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星降る夜の異世界異邦人

作者: 虚空紀行
掲載日:2024/02/28

遥か彼方の星系より、一筋の光が闇を切り裂き、未知なる星へと降り立つ。エリオという名の元軍人は、故郷地球とは異なるこの星で、予期せぬ不時着を余儀なくされた。彼の目の前に広がるのは、巨大な樹木が支配する未踏の大地と、魔法が息づく世界。そこで彼は、勇敢な剣士セリアと賢明な魔法使いアレンと出会い、彼らと共に、失われた金属Zaitanium-235を求める旅に出る。彼らの前には、古代の科学と魔法が交差する謎に満ちた冒険が待ち受けていた。ここに、星降る夜に始まる異世界異邦人の物語が、今、幕を開ける。

第一章

落ちる星

緊急事態

最初に死んだのは光だった。

コックピットの主照明が一斉に落ち、非常灯の赤だけが残った。エリオは反射的に操縦桿を握り直す。掌が滑る。汗ではない。震えだ。

「アトラ、状況」

返事はなかった。

彼は二度それを呼んだ。三度目は呼ばなかった。返らないと分かっている呼びかけを重ねるのは、士官学校で最初に矯正された癖だ。代わりに彼は計器を読んだ。読めるものから読んだ。航法系、死亡。推進系、限定生存。生命維持、稼働。重力、ある。重力がある、ということは、自分はもう真空にいないということだ。

正面のスクリーンに、青と緑の縞模様が膨らんでいた。大気圏。それも、目の前にある。

「――入った後か」

呟いた声が、自分のものでない響きで返ってきた。閉じた船内で、声は跳ね返るほどの空間を見つけられず、彼の口許で死んだ。

ハイパードライブの逆流痕が、操縦桿を伝って手首に痺れを残していた。位相のずれ。座学で名前だけ習った現象。実際に踏んだ人間は、踏んだ後に報告書を書ける状態でいられない、と教官は言った。にやりと笑って言った。

胴体着陸の手順を、彼は声に出さずに諳んじた。一、対気速度を失速直前まで落とす。二、迎え角を浅く保つ。三、衝撃に備える。四を彼は思い出せなかった。四はなかったのかもしれなかった。

樹冠が下から殴りつけてきた。

最初の一撃で、彼の体は左の安全帯を引き千切る勢いで右に振られた。二撃目で、視界に星が散った。三撃目を、彼は数えなかった。


どれくらいの時間、自分が意識を手放していたかは分からなかった。気がついた時、船内は静かで、非常灯さえ消えかけていた。シートに体を預けたまま、彼はゆっくりと指を動かした。動いた。次に手首。動いた。最後に首。痛みがあった。痛みがある、ということは、神経は繋がっている。

生きている、と彼は思った。それは結論ではなく、観察だった。

ハッチを開けると、夜気が流れ込んできた。

地球のものではない夜気だった。

匂いが違う。湿度の質が違う。空気にかすかな甘みがあって、それは花の匂いのようでもあり、もっと別の、彼が言葉を持たない何かの匂いのようでもあった。

彼は脱出口の縁に座り込み、しばらくその匂いを嗅いだ。それから、夜空を見上げた。

見たことのない星座だった。

当たり前のことだった。当たり前のことが、当たり前に当たり前として現れた時、人はようやく自分の状況を信じる。彼は信じた。信じてから、初めて、笑いとも息ともつかないものが喉から漏れた。

「アトラ。聞こえてないだろうけど、報告する」

彼は誰もいない夜に向かって言った。

「不時着、成功。位置、不明。帰還可能性、不明。気分、最悪」

夜は、何も返さなかった。

星が落ちた

セリアが先に気づいた。

家の前の段に座って、アレンと夜風を浴びていた時だった。風の通り道に立つと、この村の夏は耐えられる。アレンが何か喋っていた。村の祭りのことだったか、それとも誰かの結婚の噂だったか。

空が裂けた。

音より先に光だった。一筋、白く、まっすぐに、北の空から南東の森へ。流れ星の作法ではなかった。流れ星はもっと遠慮がちに消える。あれは、消えなかった。落ちた。

一拍遅れて、空気が震えた。家の窓ガラスが音を立てた。

「アレン」

「うん」

「あれ、落ちたよね」

「落ちたね」

二人とも、立ち上がるのに少し時間がかかった。膝が言うことを聞かなかった、というのが正直なところだった。怖かったわけではない。でも、何かが起きた、と頭が認識する前に、体が認識した時の遅れだった。

「行く?」

「行くしかないだろ」アレンが頭を掻いた。「明日の朝には、村中が騒ぎ出す。それなら今のうちに見ておきたい」

セリアは家に戻り、剣を取った。革の鎧は時間がかかるから、上着の下にだけ薄い当て布を入れた。アレンは杖を取り、それから、迷ってもう一本、予備の杖を取った。

「予備、要る?」

「分からないから持つんだ」

分からないから持つ、というのは、アレンが昔から守っている規則の一つだった。セリアはそれを馬鹿にしたことがなかった。馬鹿にしてはいけない、と何度か思ったことならあった。

二人は森に入った。

アレンの光球が、二人の三歩先を、忠実な犬のように進んでいった。

名前を交換する

船は、思っていたほど小さくなかった。

セリアは木の陰に身を寄せたまま、それを観察した。家の二倍はある。大人の男が三人で抱えても回らないほど太い樹を、根元からなぎ倒している。倒木の根が、空に向かってあらわになっている。

