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自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
第173集(2024年11月)/テーマ 「仕事」
18/26

01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 11』

【梗概】

新大陸副王府シルハを舞台にしたレディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士の事件捜査。


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「カフェテラス」 

    11 仕事


 王国特命遺跡調査官レディー・シナモン少佐と、副官の私・ドクター・ドロシー少尉は、フルミ大尉が座るテーブル越しに座っていた。


 ヒスカラ本国からの連絡武官である大尉は、珈琲を飲み干して、給仕にお代わりを注文した。


 黄金の髪を短く刈りそろえた若い貴婦人は笑みを浮かべて本題に入った。


「エロイーズ様とはどこで知り合われたのですか?」


「一昨年前、シルハ大学の学生が企画した校内パーティーだった。エロイーズは、十四区にあった女史高等師範学校の学生で、友達に誘われて来た。自分もパリ大学の講師に友人がいて、一緒に踊ろうと声をかけたのが、始まりでした」


 ノッポな大尉が遠い目をした。


 印象派の絵のような、木漏れ日ざわめく中で、めかしこんだ若い男女が、踊っていた。海外に駐在する海軍軍人は、嗜みとして、ソーシャル・ダンスを学んだものだ。フルミ大尉も、そのくらいの芸当は出来た。だが、会場の趣向は違ったものだった。


 蓄音器が、ジャズ・レコード盤を回し、倒れるまでぶっ続けで踊るダンス・マラソンをやっていた。このコンテストに参加した大尉が優勝した。

 彼は、ダンスでへたばっている学生たちを尻目に、遠巻きにみていた若い女性たちのなかで、最も目をひくエロイーズを誘ったのである。汗だくだったと思う。しかしヒーローになったので、拒まれることもない。しかも優雅にやった。彼女が夢中になったのは言うまでもない。

 エロイーズは、昨年夏に卒業し、それから故郷にあるアラス郊外の寄宿学校に就職した。


 以来、二人は手紙を頻繁にやりとりし、時間に余裕のあるときは、お互いの町を訪問した。中間地点であるアミアンで落ち合うこともあった。アミアンには、シルハ同様に、古い大聖堂があるので、町に一泊して見物したこともあった。楽しい日々だった。


「そして、エロイーズは、突然いなくなった……」フルミ大尉がうつむいた。


 エロイーズの事件は縊死に見せかけた絞殺で雑なトリックだった。


「最後にお会いしたのは?」シナモンが大尉の顔をのぞきこんだ。


「兄のアベラールの葬儀のときです」


「最後に連絡を取り合ったのは?」


「遺体が発見された、二日前の日付で、手紙をもらった。ここに手紙があります」


 フルミ大尉は、軍服のポケットから、鋏で開封された書簡を取り出して、シナモンに渡した。黄ばんだ封筒と便箋で、――二月の第一土曜日に、エロイーズがシルハを訪れると書いてあった。しかし、それは実行されることなく、何者かに殺害されることになったわけだ。


「エロイーズ様は、珈琲・紅茶の類を、よく召し上がりましたか?」


「それはもう。特にカフェオレが大好物でしたよ」


 黄金の髪をした若い貴婦人は、エロイーズの実兄について話をした。


 アベラールは、専門学校を卒業後、平時だったが、軍役に就いた。除隊後、予備役少尉になり、以降はフリー・ジャーナリストになった。前年に、従軍記者にと声がかかって、春から戦地に赴くところだった。


 大尉は、アベラールに、一度会っただけだと答えた。

 兄妹の両親ともすでに亡くなっている。故郷のアラスに親戚がいて、そのつてで、エロイーズは寄宿学校の教師として採用された。


 レディー・シナモンと私は大尉と別れて、地下鉄に乗った。


 シートの横に座った私が、

「大尉は婚約者の死をあまり悲しんでいないようですね」

 それには少佐も同意見だった。


     *


 さてここで、「洗濯船殺人事件」の依頼者であるバディスト大尉について述べておきたい。

 情報提供者はシルハの雑誌社〈ラ・レヴュ〉のサルド記者である。


 冒険作家の肩書を持つバティスト大尉は、二十ごろ民間の飛行士養成学校で資格をとり、ほどなく徴兵され、辺境航空基地に配属される。そこを満期除隊となった際、予備役少尉になった。それから約二十年間を、民間航空会社でパイロットを務めるかたわら、文筆活動を行いつつ、ときには航空レースに参加するなどしていた。

 

 そして――

 シルハ大陸の大半を占める辺境森林地帯では、古代エルフ文明が関わっていらしい危険生物と、慢性的な戦闘状態にあった。この人が三十九歳のとき、後方支援の一環として再び徴兵され、空軍大尉になり、飛行士養成基地の教官になった。


 飛行機乗りである大尉は自らの長距離飛行経験をもとに、『郵便機』や『夜間飛行』といった冒険小説を著しベストセラー作家だった。


 当時の航空機はコンパスと飛行士の感だけで飛んでいたため、風に流されて、現在地を見失いがちだった。――ゆえに長距離飛行は民間飛行士達の独壇場で、職業軍人達にとって憧れと嫉妬の的だったという。


 ナントの作戦総司令部で、将校達の集会があり、休憩時間の際、ある職業軍人の中尉がバティスト大尉に聞こえるように、軽口を叩いた。


「しょせん民間あがりの将校は戦場では役に立ちませんよ」


 バティスト大尉はカンカンに怒り、取っ組み合いの大喧嘩になった。この後、大尉は総司令部に、戦闘機パイロットを直訴したのだが、アラフォーだったので許可されず、それでもなんとか食い下がったところ、「偵察機パイロットなら」という妥協案が成立した。


 大尉がやって来たのは、オルコントという田舎町にある空軍基地で、そこに、第三十三連隊第二飛行大隊が配備されていた。最寄り駅は、八キロ北にあるオシニエモンの町だ。あらかじめ連絡しておいたので、基地から迎えの車が来ていた。


オルコントは、西流するオルコンテ川と、アントル・シャンパーニュ・エ・ブルゴーニュ運河との狭間にある町で、あたりは湿地帯になっていた。


「前任の基地司令官が、麾下の中隊長との間で揉め事を起したので一緒に更迭されちまいましてね。それで、新任の司令官が赴任したばかりなんですよ」


 運転をしていた下士官が裏事情を教えてくれた。


 郊外の農地を潰して造成された航空基地には、未舗装の滑走路、バラック棟が立ち並んでいた。司令部は近隣の民家の離れを間借りしたものだった。基地司令部に顔をだしたとき、そこにいたのが新任の基地司令官がアリアス少佐だった。


 バティスト大尉が、操縦士として配属された、第三中隊の中隊長はロー中尉だ。中隊長が中尉で、大尉が一介の操縦士というのも妙な話だが、もともと後方勤務だった予備役あがりの士官が、上層部にゴリ押しし、飛行士をやるには年齢制限のある前線勤務にしてもらったのだ。本人も納得ずくの人事だったのだろう。

 

 オルコントの町の住民は市民というより農民だ。大尉の下宿先は農家宅だった。そこは冬になると、セントラル・ヒーティングの効いた、首都シルハのアパルトマンとはだいぶ違って、やたらに寒くて堪えた。だが大家族である大家一家は、何かと暖かで、大尉を和ませ、部隊の戦友達ともすぐに打ち解けたのだそうだ。


 続く


 ノート20241129

【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学学生。美術評論家

06 アベラールとエロイーズ:被害者。ランティエ兄妹。ジャーナリストと女性教師

07 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人

08 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官

09 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人

10 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン

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