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自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
第171集(2024年09月)/テーマ 「気まぐれ」
10/26

01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 09』

【梗概】

新大陸副王府シルハを舞台にしたレディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士の事件捜査。


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「水車のダンスホール」

    09 気まぐれ


 レディー・シナモンがタクシーの運転手に、

「はなはだぶしつけではございますが、不審な黒いセダンが私どもを尾行しているようです。なんとかして戴けるとありがたく存じます」

「レディーの危機を救うのが男子の美徳だ」

 そう応じるや否や、旧市街の狭い路地を走り抜け、なんとか巻いてやった。


 〈姫様〉と私・ブレイヤー博士を乗せたタクシーが停まったのは、シルハ駅に近い、五階建てビルの旅館〈オテル・ラ・アダージョ〉だった。三階部屋には、旧大陸・本国ヒスカラに本社を置く雑誌『ラ・レビュウ』の特派員が陣取り、シルハ大陸最新情報をレポートにして、定期的に、本社へ郵送していた。記者はエルキュル・サルド、カメラマンはオラス・ナバルといい、いずれも四十歳近い男性だった。


 フロント・カウンターの従業員に取り次いでもらい、二人をロビーに呼ぶ。

 身支度を整えた二人は、そそくさと、三階自室からエレベーターをつかい、一階ロビーへとやってきた。


「お久しう存じます。シルハ在住の諜報局員の知り合いがおりまして、貴男方がこちらにいらっしゃると聞き及び、お力添えをお願いしたく、うかがいましたの」

 レディー・シナモンが、スカートの両側をつまむ宮廷風の淑女のお辞儀〈カーテシー〉をした。彼女ほどこの所作が似合う人はいない。


「〈姫様〉……十年ぶりでしょうか!」

 ポタポタと大粒の涙をこぼしたのは、レディー・シナモンではなく、学生時代にラグビーで鍛えた偉丈夫のサルド記者だった。小柄な眼鏡のナバルカメラマンが、サルドを見上げて、「先輩、はい」と言って、ハンカチを差し出した。するとサルドはチーンと鼻をかんだ。――サルドはシナモンの熱烈なファンである。


 サルドとナバルの話しによると事務所を兼ねた二人の部屋には、サルドとナバルに挟まれた格好で、レディー・シナモン少佐の姿があるとのことだ。

 というのも、十年前、大型飛行船を用いた新旧両大陸無着陸横断飛行、および世界一周旅行に同乗。当時少佐は一般人で、父・伯爵の誕生日プレゼントとして搭乗券をもらって搭乗。一方のサルドたちは取材班としてツアーに参加した。


 当時十八歳だった、可憐な貴婦人は、大衆の耳目を集め、写真付きの記事を、雑誌に掲載するやいなや、大評判となり、刊行部数を大いに伸ばしたものだ。


 春うららの天気である。

 シルハ第十八区にはカフェ、キャバレー、バー、カジノ、映画館といった娯楽施設が多くあった。カフェは二十四時間営業で、キャバレーは午前十一時から翌朝五時まで営業しており、さながら不夜城を呈していた。

 トロゼ通りには、キャバレーを、三百十七席の映画館に改装した〈ステュディオ28〉があり、たまたまサイレントの実験映画を上映していたので、サルドが一緒に見に行こうと切り出すと、レディー・シナモンは快諾した。――〈姫様〉ときたら、のんきなものだ。


 映画はホラーながら、残酷シーンがない。当時としては、技巧の粋をこらした映像美で、レディー・シナモン同様に、私も楽しむことができた。

 上映が終わって、ホールの天井に吊るされたシャンデリアに灯りがともった。

 黄金の髪の貴婦人と私、雑誌特派員二人の前の席には、トージ画伯と評論家のオスカー青年とが座っていた。

 画家と評論家が振り向いたとき私たちに気づき、「ボンジュール」と挨拶してきた。


「僕たちは《風車小屋》で女の子たちと踊ってから、酔い覚ましに映画鑑賞をしていたんだ」

 もともと十八区は小麦畑や葡萄畑が広がり、三百もの風車が回る副王府シルハの郊外だった。風車小屋の中には、風車こそ取り外されたものの、改装されて、バーや、ダンスホールになったものが、いくつかあった。シルハ市民は、こういうダンスホールに集い、木漏れ日のもとで、飲みかつ騒いだものだ。


 売れっ子画家のトージは、小柄な体躯で、オカッパ、ロイド眼鏡と口髭をトレードマークにしていた。画伯は、そういうダンスホールに、よく、出没して人気者になっていた。

 そのトージが、「これから僕たちは飲み直すんだ。御馳走するけど、君たちもどう?」と誘ったので連れの評論家はもちろん、二人のジャーナリストと遺跡調査官の私たち二人の六人で、風車小屋のバーで飲むことになった。

 店で出されたのは地元産のワインだ。


 シナモンが、サルドやトージたちに愛想よく振る舞っているのは、気まぐれではない。

 バティスト大尉が空軍基地のあるオルコントに戻る際、レディー・シナモンが、

「ランティエ兄妹に接点を持っている、人物はいらっしゃいませんか?」

 と問い合わせところ、大尉はレディー・シナモンの手帳に思いつく限りの人物を書き綴った。その中に、トージ画伯と評論家オスカーの名前があったのだ」


 画伯とオスカー青年は、雑誌社ラ・レヴュの取材を受けたり、コラム記事を載せたりすることがあった。――両者はさりげなく、映画館で待ち合わせをしたというわけだった。

 黄金の髪の若い貴婦人は、ふと、そちらに思考が傾きかけたところで、後ろをトージ画伯と並んで歩いていた、留学生・オスカー青年の声で我に返った。

 二十八歳になる美術評論家オスカーは、本国王都の美術学校に在籍していたが休校してシルハ大学に留学し、美学、民俗学、哲学を学んでいるうちに二十九歳になっていた。


 ナバルが、

「そういえばトージ画伯、少し前に流行ったキキって歌手はどうしていますか?」

「可哀そうに、最近はあまり売れていないらしい……」

 副王府に現れた若い画家たち《シルハ派》の多くがモデルにした歌手キキの近況を話題にしようとしたが、話しはそこで断ち切れになった。


 するとそのタイミングを計ったように、黄金の髪を後ろで束ねた貴婦人が、シルハの洗濯船の殺人と、アラスの女性教師の殺人について、さりげなく、振った。

「お二人は、今年の新年の一月間をどちらで過ごされましたか?」


 まず、ロイド眼鏡のトージ画伯が、

「ここ第十八区の自宅で、妻や友人たちと過ごしましたよ」

 バティスト大尉とアラスへ旅行した際、レディー・シナモンと私は、同じ汽車に乗った。――ということは、ランティエ兄妹の殺人で、パリの兄アベラールについてはアリバイがないが、アラスの妹エロイーズについてはアリバイがあるということになる。


 次にオスカー青年に訊いてみると、

「僕のアパルトマンは、第六区にありますが、トージ先生と同様で、恋人や友人たちと過ごしていましたよ。学校の講義も普通に受けていました」


 学校の講義か。細かくみる必要はあるものの、――訊いたところアリバイがあるようだ。しかし身内に訊いてみても容疑者を庇っていることが多い。金曜日には、学校の講義があるが、講義が終わってから事を起こしたとしたらどうだろう。ならばアリバイはなくなる。


 ノート20240924

【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学学生。美術評論家

06 アベラールとエロイーズ:被害者。ランティエ兄妹。ジャーナリストと女性教師

07 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人

08 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官

09 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人

10 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン

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