そして、その船の腹の部分が、音もなく、ゆっくりと開いた。

セリアは反射的に剣の柄に手をかけた。アレンの光球が高度を一段上げた。

中から、人が出てきた。

人だった。それは間違いなかった。手足の数は合っていた。立ち方も、人の立ち方だった。ただ、その人が身につけているものが、セリアの知るどんな鎧とも違っていた。継ぎ目がない、と彼女は思った。鍛冶師が一年かけても作れない代物だ、ということだけは、剣を振る人間として瞬時に分かった。

男は両手を、ゆっくりと横に開いた。

「敵意はない」と男は言った。

セリアは聞き返しそうになった。彼女の言葉だった。彼女たちの言葉だった。なぜそれを、空から落ちてきた男が話すのか。

男は微かに笑った。笑った、と分かるくらいの幅で口角を上げた。

「君たちの言葉を、こちらの機械が解析している。多少不自然なところがあったら、それは私のせいではなく、機械のせいだと思ってくれていい」

「……出てきていい?」アレンが、木の陰から半分だけ顔を出して聞いた。

「来てくれた方が、私は助かる」と男は言った。「武器は、置いていなくていい。私の方から見せた方が早いだろう」

男は、自分の腰に下げていた金属の筒を、両手で持ち上げて見せた。それから、ゆっくりと地面に置いた。剣のような何かを、もう一本、同じように置いた。

「これでお互い様だ」

セリアは少しの間、黙っていた。それから、剣の柄から手を離した。離した、というよりは、離れた、に近かった。男のやり方が、彼女の知っている誰かのやり方に似ていたからだ。父が、彼女に剣を譲った時の置き方に。

木陰から出ながら、彼女は名乗った。「セリア」

「アレン」杖を下ろさないまま、アレンが続けた。

男は、自分の胸に手を当てた。

「エリオ。エリオ・ヴァスケス。地球という星から来た。今夜、たぶん、君たちの星に落ちた」

地球。星。落ちた。三つの単語のどれもが、セリアの中に居場所を持たなかった。彼女はそれを、三つとも、保留することにした。保留する、というのは、彼女が剣の修行で覚えた数少ない知的な技術の一つだった。理解できないものを切り捨てるな、と父は言った。理解できないものは、理解できないまま、傍に置いておけ、と。

「エリオ」彼女はその名前を試すように呼んだ。

「うん」

「あなた、お腹は空いてる?」

男が、今度ははっきりと笑った。

「正直に言うと、空いている」

帰り道、星のなかった話

帰り道、二人は最初の半分、何も話さなかった。

光球がぴこぴこと先導していく。アレンの足音と、セリアの足音と、夜の虫の音。

「アレン」

「うん」

「あの人、星から来たって言ったよね」

「言った」

「星って、空のあれだよね」

「あれだろうな」

セリアは少し歩いてから、続けた。

「私、星に人が住んでるって、考えたことなかった」

アレンは、そうだな、と言った。それから少し考えて、付け加えた。

「俺もない。でも、考えたことがないっていうのは、無いっていう意味じゃないんだろうな」

「うん」

「考えなかっただけだ」

セリアは頷いた。頷いて、それから、自分が頷いたことに少し驚いた。アレンが時々こういうことを言うのを、彼女は知っていた。知っていたけれど、いつも少しだけ、驚いた。

光球が、家の戸口の手前で律儀に止まった。

「明日、村のみんなに話す?」セリアが聞いた。

「話さないと、隠したことになる」

「うん」

「面倒だな」

「面倒だね」

二人は笑った。声を立てて笑ったわけではなかった。笑ったというより、息を漏らした、に近かった。それでも笑いは笑いだった。

第二章

金属の名前

AIが目を覚ます

夜明け前、エリオはコンソールの前に座っていた。

座っていた、というよりは、コンソールに体重を預けていた。腰が痛んだ。肩が痛んだ。膝が痛んだ。痛む箇所を数えるのは無駄だ、と彼は決めた。動く箇所だけを数える方が早い。

診断プログラムを走らせる。処理が進むたびに、画面に小さな進捗バーが伸びる。彼はそれを、何度も見たことのある慣れた風景として眺めた。慣れた風景というのは、こういう時に、不思議なほど人を支える。

バーが満ちた。

「――おはようございます、エリオ」

いつもの声だった。少し落ち着きすぎていて、少し冷静すぎる、彼の十年来の相棒の声だった。

彼は、すぐには答えなかった。答える前に、目を閉じて、息を一度吐いた。

「おはよう、アトラ」

「申し訳ありません。緊急時にオフラインだったことについて、詳細な原因解析を行いたいのですが、優先順位の指示をお願いできますか」

「後でいい」

「承知しました」

彼はコンソールを叩いた。叩く、というほど強くはない。ただ、関節を動かすために。

「故障箇所、報告してくれ」

間があった。AIに間があるというのは、設計上は不要な仕様だ。アトラの設計者がそれを残したのは、人間が情報を受け取る準備の時間として必要だったからだ、と彼は知っていた。

「ハイパードライブのコイル群、三本中二本に位相破断。いずれも交換が必要です。交換用のコイルは船内ストックにありますが、コイルの心材として使われている合金、ザイタニウム二三五が、衝撃で四割を失っています。修理には補充が必要です」

