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自作小説倶楽部 第29冊/2024年下半期(第169-173集)   作者: 自作小説倶楽部
オープニング
1/26

00 奄美剣星 著 『王様と私』

挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「王様と私」


 高校時代、郷里の地方都市・潮騒市しおさいしでは、桜の季節になると〈映画祭〉が催されていた。フリーパス券を購入すると、期間中は見放題になる。

 そんなわけで、授業が終わると僕は、幼馴染の愛矢よしやを誘って映画館に行った。

 僕達二人は、コンクリートの外壁を、ネオン管を配置したアールデコ様式のミニシアターで、チケットを購入した。

 ミニシアターはNPO法人で、ボランティアスタッフもいた。受付嬢にフリーパス券を示すと、整理券を渡した。

「不愛想な子だったな、恋太郎」

「ボランティアスタッフみたいだ」

 愛矢は舌打ちしていた。

 自販機でコーラを買って、ホールの席に着くと、間もなく映画が始まった。

 映写機は、闇を貫く一条の閃光を放ち、銀幕にセピアに変色した白黒報道画像を映し出す。

 作品は、監督ビリー・ワイルダー、主演マリリン・モンローの『七年目の浮気』のリバイバルだ。


 出版社に勤務する中年男がアパートに住んでおり、妻子が旅行に出かけた隙に、上階に住む美女を部屋に招く不倫ものだ。白いドレスを来たその人が、路面にある地下鉄通気孔上をまたごうとしたとき、風が吹き上がって、スカートがめくれ上がり、悩ましい視線を客席に投げかけ、前を押さえた。


「わおっ、猛烈うっ!」

 後ろの席に陣取っていたお爺ちゃん達が、一斉に声を上げた。振り返ると、五人くらいだった。


 映画が終わった。

 満足そうな顔をした客の群れが重たい扉を開けて出て行く。

 このころの僕は頭を流し髪にした、標準よりやや背の高い高校生だった。対して愛矢はそんな僕よりも、頭一つ背が高い。

 ノッポの愛矢が苦笑して、

「後ろの席に陣取っていたお爺ちゃん達って、たぶん、ライブで観ていた世代なんだろうな」

 映画館の横にある雑居ビルは二階建てだ。一階が鞄屋で、二階が喫茶店になっている。

 喫茶店の壁はベニヤ板で、ブイを模したガラス細工や、総舵輪で飾られていた。テーブルが、アーケードゲームのディスプレイになっていて、横にレバーがついている。

 町に高速道路が通っていなかったころ、郊外にあったドライブインのような内装だった。

 バルコニー席で、眼下に、タイル敷きのアーケード通りを行き交う、買い物客でごったがえしているのが見えた。その喧騒を聞きながらアイス珈琲を注文する。


 よほど咽喉が乾いていたのだろう、愛矢は飲み物の半分を一気に飲み乾した。

 僕は、B5サイズのスケッチブックに、あの、モンローがスカートを押さえるシーンを描いてみた。

 ノッポの愛矢がのぞき込む。

「相変わらず、記憶力がいいな。モンローのポーズや表情の細部に至るまで、鉛筆一本で忠実に再現している」

「愛矢も十年くらい訓練すれば出来るよ」

「カメラ撮影したほうが早そうだ」

 苦笑した愛矢が話題を変えた。

「恋太郎、世界初のパンチらをした女の人って誰だか知っているか?」

「知らん」僕は珈琲フロートのコップに手をやったが、中身がなくなっていた。ストローで氷をズーズーやる。

「――イタリア・フィレンツェ、メディチ公爵令嬢カトリーヌ・ド・メディシスだ」

 ――世界史の授業で習ったな。


 メディチ家といったら十五・六世紀・ルネッサンスの時代の富豪で、カトリーヌは教皇の従妹にあたり、フランス王アンリ二世が王子妃になった。

 アンリ二世には兄がいて、王位に就く前に没したので、棚ぼた式に弟・アンリが王太子になったものだから、カトリーヌが王太子妃になった。


 珈琲フロートを、しみったれて飲んでいた愛矢が、

「当時の貴婦人たちは、馬の鞍に横座りするのがマナーだった。ある狩りのとき、カトリーヌは、お茶目さんを演じた。――左脚をあぶみにかけ、右脚を鞍骨の突起物の上に固定させる《アマゾン乗り》というのをやった。馬が疾走すればスカートが高く舞い上がり太腿が丸見えになる。この乗り方は貴婦人達の間で流行ったので、下着が発達した。下着はカルソンと呼ばれ、さらにキュロットになったんだ」

