02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 26』
〈梗概〉
大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇連作掌編。今回はロデリック氏にとっての本業についてだ。
挿図/©奄美「桂冠詩人の朗読」
26 ロデリック、もう一つの顔
古代ギリシア、ローマ時代以来各国で、優れた詩人には〝桂冠詩人〟の称号が与えられてきた。英国の桂冠詩人は王家から証書をもって任命され、年金を受け取り、慶弔の詩を読んだ。
*
――ハレルヤ(十歳)視点――
勾配のある切妻屋根、横に貼った白い板壁、中央にベランダ屋根の付いた車寄せの玄関・ポーチを置き、両側を左右対称・均等に配置した大きな窓を並べた、左右対称構造をしている。総督府本館は列強諸国の海外領土ならばどこにでもあるような、植民地様式だった。そんな本館前には広場があり、特設された壇上に、プラチナブロンドのカツラを被って盛装した父が、背筋をピンと伸ばし、植民地建国記念式典の詩を朗読しだした。
十七世紀末、マサチューセッツ植民地式典で、僕は緊張しながら父様の朗読を聞いていた。父様・ロデリックは特設の壇上に立ち、総督を始めとする要人、聴衆を前に、堂々たる詩を読み上げる。するとたちまち、聴衆は、力強く美しい父様の朗読に魅了されていく。
「父様はすごいなあ」と僕は、素直に思った。
父様の晴れ舞台を見つめるご婦人方の装いは、あたかも本国の宮廷に召しだされたかのようだった。レースや刺繍、リボン飾り、花飾りなどの装飾がふんだんに使われ、スカートはパニエで膨らませ、髪はうず高く塔のように巻き上げ、さらに小麦粉の髪粉をふりかけて白く仕上げていた。――母様・マデラインもそうだった。地元社交界屈指の美貌の持ち主で、一目置かれている母様も華やかにドレスアップしていた。そんな母様は――今日の父の晴れ舞台に、いささか不満がある様子だった。
式典が終わり、厳かな音楽が流れる舞踏会が総督府本館エントランスで始まった。
母様や僕が、父様に声をかけようとすると、横から割って来るように、地元のご婦人方が次々と父様に声をかけてくる。
「私と踊って戴けませんこと?」
父様は微笑みながら答えた。
「もちろんですよ、マダム」
踊り相手を所望するご婦人方が二人三人のうちはまだ微笑んでいた母様だったが、五人六人と途切れない見知らぬ淑女たちの波を観ていた母様の眉間に皺が寄ってきたことがはっきりと認められる。
父様は、マサチューセッツ植民地でアッシャー冒険商会を立ち上げ、新大陸各地を結ぶ郵便配達事業で成功した。もともと英国男爵家の嫡子で、オクスフォード大学神学科を卒業したインテリでもあった。さらには国王陛下からマサチューセッツ〝桂冠詩人〟を拝命している。――加えて三十代の男盛りで容姿端麗だ。――女性たちが群がって来るのも無理からぬこと。
対して母様は外見上、四肢の長いスラリとした伶人だったが、中身は脳筋系だ。――僕は母様が今にもブチ切れるのではないか気が気ではなかった。
僕は小声で、
「母様、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。ただ、父様にちょっかいを出さんばかりの〝淑女〟の方々を、昨日の晩餐の七面鳥みたいに絞めて、バラ肉にして差し上げたいだけ」
孔雀羽の扇子で口元を隠した母は、慇懃に答えつつも、その目が鷹のように鋭かった。
夜会は続き、ご婦人方とのダンスを父様はこなしていた。
夜会が終わると老執事アランが現れて、
「皆様、馬車のご用意が出来ました」
父様が戻ってきて、「皆、存分に楽しめたか? さあ、帰ろう」
なんか空気が重たいままだ。僕は興奮しているように装って、
「お父様、素晴らしい朗読だったよ!」
帰途につく馬車に揺られながら、カートの中で父様は上機嫌で、いろいとと僕に話しかけてきたのだが、横で聞いていた母様は終始無言だった。
了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。実は代々魔法貴族で、昨今、〝怠惰の女神〟ザトゥーを守護女神にした。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻になる。ロデリックとの間に一子ハレルヤを産んだ。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。マデラインの体術の師でもある。
その他
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。
シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。