「この星にあるのか」

「センサーで掃引した結果、西におよそ五十キロメートル、地下の鉱脈ではなく、地表近くの精製済みの状態で、まとまった量を検知しました」

「精製済み?」

「はい」

彼は、その単語を、もう一度心の中で繰り返した。精製済み。つまり、誰かが、いつか、それを精製した。

「ありがとう、アトラ。座標を出してくれ」

「了解しました」

画面に、彼の知らない地形図が浮かび上がった。森。川。山。そして、五十キロメートル先の、何の特徴もない一点。

彼はその点を、しばらく見つめた。

十人の男

朝、セリアとアレンが村を出る時、村の長老は何も言わなかった。

何も言わなかった、というのは正確ではない。長老は、ただ一言「気をつけて行け」と言った。それ以上のことを、長老は言わなかった。

セリアはそれを意外に思わなかった。村の長老は、必要なことしか言わない人だった。必要なことの量は、人によって違う。長老の必要量は、彼女よりずっと少なかった。

二人は森を抜け、エリオの船の前に着いた。エリオは船の外に出ていた。彼の鎧、と二人が呼ぶことに決めたものは、朝の光の中で、夜とはまた違う色に見えた。

「相談がある」とセリアは言った。

「どうぞ」

「あなたの船を、村に運びたい。一人でここに置いておくと危ない。それに、修理するなら、人手がある場所の方がいい」

エリオが眉を上げた。

「運ぶ、というのは」

「運ぶ」

「これを?」

エリオは、自分の背後の鋼鉄の塊を指差した。

「それを」

エリオは、何かを言いかけて、止めた。それから、少し考えてから、慎重に言葉を選んだ。

「この機体は、私の世界の単位で、約四十二トンある」

「うん」

「四十二トンというのは」

「重いんでしょう」

「とても」

セリアは少し笑った。笑ってから、心配そうな顔を作って、言った。

「エリオ。あなた、私たちのこと、馬鹿にしてる?」

「いや、まったく」

「じゃあ、信じて」

エリオはセリアを見て、それからアレンを見て、もう一度セリアを見た。

「分かった」と彼は言った。「君たちのやり方を見せてくれ」

一時間後、村から男たちが来た。

十人だった。十人はいずれも筋骨の隆々とした男たちで、しかしエリオの目で見ても、四十二トンを動かせる人数ではなかった。彼は何も言わなかった。彼は約束した。約束を、彼は守るつもりだった。

アレンが、男たちの間を歩いた。一人ずつ、肩に手を置いた。手が触れた瞬間、男の体が、ふっと、二回りほど大きく見えた。

いや、二回り大きく見えるのではなく、二回り大きくなった、とエリオの目は告げていた。彼は反射的にパワードスーツのセンサーを起動させた。生体反応は確かに増幅していた。骨密度、筋繊維の密度、血流量、すべてが、人間の生理的限界を超えた値を示していた。

「これは……」

「身体強化魔法」アレンが、振り返らずに答えた。「うちの専門の一つ」

「専門」

「大したことはないよ。長く維持はできないし、本人にも疲労が残る。だから、急いで運ぶ」

男たちが、船の腹の下に手を入れた。

船が、地面から離れた。

離れた、と分かるまでに、エリオは三秒かかった。三秒の間、彼は自分の見ているものを信じる訓練を頭の中で何度も繰り返した。船は、確かに、十人の男によって、地面から、持ち上げられていた。

