表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
第174集(2024年12月)/テーマ 「空想」
22/26

01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 12』

【梗概】


新大陸副王府シルハを舞台にしたレディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士の事件捜査。今回は依頼主バティスト大尉についてのエピソド。


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「アトリエ」

    12 空想


 王国特命遺跡調査官レディー・シナモン少佐と、彼女付きの副官である私・ドクター・ドロシー少尉は、アベラール兄妹連続殺人事件の数年後、バティスト夫人の居所を訪ねている。――バティスト大尉は事件からほどなくして生じた大きな災害に巻き込まれて命を落としている。


 この人が若いころにいた、危険ではあったのだけれども相互信頼で結束した、南方航空郵便社にいた。大尉は、同社の僚友達の姿と、オルコント基地の戦友達とを重ね合わせた。基地にいたのは、タフな神経を持った士官達、シンプルさを重視する下士官達だ。夏は蒸せる湿地帯にある基地からは、日々、敵戦闘機が待ち構えている国境地帯に向かって飛び立つことになる。そんな状況での束の間の夜、バラック棟で、蓄音機を皆で囲み、哀愁を帯びたレコードを共に聴いて感じた友情を心の底から喜んだ。


 洗濯船の殺人があった年の冬・一月は、ことのほか寒かった。下旬に、「どうせまだしばらく、〝エルフの虫〟どもとの戦闘はないだろう。基地司令官から、ぜひ、休暇をとってくれ」といわれ、二週間の休暇をもらった。


 ランスの町の旅館〈オテル・ド・ラン〉で、二十二歳年長の親友ジャン・ウェルトと落ち合ってから、ランスの町の大聖堂を見物した。

 バティスト大尉がシルハへ戻ると、妻コラリーのところへ行って食事もした。シルハ滞在中、知己の一人、アベラールの死を聞いて疑問を持ち、レディー・シナモンに調査を依頼したのはそのときだ。

 休暇中の大尉個人にも厄介ごとが起きようとしていたのだが……。


 シルハから四十五キロ離れた田園地帯、ラ・フイユレー。バティスト大尉は、コラリーのアトリエとして、薔薇の花が咲き乱れる庭付きの家を借りていた。アトリエというよりは関係が冷えた妻に与えた別居先である。


「僕は貴女のために何だってする。この素敵なアトリエには、寒い冬に備えて、セントラル・ヒーティング設備を入れるつもりだ。不足なものは何でも言ってくれたまえ」


「親身な独身のお手伝いさん、庭師の老夫妻、そして話し相手になってくれるデザイナー女性。十分だわ。皆で野菜や花を手入れしたり、ミルクを絞るための山羊を世話したりもしている」


「僕は邪魔かい?」


「必要以上に手紙や電話をしてくれる。それに連絡なしに大勢の友人達と押しかけて来て迷惑だわ……」


 バティスト大尉は笑ってごまかした。


 大尉は、シルハ市内に、エレベーター付きのアパルトマンの一室を借りていた。熱を出して寝込んでいるという電話を受け取った夫人は、話し相手のデザイナー女性と一緒に、亭主の部屋を見舞った。すると案の定、浮気相手の女性がシャワールームから出て来たところだった。


「離婚してやる!」


 コラリーが怒って引き返すと、大尉はすぐさま車で追いかけ、機嫌を取りに行った。


 夫人は離婚を考えたのだが、大尉は、無理を押してラ・フイユレーのコラリー宅に押しかけ、謝罪するとともに、半ば強引に一泊した。この国の民法では、この状況で一泊すると、離婚訴訟を阻止出来たのだ。そのあたりの悪知恵をコラリーは知らぬでもないのだが、腐れ縁というもので、拒絶することは出来なかったのだ。


「そういうところは狡賢い。何が君のためのアトリエよ。田舎に隔離した鳥籠だわ!」


「なぜ離婚を許さないかだって? 僕が戻るところは、薔薇の群生じゃなく、たった一輪の薔薇のもとだけだ」


 我儘な亭主が怒った。

 コラリーの最大の理解者は姑のマリーだった。コラリーは、離婚しようかしまいか悩むと、敬愛する義母に電話したものだった。その義母の取り成しもあって危機を乗り切ったものの、かなりのしこりが残ったのは確かなことだ。


 ――コラリーめ、今回は見逃してやるけど、代わりに浮気し返してやるって顔だな……。


 そこでまたインスピレーションが降りてきた。


 ――薔薇は草原の庭に群れている。王子は、たくさんの薔薇と出会ったのだが、最後に帰ろうとしたところは、たった一輪の薔薇が咲く小惑星だった。沙漠に不時着した郵便機飛行士は、話を聞くうちに、王子の孤独を、寂しい小さな人生を知った。気休めといえば、沈み行く太陽が大地に放つ、優しい光だけ。そのことは、王子が、城のある小惑星に還るその日になって、ようやく気づいた。


 居間の椅子に腰掛けたバティスト大尉は万年筆で素早く手帖に綴りだした。


 コラリーが首をすくめたがメモは見ていない。


 後になって、レディー・シナモンと私はコラリーと話す機会が何度かあり、大尉の別な一面を知るに至った。私たちは同じ女性としてバティスト夫人に同情し、大尉を叱ってやりたい衝動に駆られたのだが、すでに鬼籍の人だ。夫人は笑うのだけれども、一緒に笑っていいものか困惑した。


 ――おそらくバティスト大尉が生きていれば、間違いなく、事件解決からそう遠くない時期に、コラリー夫人と離婚していたことだろう。


 私はそう考えている。


 ノート20241229

【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。

06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。

07 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人。

08 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官。

09 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人。

10 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