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自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
第173集(2024年11月)/テーマ 「仕事」
21/26

04 らてぃあ 著 『犯罪未然』

【梗概】とある犯罪計画に巻き込まれた「僕」の顛末


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「よく遭うおじいさん」


 いっそ事故に遭って約束を反故にできないかと想像したが、そんなことも無く僕は待ち合わせの喫茶店に到着してしまった。もう引き返すことは出来ない。


 耳の奥にこびりついた別れを告げた時の彼女の、「どうして」と言う声から逃れるように足を踏み出した。

がらんとした店内の壁のしみのように小薮が片隅の席に座って待っていた。ここに来るのは3回目だが、いつも営業中の札が僕にしか見えない悪い魔法にかかっているんじゃないかと疑うほど人気が無い。いや、珍しく窓際の席で白髪を短く刈った小柄な老人がコーヒーを啜っていた。その顔つきが妙に気になり盗み見しながら小薮の向かいに座る。


「あの爺さんなら警戒する必要は無い。マスターによるとかなり耳が遠いらしい」


 小薮は老人の鈍感さや僕の臆病さを蔑むかのような笑みを浮かべた。この男の勘違いの優越感を訂正していてはきりがないので、それは無視して訊いた。


「本当に実行するのか?」


「いまさら何を言うんだ、もう止められないよ」


「だって、現金輸送車を襲うなんて」


「黒崎さんは乗り気だ。今から止めます。何て言ったら東京湾に沈められるぞ」


 小薮の脅しに僕の心の一部はますます冷えてゆく。奴への軽蔑だ。虎の威を借る狐、いや小薮の風貌と卑屈さから虎の威を借る貧乏神だ。

黒崎というのは闇金から詐欺、強盗まで金になる犯罪なら何でもやる犯罪組織の頭で、もともと小薮は黒崎の闇金の客に過ぎなかった。借金の返済と暴力含む脅しで黒崎の使い捨ての駒に成り下がっていた。


 そういえば中学生の頃から見栄っ張りでつまらない嘘を重ねるところがあった。


 こんな奴に、同窓生だからと道で会って、挨拶以上の言葉を交わしてしまった一か月前の自分の首を絞めて殺してしまいたいとすら思う。

彼女から「父に会ってほしい」と言われた翌日で相当浮かれていたのだろう。小薮の擦り切れたジャケットにも落ちくぼんだ目にも気づかず、自分が金融機関の現金輸送に携わっていることまで話してしまった。


 かかわっているだけで一社員でしかない。だから、まさかそれだけのことで脅迫を受けるとは思わなかった。俺に直に接触したのは小薮だけだが、数人で不審電話や付きまといをされた。警察に駆け込もうとしたが、それより前に彼女を撮影した動画が携帯に転送されてきた。会社帰りらしき夜道を歩く彼女。スーパーで買い物をする様子。いつでも彼女に危害を加えられるというサインだ。僕の心はポッキリ折れた。


 後は言われるまま会社から警備の人員配置と現金輸送ルート表、金庫解除方法のメモなどを盗んでしまった。


 小薮は僕からカバンを受け取ると中身を検め、携帯でいくつかの画像を送信してから電話を掛ける。その様子に小薮が、「こうなる前は優秀な営業マンだったんだ」と言ったことを思い出した。


 いくつかの質問に答えさせられてやっと小薮が携帯を切ると僕は宣言した。


「会社はもう辞めるし、彼女とも別れた。これ以上僕を脅迫しても無駄だよ」


 小薮は少し驚いた顔をしたが、またニヤリと嫌な笑みを浮かべる。


「黒崎さんからは逃げられない」


 お前もすぐに俺と同じところまで堕ちるんだ。と付け加えられたような気がして全身から力が抜ける。屍のような僕を残して小薮は意気揚々と席を立っていった。


「兄さん、ちょっといいかな」


 不意に声を掛けられて驚いて顔を上げると窓際に座って居たはずの老人がいた。僕を見つめる目がナイフのように鋭く思わず息を呑む。


「行きたいところがあってね。道案内をしてほしいんだよ」


 口調は穏やかだが眼には有無を言わさぬ迫力があった。僕は頷き、勘定を済ませると老人と店を出た。店を出ると年齢の割に老人は確かな足取りで歩き、僕がその後を続く。角を曲がると老人が僕を振り向いて言った。


「あの男に渡した資料から、犯行計画で知っていることを洗いざらい話してもらうよ」


「あの、お爺さんはどなたでしょう?」


「本当は元の部下たちに直に逮捕させたいが、前科をつけると娘が泣くから俺が間に入ってやる」


 【娘】と言われて記憶がパチンと蘇った。


 いつだったか彼女に家族写真を見せられた。セーラー服姿の可愛らしい彼女に、よく似た顔立ちのお母さん、それと小柄だが厳めしい顔のお父さん。

目の前の老人は髪型も皺の数も違っていたが、彼女の父親に間違いがなかった。


 ・・・仕事中毒でお母さんも私も苦労させられたわ。


 彼女の父親の職業は何と聞いたっけ? 確か一か月以上家に帰らず、時々着替えを届けたとか言っていたような。


「アイツは母親に似て苦労する男に惚れる性質のようだ。しかし俺の眼の黒いうちに、しっかりアンタを更生させて、鍛え直してやるから覚悟を決めてくれ」


 老人、改め、お義父さんは宣言した。


 了

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