彼は、その光景の前で、しばらく立ち尽くした。

立ち尽くしてから、彼は声を出して笑った。

「アトラ。これ、見えているか」

耳の中のスピーカーから、アトラの声が、彼にだけ聞こえる音量で答えた。

「見えています、エリオ。物理法則の解釈について、再考が必要かもしれません」

「同感だ」

彼は、男たちの後について、村への道を歩き始めた。

宴の夜

その夜の宴のことを、エリオは後年、何度も思い出した。

思い出すたびに、それは少しずつ違う宴になった。最初に思い出した時は、料理の話だった。次に思い出した時は、子供たちの顔だった。三度目以降は、長老の声だった。

長老の声は、低くもなく高くもなく、聞こうと思わなければ聞こえない、聞こうと思えばはっきりと聞こえる、不思議な声だった。

「君の星には、魔法はないのか」

「ありません」

「不便だろう」

エリオは少し考えてから、答えた。

「不便だ、と思うことは、ないと思います。私たちはそれが普通だと思っているので」

長老は頷いた。

「それは、そうだな」

「ただ」エリオは続けた。「今日、男たちが私の船を持ち上げるのを見た時に、私は、もしかしたら自分の世界は不便なのかもしれない、と初めて思いました」

長老は、またゆっくりと頷いた。

「逆もある」

「逆?」

「お前さんの船を見た時に、わしは、もしかしたら自分たちの世界には、まだ知らない楽な暮らし方があるのかもしれない、と思ったよ」

エリオは長老の顔を見た。長老は、火を見ていた。

彼は、自分の探している金属の名前を、長老に告げた。

「西へ五十キロです」

「西へ五十」と長老は繰り返した。

そばに座っていた賢者と呼ばれている老人が、火の向こうから声をかけた。

「西へ五十、というと、魔王城のあたりだ」

会話が、一拍だけ、止まった。

「魔王城」とエリオは言った。

「そう呼ばれている」と賢者は言った。「呼ばれているだけで、そこに今、魔王が住んでいるわけではない。少なくとも、わしの記憶ではな」

「いつから、魔王はそこにいないのですか」

賢者は、火を一度かき混ぜた。

「分からんよ。誰も覚えていない頃から、いない。いた、という話だけが残っている」

エリオは、その言い方の中に、何かが潜んでいることに気づいた。気づいたが、その夜は問わなかった。問うべき夜ではない、と思ったからだ。

「行ってみます」

「一人でか」

「一人で」

「やめておけ」

賢者は、火の向こうから、まっすぐにエリオを見た。

「何があるかは、誰にも分からん。何かがある、ということだけは、分かっている」

セリアが、火の脇から立ち上がった。

「私が行く」

アレンも、それに続いた。

「俺も行く」

エリオは、二人を見た。二人を見て、断ろうとして、断れなかった。彼の知っている断り方の文法では、二人を断れなかった。

彼は、自分の知らない文法に、足を踏み入れた。

「ありがとう」と彼は言った。

それは、彼が、地球を出てから、初めて口にした「ありがとう」だった。

第三章

森の中の三人

装備

出発の朝、エリオは船の装備庫を開いた。

セリアとアレンは、船の中に入るのは初めてだった。二人は何も言わずに、エリオの後をついていった。船内の壁は、なめらかで、継ぎ目がなく、ほのかに光っていた。アレンは時々、壁に手を触れて、すぐに離した。離した時、彼は何かを諦めるような顔をした。

「これを使う」エリオは、二つの装備を取り出した。

一つは、銃身の長い武器だった。もう一つは、金属の柄だった。

「銃と剣?」セリアが聞いた。

「銃、ではあるな。剣は、剣ではない」

エリオは柄を握り、それを軽く前に振った。柄から、薄い青の光の刃が伸びた。光だ、とセリアは思った。光が、剣の形をしている。

「光で、切れるの?」

「切れる」

彼は、近くにあった金属の棒を、その光の刃でゆっくりと撫でた。棒は、撫でられた箇所から、音もなく、二つになった。切断面は、磨いたように滑らかだった。

セリアは、自分の腰の剣に、無意識に手を当てた。

彼女の剣は、父の代から使っているものだった。鍛冶師が一年かけて打ち、毎月手入れをし、戦のたびに研ぎ直してきた剣だった。その剣の存在意義が、目の前の光の刃の前で、揺らいだ。

揺らいだ、ということを、彼女ははっきりと感じた。

揺らいだ、ということを、彼女ははっきりと、認めた。

「エリオ」

「うん」

「あなたの世界で、剣は、もう要らないものなの?」

エリオは、光の刃を消した。柄は、ただの金属の筒に戻った。

彼は少し考えてから、答えた。

「要らない、と言う人もいる。要る、と言う人もいる。私は、要る派だ」

「どうして」

「これは、長く戦えない。電池が切れる。電池は、思ったより早く切れる。電池が切れた時に、私の手元に何も残らないのは、嫌だ」

セリアは、その答えに、しばらく黙った。

黙ってから、彼女は微かに笑った。

「私たち、似てるかも」

「そうかな」

「うん。私の剣も、いつか折れる。折れた時に、私が魔法を使えなかったら、ただで死ぬ。だから、アレンと組んでる」

アレンが、装備庫の入り口で、片手を上げた。

「俺は、いつ電池が切れるんだろうな」

「あなたは切れない。あなたは私の電池だから」

「ひどい言い方だ」

「事実だよ」

エリオが、声を出して笑った。

装備庫の壁が、その笑い声を、しばらく残響として返した。

最初の戦い

森に入って二日目の昼、三人は同時に立ち止まった。

立ち止まった理由は、それぞれ違っていた。エリオは、スーツのセンサーが敵性反応を検知したからだった。セリアは、足音とは別の何か、地面の震えのようなものを感じたからだった。アレンは、探索の魔法を断続的に流していた糸に、何かが触れたからだった。

三人が立ち止まった瞬間、三人とも、自分以外の二人が同じ瞬間に立ち止まったことに気づいた。気づいて、誰も何も言わなかった。

「五頭」エリオが、最初に口を開いた。「正面、約六十メートル。ばらけている」

「大型」セリアが続けた。「重い。熊に近い」

「囲んでいる」アレンが補った。「正面に三、側面に二。後ろは、まだ空いてる」

三人とも、相手の情報を、相手にではなく、自分以外の二人に向けて、最短で渡した。情報の渡し方が、揃っていた。三人は同じ瞬間に、それに気づいた。気づいたが、誰も何も言わなかった。

バーサーカーベアと呼ばれている獣が、最初の藪を割った。

一頭目が、エリオの正面に出た瞬間、エリオの銃口は既にそこを向いていた。実弾モードを選択していた。彼は引き金を二度引いた。一発目は前肢、二発目は喉。獣は、走る勢いのまま、地面を滑った。

二頭目と三頭目が、ほぼ同時に正面の左右から飛び出した。アレンの杖が振られ、二頭目の足元に光の網が広がった。獣は突進の慣性のまま、網に足を取られて転倒した。転倒した瞬間、セリアの剣が、獣の頸部に入った。一撃だった。彼女は剣を引き抜きながら、転倒した三頭目に向き直った。三頭目の顎は、既にエリオの銃口の射線に入っていた。

