゥーを守護女神にした。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻になる。ロデリックとの間に一子ハレルヤを産んだ。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。マデラインの体術の師でもある。
その他
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。
シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。




