表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
第172集(2024年10月)/テーマ 「上品」
14/26

01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 10』

【梗概】


新大陸副王府シルハを舞台にしたレディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士の事件捜査。


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「オペラハウスにて」

 

    10 上品


 噂をすれば影だ。今しがた話題に上がったキキが壇上に立つと、シャンソンを歌い始めた。

 三十八歳になった彼女は、荒れた生活もあってか、すっかりみすぼらしくなっていた。キキは、いくつかの歌唱のあと、フェミニストなトージ画伯に声をかけられると、抱きついた。

 シルハには野良猫が多い。二人は野良猫と美女が大好きで、来訪者たちは、ふらりとやってきては棲みつき、やがてまたどこかへ行った。――キキは野良猫のようなところがあり、二人の画家の友人たちのアパート部屋を渡り歩いていたが、トージ画伯とオスカー青年の恋人になったことはない。

 画伯に抱きついたキキが泣いていると、

 オスカー青年が、

「自分は、美しい女性の双眸から頬をつたう涙がもっとも好きだ。ずっと眺めていて飽きない」

 私は、オスカー青年の秀麗な容貌に、退廃的というか、ニヒルというか、何か病的なものを感じた。


 インテリたちの哲学談義は長くなる。黄金の髪を後ろで束ねた貴婦人は、オスカー青年に、本題を切り出す。すると……。

「――アベラール・ランティエかい? 親友の写真家夫妻を介して知り合った」

「トージ様もアンドレー様たちを介して?」

「僕は映画監督の友人を介してだよ」


 再びシャンソンがピアノ演奏されると、キキが小さなステージに戻って歌った。するとトージ画伯が〈姫様〉を踊りに誘ったので、応じる。オスカー青年は私を誘った。同じテーブルにいたサルドとナバルは、近くにいた若い女性客に声をかけていた。皆で踊った。


     *


 翌二十八日、日曜日。黄金髪を短く刈り揃えた貴婦人と助手の私は、石積みのシャトー(城館)のような、オペラ駅改札を抜け、通りに出た。


 特命遺跡調査官であるレディー・シナモン少佐も、年齢不詳だ。見かけこそ、十七、八に見えるのだけれども、実のところ、オスカーと同じ二十九歳だ。外仕事が、多かった割には、肌に張りがある。かつて、恋もしたことはあったが、相手が、交通事故で亡くなり、けっきょく独身を通していた。

 クロッシェ帽に、カジュアルドレスを着た、シナモンが、石畳の街を行く。


 いつもと変わらぬ風景。

 シルハの地下には、前世紀の都市改造で、中小河川が蓋をされた状態で流れていて、さらにまた下水道が縦横無尽に巡っていた。ゆえにオペラハウスを舞台にした怪事件犯人はそこに潜伏していたというわけだ。

 また、かの街は車社会となっており、かつて、街路を走っていた路面電車の代わりに地下鉄が発達していた。

 軍用車だけではなく、一般車両がけっこう走っている。セダンやスポーツカー、ツーリングカー・タイプの自家用車が量産され個人にも浸透した。


 レディー・シナモンと私は、オペラハウス近くにある喫茶店〈セルタ〉で、クロワッサンとカフェオレの朝食を注文しようとしたとき、既視感のある顔があった。

 パッチリと目が見開き、ノッポだが、細身で女装すれば美女として通ってしまうような容姿をしている。先日、アラス行きの列車でシャルゴ大佐と一緒にいた、した、本国から派遣された連絡武官・フルミ大尉だ。


 とはいえ優雅さにおいてうちの〈姫様〉の存在感ほどではいない。――黄金の髪、碧眼の相貌、長く伸びた四肢。一口にいって美麗である。椅子の引き方、掛け方、容姿に加えてあらゆる所作が完璧なのだ。

「ご機嫌麗しゅう、フルミ様」

「レディー・シナモン少佐、ご用件は?」

雑誌社ラ・レヴュ報道特派員でいらっしゃる記者とカメラマンのサルド様とナバル様についてです。フルミ様はお二人とお知り合いだとか?」

 フルミ大尉は女給を呼んで、若い貴婦人と灰色猫のために、カフェオレとヴィシーの水とを注文した。


 前振りは著名な哲学者の宇宙観についてだった。

「御存じのようにシナモン少佐、天文学者としても優れた業績を残したかの哲学者カンストによる諸科学のカテゴリ化が後世に残した影響は大きく、軍事科学にでさえ影響を与えている」

「フルミ大尉、そういえばカンストの宇宙論には、時間軸と空間域という概念がありましたわね」

「カンストに影響を受けた将軍の著書には次のように述べられています。――戦争とは政治要素の一つで、戦場とはひとつの宇宙だと。軍隊という星々は、宇宙すなわち時間軸と空間軸でどのように運動するものか。――「空間における兵力の集中」、「時間における兵力の集中」が肝要となっている」

 一通り話しを終えたところで、本題になった。


 フルミ大尉が切り出した。

「アベラールとエロイーズ……。ランティエ兄妹二人の、変死に関る事件を捜査しているみたいだね。――貴女は、例のジャーナリストの二人が、事件直前に、アベラールと接点を持ったことを知った。連中は、アベラールと接触して、何か途方もない《宝物》があることを突き止めた」

「サルドとナバル様のお二人は、そのことで、アベラール様達を?」

「たぶん……」


 〈姫様〉と私のところへ、注文した飲み物が、運ばれて来た。若い貴婦人は、ポシェットから銀の小鉢をだして、ミネラルウォーターを注いで、敷石に置いた。アンジェロ卿がそれを口にした。


 フルミ大尉は、頬杖をついて、レディー・シナモンの表情をうかがっているようだった。――この人は旧大陸西端にあるヒスカラ王国の王都近郊で生まれた。多くの軍人が丸刈りにしているなか、長髪・オールバックに整えていた。

「レディー・シナモン少佐。――貴女はこの自分を疑っていらっしゃる? 何しろエロイーズは自分の婚約者でもあったからね」

 微笑む青年将校からは、敵意は見えず、フラットな印象しか受けなかった。


 続く

【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学学生。美術評論家

06 アベラールとエロイーズ:被害者。ランティエ兄妹。ジャーナリストと女性教師

07 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人

08 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官

09 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人

10 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