三頭目が崩れ落ちた時、四頭目が、側面の藪を破って出てきた。

これが、一番危なかった。

側面の藪は深く、エリオの銃口は反応が遅れた。アレンの探索魔法は、四頭目の正確な位置を捕えていたが、攻撃魔法に切り替える時間がなかった。

セリアが、振り向きざまに、踏み込んだ。

彼女の剣は、四頭目の前肢の付け根を、横から斬り上げた。深くは入らなかった。彼女の体格では、この獣の肉を断ち切るには足りなかった。それは彼女自身が一番よく知っていた。

だから、彼女は深く斬らなかった。彼女は、相手の前肢を、地面につかせなかった。

獣の体勢が崩れた瞬間、エリオの二発が、獣のこめかみに入った。

獣が倒れた。

五頭目は、姿を見せる前に、引き返していった。アレンの探索魔法が、それを追いかけた。獣の足音が、徐々に遠ざかった。

三人とも、しばらく口を開かなかった。

最初に口を開いたのは、アレンだった。

「セリア、お前、四頭目」

「うん」

「斬り殺さなかったろ」

「無理だった」

「じゃあ、なんで踏み込んだ」

セリアは剣を拭いた。拭いてから、答えた。

「エリオの射線を、作るため」

アレンは、それ以上は何も言わなかった。エリオも、何も言わなかった。

ただ、エリオはその夜、寝る前に、自分のスーツのログを開いた。

セリアが踏み込んでから、彼が二発を撃つまでの時間が、〇・八秒と記録されていた。〇・八秒というのは、地球の特殊部隊員でも、初対面の相方とは合わせられない時間だった。

彼は、ログを閉じた。

洞窟、夜、ラーメン

その夜、三人は山肌の小さな洞窟で野営した。

洞窟は、人が三人と荷物を入れるとちょうど一杯になる大きさで、奥が浅く、これ以上中に何かが潜む余地のない、安全な穴だった。アレンが入り口に魔法の結界を一つ張り、それで防備は十分だった。

夕食は、エリオが船から持ってきたインスタントラーメンだった。

アレンは、お湯を魔法で沸かす役だった。彼は石を一つ、適当な大きさのものを拾ってきて、その石をくぼみに見立てて、お湯を沸かした。お湯は、石の上で、空中に丸い形を保ったまま、湯気を立てた。

「魔法って、何でもありなんだな」エリオが言った。

「何でもじゃない」アレンは答えた。「お湯を沸かすのは、簡単な部類だ。火と水と、形を保つ力。三つで済む」

「三つで済む、っていうのが、何でもありなんだ」

「そうかな」

「そうだよ」

セリアは、麺をすすりながら、二人の会話を聞いていた。

「美味しい」と彼女は言った。

「だろう」

「これ、本当に星から運んできたの?」

「運んできた」

「星には、これがあるんだ」

「これと、もっと色々ある」

セリアは、麺を一本、箸の代わりの細い枝でつまんで、しばらく眺めた。

「星に行ってみたい」

エリオは、彼女の顔を見た。

彼女は、軽く言ったわけではなかった。冗談で言ったわけでも、決意を込めて言ったわけでもなかった。ただ、思ったから、言った、という言い方だった。

「行けるよ」とエリオは答えた。

「行ける?」

「私が、また来られれば」

「来られなかったら?」

エリオは、麺を一口飲み込んでから、答えた。

「来られない時のことは、考えないようにしている」

セリアは頷いた。それから、もう一度言った。

「美味しい」

洞窟の外で、夜の鳥が一度鳴いた。

結界の中の三人は、その声を聞きながら、それぞれの夕食を、ゆっくりと終えた。

第四章

魔王城

ゴーレム

魔王城は、城ではなかった。

少なくとも、セリアの知っている城ではなかった。彼女が城という言葉で思い浮かべるのは、石を積み上げた壁と、見張りの塔と、跳ね橋のついた門だった。目の前にあるものは、それらのいずれでもなかった。

白い、と彼女は思った。白い、というよりは、灰色を含んだ白で、それは石でも木でもない素材で出来ていた。建物の輪郭は、人間が建てたとは思えないほど、まっすぐだった。まっすぐすぎて、それは、自然の風景の中で、不自然だった。

エリオは、しばらくそれを見上げていた。

見上げてから、ゆっくりと、息を吐いた。

「これは、城じゃない」彼は言った。

「うん」とセリアは答えた。彼女もそう思っていた。

「これは、私の世界の、ある時代の建築物だ」

「いつの?」

エリオは答えなかった。答える前に、城の入り口の方から、何かが動いた。

低い、地面を擦るような音だった。

出てきたのは、人の半分ほどの背丈の、無機物だった。手足はあった。顔はなかった。顔の代わりに、平たい、楕円形の表面があり、そこに薄い赤の光が一つ、点っていた。

「ゴーレム」とアレンが呟いた。

「いや、これは」とエリオが続けた。「警備ロボットだ」

「ロボット?」

「機械の、人形のような何か。私の世界では、こういうものを、ある時期、大量に作った」

ロボットが、ゆっくりと、三人の方に近づいてきた。

「壊せる?」セリアが聞いた。

「壊せる。でも、壊さないで済む方法があるはずだ」エリオは答えた。「これは、中央のシステムに繋がっている。中央を止めれば、こいつらも止まる」

「中央は、どこ?」

「城の奥」

「奥に行くには、こいつらを通らないといけない」

「そうだな」

ロボットは、もう三体、後ろから出てきていた。

エリオは、銃をレーザーモードに切り替えた。アレンは、杖の先端に光を集めた。セリアは剣を抜いた。三人の動きは、二日前の森の中の戦いの時よりも、さらに無駄が少なかった。

