03 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 25』
〈梗概〉
大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇連作掌編。今回はアッシャー家の隣人・シスター・ブリジットの吸血鬼考察だ。
挿図/©奄美「階段にて」
25 吸血鬼が美しいわけ(上品)
――シスター・ブリジットの日記――
アフリカを旅したことがあるという詩人が、――砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているからだ――と言っていた。その人に僕は、「ではこの世でもっとも美しい生き物はなんでしょうか?」と訊ねつつ心の奥底で、――それは人ですという答えを期待していた。
だが期待は裏切られ、「詩人は吸血鬼ですよ」という答えが返ってきた。
なんという答えなのだろう。そもそも吸血鬼は生き物と言えるのだろうか?
ある文士が作品のなかで、「吸血鬼とは植物だ」という仮説をたてていたのが興味深い。人間が吸血鬼化するということは、動物が植物に変化するということで、墓場で棺を掘り起こすと、青ざめた遺体の頬が紅潮していることがある。文士いわく、「すなわちそれこそが植物化した遺体の花なのだよ」とのことだ。
吸血鬼伝説は古代エジプトの時代にまで遡るのだという。吸血鬼が美しき者として描かれるのは、若い人間の生き血をすするため不老不死の肉体を維持することができ、数千年におよぶ修久の時のなかで、人知の及ばない叡知を会得しているに違いないからだ。
医学生時代の私は、親族にいた好事家の援助を受けて学友たちをスタッフに、吸血鬼伝説のある東欧廃村を訪れ、共同墓地を発掘調査したことがある。
棺を開けると四分の一の遺体が、蓋を内側から引っ掻くように、両腕を上げていた。
あるいは、一度村人たちによって掘り起こされ、頭を跳ねられたり、胸に杭を打ち込まれたりしてから、再度埋められた痕跡があった。
この発掘結果、棺のなかの遺体が両腕を上げているのは、仮死状態だった人が棺のなかで蘇生したが、誰も助けに来なかったので、衰弱死してしまったからだ。
さらに、胸に杭を打ち込まれた遺体に共通した特徴は、肺炎や結核に特徴的な症状があることがわかった。恐らくは吸血の正体とは呼吸器系疾患で亡くなった人だ。恐らくは死の間際に多量の血を吐いたのだろう。
ところが最近、心の病を専門分野とする学友が、興味深い症例を示し反論してきた。
「明らかに人間なのだが、他者の首筋に咬みついて血をすする患者がいた」というのだ。学友はこの病気を〝吸血症〟と命名している。
*
私は医師免許をもつ修道女ブリジットで、新大陸・マサチューセッツ植民地の名士アッシャー家の別館をお借りし、居所兼診療所にしている。
私はとある事件で孤児になったノエルを養女に迎えているのだが、アッシャー家のご子息が遊び相手になっている。そのノエルが、かのお屋敷で、とんでもないものを目にしてしまったそうだ。
二階にある寝室が少し開いていた。
アッシャー家のご子息ハレルヤ君の後について、夫妻の部屋をのぞきみる。
すると、椅子にもたれた当主・ロデリック氏の首筋に、真鍮製ストローを射し込んで、マデライン夫人が、チューチュー血液を吸っていた。
「ああ、マデライン、いいよ。――ここのところ首筋に悪い血が溜まって、肩が凝っていたんだ。超絶気持ちいい」
いまでは否定された古い学説に、――疾病の原因は身体に悪い血が溜まるからで、体外から排出してしまえば健康を取り戻せる――というものがあり、民間療法としてはまだやっている地方もあった。どうも夫妻はそれをやっているらしい。
傍目には変態にしか思えないけれど、二人が幸せならそっとしておいてやろう。
ハロウィンの夜を前に――
了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。実は代々魔法貴族で、昨今、〝怠惰の女神〟ザトゥーを守護女神にした。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻になる。ロデリックとの間に一子ハレルヤを産んだ。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。マデラインの体術の師でもある。
その他
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。
シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。