 愛矢の博識に、僕は素直に感心した。


 ドライブイン風の喫茶店を出た僕達は、アーケード街に面した車道の横断歩道に立った。通りを走る自動車は流れが悪い。

 そのときだ。

 恋太郎たちは、道路を挟んだ反対側のアーケードを颯爽と歩く若い女性の姿を見つけた。

 腰までふわりと伸びた髪、すらりと伸びた四肢、切れ長の目をしていた。白を基調としたコーデで、青いリボンのついた帽子、ジャケット、スカート、ハイヒール姿をしていた。

 ショッピングを楽しんでいたのだろう。

「マーコ先生!」

 その人は、僕らの高校で化学を教えている西之麻胡にしのまこという人だった。

 僕と愛矢が手を振ると、先生がこちらを見た。


 ――途端――


 通りを突風が吹き抜け、スカートがめくれ上がった。

 若衆四人を乗せたオープンカーが電柱にぶつかる。後続車四台が追突し、たちまち渋滞をつくった。

 事故車を尻目に、その人が横断歩道を渡ってきた。

「恋太郎君、見た?」

「愛矢が目隠ししましたので、見えませんでした!」

「いい子、いい子……」

 なぜか麻胡先生は愛矢の頭を撫でだした。

 ――愛矢は先生の下着が見えたはずだ。なぜだあ?

 僕は理不尽に思った。

 パトカーのサイレンが聞こえてくる。

 牡丹桜の花びらが数枚、四角いコンクリートブロックを敷いた歩道をかけ抜けた。


               *


 ゴールデンウィークになったので、私は、都内の大学で知り合った夫・恋太郎に連れられて、彼の実家に帰省した。


 夕方だ。

 雫を連れて例のアーケード街にあるミニシアターに行く。

 連れの恋太郎さんが、

「雫、映画が始まるまで、まだだいぶあるから、お茶でも飲もう」

 映画館の横にある雑居ビル二階の喫茶店でお茶をする。

 映画の題名は『王様と私』。私は珈琲フロートを口にしながら、物語を想像して時間を潰した……。


 ――昔、優しい〈王様〉がいて、隣国の王女である〈私〉と婚約した。

 そんなある日、黒竜に乗った魔王が現れて、王女〈私〉の王国を時間の止まった氷の世界に閉じ込める。

 知らせを聞いた〈王様〉は、大軍ではなく信頼のおける騎士を何人か連れて氷の王国に旅立った。

 魔王は、旅の途中で〈王様〉と騎士たちの行く手を阻んだ。

 あるときは、死霊の騎士団を送り込み、あるときは、妖艶な魔女を送り込んで誘惑した。洪水を起こしたこともあった。騎士たちは一人減り二人減り、そしてどうにか氷の王国にたどり着いたときは〈王様〉ただ一人になっていた。

 クライマックスは、氷の壁に封印された〈私〉を巡って、〈王様〉と魔神との一騎打ち。長旅で疲れた〈王様〉が追い詰められて絶体絶命になる。

 黒竜の尻尾が〈私〉のところまで〈王様〉を弾き飛ばす。

 そのときだ。透明な壁一枚向こうにいた王女〈私〉が目に入った〈王様〉は、最後の力を振り絞り、透明な氷の壁の中にいる〈私〉と口づけした。

 突然、雷が鳴り響き、王様は力がみなぎる。

 〈力〉《フォース》を得た〈王様〉の、手にした長剣は、まばゆい閃光に包まれる。

 長剣が、襲い掛かる黒竜の首を斬り落し、たまらず飛び降りた魔王ともみあいになってついに仕留める。

 そして物語は、〈王様〉と〈私〉の抱擁で終わった。


 ――『王様と私』のほんとのお話は、とある国の王様と王子の家庭教師女性との秘められた恋物語だ。『アンナと王様』という題名でリメイクもされている。


 車での帰り道、恋太郎さんが、

「雫の想像と、だいぶ違っていたね」

 ラジオから、レトロな曲が流れていた。


 初稿20110625

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