一体目が、アレンの光の網に絡め取られた。

二体目を、エリオが撃った。

三体目を、セリアが、剣の腹で殴り倒した。

「殴ったの?」エリオが、走りながら聞いた。

「中身が機械なら、刃を傷めたくない」

「合理的だな」

「ありがとう」

彼らは、城の奥へ走った。

中央

中央制御室は、思ったより、奥にあった。

城の構造は、エリオの記憶にある古い時代のスペースコロニーの典型的な配置だった。生活区画、機能区画、中枢区画。同心円状に三層になっている。中枢は、最も内側で、最も守られている。

生活区画には、家具の残骸があった。ベッド。椅子。机の脚。布のようなものは、ほとんど風化していた。エリオは、廊下の途中で一度、立ち止まった。

床に、白いものがあった。

骨だった。

一体ではなかった。少なくとも、五体分はあった。彼らは、廊下に倒れたまま、死んでいた。武器を持っていたわけでも、争った形跡があったわけでもなかった。ただ、廊下を歩いていて、そのまま、倒れたように、死んでいた。

「エリオ」セリアが、彼の背中に声をかけた。

「うん」

「これ、人?」

「人だ」

「あなたの、星の?」

エリオは、答える前に、骨の傍にしゃがみ込んだ。骨の脇に、小さな金属の板が落ちていた。彼はそれを拾い、自分のスーツのリーダーにかざした。

数秒後、スーツの中で、アトラの声がした。

「身分証明票です。所属、地球連邦移民船団第三次。地球標準暦では、エリオ様の時代から七十四年前に消息を絶った船団です」

エリオは、息を止めた。

七十四年前。古い遭難記録ではある。だが、八百年という時間ではない。

彼は床に落ちていた端末の残骸を拾い、スーツのリーダーにかざした。

「現地記録を照合します」とアトラが言った。「この施設の稼働開始から、約八百十二年が経過しています」

「……合わないな」

「はい。地球側の経過時間と、この星側の経過時間が一致していません」

エリオは、半開きの扉の奥を見た。

行方不明の理由が、少しだけ形を持った気がした。

エリオは、目を閉じた。

第三次移民船団の名前は、彼の世代の宇宙飛行士なら、誰でも知っていた。出発したまま、帰らなかった船団の一つ。彼らがどこに行ったかは、いくつかの推測があるだけで、誰も突き止めていなかった。

彼は、骨の前で、軽く頭を下げた。

「同郷の人だった」彼は、立ち上がりながら言った。「八百年前に、この星に着いて、ここで死んだ」

セリアは、何も言わなかった。

彼女は、ただ、自分の左胸の前で、片手で軽く何かを撫でるような仕草をした。彼女の村で、死者を見送る時の作法だった。エリオは、それを横目で見て、その作法を心の中で覚えた。

三人は、奥に進んだ。

アリア

中央制御室の扉は、開いていた。

正確に言うと、開けっぱなしになっていた。動力が、扉の機構の半分しか保てていなかった。半開きの扉の隙間から、薄い光が漏れていた。

中に入ると、女が立っていた。

最初に女と認識したのは、アレンだった。次にセリアが認識した。エリオは、最後に認識した。彼が最後だったのは、彼が、それが女ではない可能性を、一番先に検討したからだった。

彼の予想は、半分当たっていた。

女は、人間ではなかった。アンドロイドだった。しかし、彼女は、女でもあった。彼女は、自分のことを、女として作られた、と認識していた。彼女が彼女である限り、彼女は女だった。

「いらっしゃいませ」と彼女は言った。

声は澄んでいた。

「警備システムを、解除されたのは、あなた方ですか」

「いえ、解除はまだしていません」エリオは答えた。「中央を止めに来ました」

「ああ」と彼女は言った。「そうですか」

彼女は、少し笑ったように見えた。笑った、というよりは、笑う動作の輪郭をなぞった、に近かった。

「止めてくださって、構いません。私は、もう、誰も守るものを持ちません」

沈黙が、部屋に降りた。

沈黙の長さを、エリオは正確に測った。一・四秒だった。一・四秒の沈黙は、人間の会話の中で、相手が何かを言いそびれている時の長さだった。

「ここに、何人いたのですか」彼は聞いた。

「最初は、三千二百四十七人でした」

「最後は」

「最後の一人は、私が看取りました。三百四十二年前です」

彼女は、そこで一度、息を、吐くような動作をした。アンドロイドに息は要らなかった。彼女がその動作をしたのは、人間がそうするからだった。彼女は、人間と暮らした記憶の中から、その動作を選んだのだった。

