02 紅之蘭 著 『天才紅教授の魔法講義 其の七』
――メガネ君視点――
僕は、東京港発黄戸島港行きのフェリーに乗った。
航海は退屈で、三等室の大部屋とデッキとの間を往復したわけだが、デッキに立てば当たり前のように潮風が頬にあたった。だがやがて水平線の彼方に、「島だ!」他の乗客たちが声を上げ指差したので、視線を向ける。
黄戸島全域はカルデラ火山になっている。遠くに見えだした山が、徐々に鮮明になってくる。エメラルドグリーンの太平洋に浮かぶ島の周囲には白い砂浜が広がり、背後には鬱蒼とした森が広がっていた。さらにその奥には、そびえたつ外輪山は島の守護者のような威厳が
あった。
ゆっくりと連絡船が港に近づき、堤防に沿って進んでゆく。港の堤防には、色とりどりの漁船が並び、地元の漁師たちが忙しそうに働いていた。
湾内を進んで行くとタグボートがやってきて、ロープがかけられ曳航され、やがて埠頭に横づけされた。エンジンが停まった。すると乗客たちは一斉にタラップに向かい動き出す。僕も流れに乗って、タラップを降りた。
そんな僕は、本土の高校を卒業して、まがりなりにも公立大である黄戸島村立大学に入学することになっていた。
期待と不安を胸に、タラップを降りてゆく。
埠頭で僕を出迎えてくれたのは、広縁帽子にワンピース姿の少女だった。細身で華奢な四肢、南の島なのに肌が白い。実際の年齢は判らないのだが、ぱっと見には十二歳くらいだった。
笑顔を浮かべた少女が、海風で飛ばされそうになる帽子を両手で抑えながら、ペコリと頭を下げ、
「ようこそ、黄戸島へ! 私、黄戸大の縫目フラ子です。メガネ君だね。よろしくお願いします」
「いえこちらこそ」
なぜか身体が強張っている。それでもどうにか頭を下げることができた。
四月はじめの薄暮に包まれた小笠原諸島・黄戸島港の防波堤の向こうから、大きな波の音が響きわたる。
縫目フラ子〝縫目ちゃん〟に手を引かれ僕は、百戸ばかりしかない市街地の奥にある大学に向かった。港湾から続く道は、舗装されてはいたが、手入れが行き届かずちょっとデコボコしていた。されど沿道にある庭に目をやると、ハイビスカスや夾竹桃といった花が咲き、南国らしくて好きな感じだ。
正門ゲートの守衛さんに学生証を示すと、バーが開く。キャンバスの並木道を奥に行くと、五階建て学舎五棟と体育館、プール、運動場――そしてやや離れたところに学生寮が見えて来た。――僕らは学生課と学生図書館がある中央棟に入る。
「メガネ君、中央棟地下にはスタバがあるんだよ。コーヒー・フルートを御馳走するから寄っていこうよ?」
仄暗い店内ではジャズが流れていた。
縫目ちゃんはフラッペを吸いながら、
「メガネ君、魔法科に入るんだよね。もちろん、黄戸大のホーブ、紅教授の教室よね?」
「そうだよ」
縫目ちゃんの目が大きく見開かれ、輝やいた。
「わあ、私、紅教室で助手やってるんだ!」
「助手? 小学高学年か、せいぜい中学一年生くらいに見えるけど?」
「むーっ、私、君よりお姉さんなんだぞ!」
――ということはロリな縫目ちゃんって、二十代前半なのか?
それが縫目ちゃんとの出会いだった。
それから三年目、ついに縫目ちゃんと結ばれることになる。
学生寮は五階建てで四棟ある。三階にある僕の寮部屋に彼女が訪ねて来た。
シングルルームの壁際にシングルベッドが置かれている。その前後両端に正座した浴衣着姿の僕らが、お互いお辞儀して、
「ふつつかながら、よろしくお願いいたします」
その夜、僕らは激しく燃え上がり、愛し合った。
Le vent se lève, il faut tenter de vivre.(風立ちぬ、いざ生きめやも)
――紅教授視点――
学舎第一号棟・魔法科・紅教室に入ると、ロングテーブルの上にノートパソコンを開かれていた。モニターをのぞくと、あらら、明らかに私の助手・縫目ちゃんをモデルにしたAI画像があり、しかも、とんでもないポーズのヌードだった。
眼鏡以下、私の担当学生たち十人はどうなったかというと――
「〝爆裂魔法〟をつかったの?」
耳・鼻・口から脳漿を噴射させ、倒れているではないか!
「こいつら、あれこれ私で妄想するだけじゃ飽き足らず、〝作品〟をネットに流しやがった!」
「縫目ちゃん、どうすんのよ、この状況?」
「紅教授、蘇生魔法と回復魔法を憶えましたので、問題ありませんわ。おほほ……」
「そう、それは良かった」
宣言した通り、学生たちの〝アイドル〟縫目ちゃんは、次の講義までに学生たちを施術し終えていた。
了