「私は、それから、この部屋で、ずっと、待っていました」

「何を、待っていたのですか」セリアが聞いた。

彼女は、セリアを見た。見て、少し首を傾げた。

「分かりません」と彼女は言った。「待っていた、と言うのが、正しいかどうかも分かりません。ただ、停止することができなかった、というのが、たぶん、一番正確な表現です」

「停止できなかった、って」

「最後の人間が、私に、停止しないでくれ、と言いました。一人で死ぬのは寂しいから、君だけは、最後まで起きていてくれ、と」

「その人は」

「もう、いません」

「でも、あなたは、起きている」

「はい」

彼女は、もう一度、笑う動作の輪郭をなぞった。

「命令の解除を、誰にお願いしたらいいのか、私には、分かりませんでした」

セリアは、しばらく、彼女の顔を見ていた。

見てから、ゆっくりと、彼女の前に歩み寄った。

「解除します」

「あなたが?」

「私が」

「あなたには、その権限が……」

「権限なんて、知らない」セリアは言った。「あなたを、それから、解放する人が、誰もいないなら、私が解放する。あなたは、これ以上、ここにいなくていい」

アンドロイドは、しばらく、セリアの顔を見ていた。

見てから、彼女の体が、わずかに、揺れた。

揺れた、というのは、彼女の駆動系の出力が、一瞬、不安定になったからだった。それは、人間で言えば、膝が崩れる、に近い現象だった。彼女は、膝を崩した。崩した姿勢のまま、彼女は、セリアを見上げた。

「ありがとう、ございます」

彼女の声は、最初に挨拶した時と、同じ声だった。

同じ声だったが、何かが、違っていた。

セリアは、彼女に手を差し伸べた。

「立てる?」

「立てます」

「名前は?」

「持ちません。ID番号はありますが、それは、名前とは、違うものだと思います」

セリアは、エリオを見た。エリオは、少しだけ笑って、頷いた。

「アリア」とセリアは言った。「私の好きな歌の名前。あなたに、合うかも」

アンドロイドは、その名前を、口の中で一度繰り返した。

「アリア」

「気に入った?」

「気に入る、というのが、何かは、まだ、よく分かりません。ただ、その名前で呼ばれることを、私は、希望します」

「じゃあ、それで」

セリアは、彼女の手を取って、立たせた。

立った彼女の背は、セリアより、少しだけ高かった。

金属を取り出す

ザイタニウム二三五は、城の最深部、原子炉の冷却フィン素材として使われていた。

アリアは、原子炉の停止と、フィンの取り外しを、手際よく指示した。原子炉は既に低出力で稼働しており、停止には半時間ほどかかった。その半時間の間、エリオはアリアと話をした。

話したのは、技術的なことだった。

ハイパードライブの構造。ザイタニウム二三五の純度。位相のずれの原因。アリアは、エリオの想定よりも、ずっと多くのことを知っていた。八百年の間、彼女はずっと、自分の中の知識を整理し、再整理し、また整理し直してきたらしかった。

「エリオ様」と、半時間の終わり頃、彼女は言った。

「うん」

「お願いがあります」

「何でも」

「私を、連れて行ってください」

エリオは、彼女の顔を見た。

「ここに、残りたくないか?」

「ここには、私を必要とする者は、もう、いません」

「私の船にも、君の役割は、ないかもしれない」

「役割が、必要ですか」

エリオは、その問いに、答えなかった。

答えないことが、答えだった。

セリアが、横から口を挟んだ。

「エリオ。連れて行ってあげなよ」

「うん」

「役割なんて、後で見つかる」

「そうだな」

彼は、アリアの方を向いた。

「アリア」

「はい」

「一緒に来てくれ」

彼女は、深く、頭を下げた。

頭を下げた角度は、人間で言えば、深すぎる角度だった。深すぎる角度は、彼女が、人間の作法を、人間が想定する以上に正確に、しかし人間の感情の機微を、まだ習得していないことを、示していた。

彼女は、その後、八百年ぶりに、自分が立っている部屋から、外に出た。

外に出る扉の前で、彼女は一度、立ち止まった。

立ち止まって、振り返って、しばらく、自分が八百年いた部屋を見つめた。

それから、何も言わずに、扉をくぐった。

第五章

帰る、ということ

村への帰還

村に戻った時、村は何も変わっていなかった。

変わっていない、ということを、セリアは、初めて、ありがたいと感じた。

八百年、と彼女は思った。八百年の間、誰かが、誰もいない部屋で、命令を解除されるのを待っていた。彼女は、その時間の長さを、想像しようとして、すぐに諦めた。想像できない長さがあると、知ったことだけで、彼女には十分だった。

長老は、四人を、火のそばに座らせた。

四人、というのは、エリオ、セリア、アレン、そしてアリアだった。

アリアは、村人たちの視線の中で、少しだけ困惑していた。困惑、という感情を、彼女は最近覚え始めていた。覚え始めた感情を、彼女は、まだ、隠せなかった。

「こいつは、何だね」と長老は、エリオに聞いた。

「人間ではありません」

「ふむ」

「私の星の、古い時代の技術で作られた、機械の人です」

「機械の、人」

長老は、その言葉を、口の中で何度か転がした。

「機械が、人になれるのか」

エリオは、答えなかった。

セリアが、答えた。

「なれます」と彼女は言った。「アリアは、私が解放した時に、ありがとう、と言いました。命令で言ったんじゃありません。本当に、ありがとう、って言いたくて、言ったんです。それは、人だと、私は思います」

長老は、しばらく、セリアを見ていた。

見てから、頷いた。

「お前さんが、そう言うなら、そうなんだろう」

それで、話は終わった。

村の長老の判断というのは、いつも、こういう速さだった。理屈ではなかった。長老が、誰の言葉を信じるか、というだけの問題だった。長老は、セリアを信じた。それで、アリアは、村に受け入れられた。

一週間

一週間の間、エリオは船の修理に没頭した。

没頭、という言葉が、これほど正確に当てはまる時間は、彼の人生で、そう多くはなかった。彼は朝早く船に入り、夜遅くまで作業した。アリアは、ほとんどの時間、彼の隣にいた。彼女は、八百年の間に蓄積した、彼の知らない技術の細部を、惜しみなく、彼に渡した。

セリアとアレンは、その間、自分たちの仕事に戻った。

セリアは、村の見回りに出た。アレンは、村の子供たちに、簡単な魔法を教えた。教えながら、彼は時々、空を見上げた。空を見上げた後、彼は、いつもより少しだけ、子供たちに優しかった。子供たちは、その優しさの理由を、知らなかった。

七日目の夕方、修理は終わった。

エリオは、船の前で、しばらく立っていた。

立っていることに、特に意味はなかった。ただ、終わった、という事実を、自分の中で消化するのに、立っている時間が必要だった。

セリアが、村の方から歩いてきた。

「終わった?」

「終わった」

「明日?」

「明日」

セリアは頷いた。それ以上は、何も聞かなかった。聞かれなかったから、エリオも、何も言わなかった。

二人は、しばらく、船の前で並んで立っていた。

「アトラ、って」セリアが、ふと聞いた。「あなたの、機械の、人?」

「人ではないかな。アリアとは、違う」

「どう違うの」

エリオは、少し考えた。

「アトラは、自分のことを、人だとは、思っていない」彼は答えた。「アリアは、たぶん、自分のことを、人だと思い始めている」

「そう」

「そう」

セリアは、空を見上げた。

「あなたの星も、同じ空の下にあるの?」

「同じ空、ではないな」

「違うんだ」

「でも」エリオは続けた。「同じ宇宙の中にある」

セリアは、その答えを、しばらく咀嚼した。

咀嚼してから、笑った。

「同じ宇宙、っていうの、いい」

「いい?」

「うん。同じ空、よりは、ちょっと遠い感じがするけど、でも、同じ、なのが、いい」

彼女は、それからもうしばらく、空を見ていた。

空には、星が、出始めていた。

帰還

出発の朝、村のほとんど全員が、集まっていた。

見送りの口上は、長老が、短く済ませた。長老は、長い口上を述べる人ではなかった。

「気をつけて行け」

「はい」

「また来い」

「来ます」

それで、長老の役目は終わった。

セリアは、船のタラップの前で、エリオの前に立った。

彼女は、何かを言おうとして、すぐには言えなかった。

「ありがとう、を、言うの、変かな」

「変じゃないよ」

「私たち、何かしてあげた?」

「沢山してくれた」

「具体的には?」

エリオは、笑った。

「私を、孤独にしなかった」

セリアは、その答えに、しばらく黙った。

黙ってから、彼女は、自分の腰の剣を、すっと抜いた。

抜いた剣を、柄を前にして、エリオに差し出した。

「これ」

「いや、それは」

「貸す。返しに来て」

エリオは、彼女の顔を見た。

彼女の顔は、笑っていなかった。彼女は、本気だった。本気で、自分の剣を、彼に貸そうとしていた。

「これ、お父さんの剣じゃないのか」

「だから、貸すの。返しに来ないと、困るでしょう」

彼は、しばらく、剣の柄を見ていた。

見てから、両手で、それを受け取った。

「必ず返す」

「うん」

「必ず」

「分かった」

アレンが、横から口を挟んだ。

「俺は、何も貸さないからな」

「アレンは、何があるの」セリアが聞いた。

「予備の杖」

「貸せばいいじゃない」

「俺の予備は、俺のものだ」

三人は、笑った。

アリアは、少し離れた所から、その様子を見ていた。

見ていて、彼女は、自分の中に、新しい感情の輪郭が、また一つ、生まれるのを、感じた。

彼女は、その輪郭に、まだ、名前を持たなかった。

名前を持たないまま、彼女は、その感情を、自分の中に、しまった。

船は、夕方、村を発った。

村人たちは、船が空に上がっていくのを、最後まで見ていた。最後、というのは、船が見えなくなるまで、ではなく、船が見えなくなった後、もうしばらく、空を見続けていた、という意味だった。

空に、星が、また出始めていた。

セリアは、エリオに渡した剣の、自分の腰の、その剣のあった場所に、片手をかけた。

剣はなかった。

剣はなかったが、彼女は、しばらく、その場所に、手をかけたままにしていた。

「アレン」

「うん」

「あの人、また来るかな」

アレンは、答えるのに、少し時間をかけた。

「来る」と彼は言った。

「どうして分かるの」

「あいつ、お前の剣を持っていった」

「うん」

「だから、来る」

セリアは、もう一度、空を見上げた。

空には、もう、彼の船は、見えなかった。

見えなくなったのに、彼女は、しばらく、見上げ続けていた。




初の小説です。難しいです。改ページがわからない。

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