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ヒモと社畜な同居人!

作者: 夏川雛

 私は空っぽである。人という生き物は"自分"というものを持つのに大層時間のかかる生き物だが。私は特に時間のかかる生き物らしい。

 私は今日も食って寝て食って寝て、たまに外へ食料確保と散歩に出かけるだけである。

 私の同居人が今日は一段と暑いし、同僚がウザいと言っていたが、今のところ私には関係ない。

 何故なら私はヒモのニートだからである。

 因みに今日の予定は、クーラーの効いた部屋で、同居人が帰ってくるまで昼飯すら食べず、ひがなダラダラと過ごすだけだ。

 最近、忙しいだとか、不景気だとか、上司がスケベェだとか、愚痴ばかり呟いている同居人だが。それでも毎日せこせこと仕事へ向かうのだから全くわけがわからない。

 まぁ、金なし暇なし彼氏なしの同居人にいつまでも寄生して、仕事もしないヒモが言えたことではないが。

 まぁともかく、同居人帰ってくるまで私は暇なのだ。

 やることは精々飲みかけのビールをちびちび舐めてみるとか。ちょっと部屋の中で運動するとか、そんな所だ。

 そんなこんなで部屋の中を考え事をしながらうろうろとしていると。ふと床に散らばったチラシが目に入る。

(新作パンケーキ...)

 どうやらこの家の近くにある喫茶店で、新作のいちごパンケーキがメニューに加わるらしい。

(これは行かねば!)

 私は思い立ったが吉日と言わんばかりに、すぐに家を出て喫茶店の方へ飛んでいく。

 開店前だというのに喫茶店には大量のご婦人方が並んでいる。私は期待を胸に、心の中でご婦人方に挨拶を済ませておく。決して実際に挨拶などしない、だってヒモだし。

「今日は本当に暑いですねぇ奥さん」

「そうですねぇこうも暑いと冷たいものが食べたくなりますよね」

「そうですねぇ今日の晩ご飯は冷やし中華にしましょうか」

「それもいいですね」

「ん?あら」

 ご婦人方の雑談に耳を傾けつつ開店時間を待つ。

 やがて開店時間になると、まるで濁流のような勢いで店の中へとなだれ込んでいくご婦人方。いや、濁流なんて生まれてこの方見たこともないけれども。

 私もそれらに倣い店内へと入ってゆく。

 店内は人でいっぱいだが、設置されたエアコンの冷たい空気が心と体を冷ましてくれる。まずはどこに行こうと店内をうろついていると、一つだけ空いている席があった。その席の対面に座るのは、中々にスイーツが好きそうな若い女の子である。ふむ、ここは一人でスイーツを食べる可哀想な女の子の為に、私が対面に居てあげようと非常に勝手な妄想をしつつ、その女の子の前の席へと座る。勿論断りなど入れない、ヒモだから。

 女の子はどうやら本に夢中で、どうやら私のことには気付いていないようだ。 文学少女......ありだな。

 くだらないことを考えながら女の子の顔を眺めていると、やがてスイーツが運ばれてきた。

 やはりこの子が頼んだのは新作のいちごパンケーキ。ぱあっと顔を輝かせながら本をしまう女の子を見ていると、何だか心が浄化されるようだ。

 さすが今時のナウでヤングな女の子、表情一つ一つが「マジ尊い」って奴だ。同居人もよくスマホで美少女のイラストを見ながら、尊いだか、マジ天使だとか呟いていたが、その気持ち、ほんのりわかったような気がする。

 そんなこんなで、幸せそうな女の子の顔を見ているとふと女の子がこちらを向いた。

「えっ」

 女の子の表情がふっと驚きに変わる。

 なんだ、私はずっと居たが?気付くの遅くない君?そんなことを考えていると。ふと私の目の前にハエが通り過ぎる。

「パシンッ!」

 急に現れた女の子の手に私は思わず飛び退く。

 おそらく私の目の前に居たハエを潰そうとしたのだろうが、怖い。主にスピードが、文学少女だと思っていたけれど、えっもしかして案外スポーツ女子だったりする?えっヒモ怖い。

 なんてのんきに考えていると、またハエが私の前を通っていく。あっヤバッとか思っていると案の定やってくる女の子の両手。

「パシンッ!」

 とさっきよりも至近距離での猫だましを食らった私は、そそくさと退散した。あぁー怖かった、最近の子怖いよ、無言でねこだましだもん。まぁ女の子なんて家の同居人と近所のご婦人以外あんまり知らないけど。

 対して食事も出来ずに帰ってきた私は、家にたどり着くなり部屋の床にへばりつき、だらっと体を休める。

 あーおなか空いたなーとかどうでもいいことを考えていると、ふと玄関の方からガチャガチャとノブを回す音がする。同居人が帰ってくるには随分早いが、泥棒とか強盗?か何かだろうか。

 玄関のドアが開く音がして、同居人が雄叫びのような声を上げながら部屋に入ってくる。

「ハハッッ! ついに! ついに辞めてやったぜあの会社! 今日から私は自由だ!」

 同居人よ、社会の歯車から一時解放されて嬉しいのだろうが、隣人から翌日クレームがきても私は知らんぞ。まぁともかく、同居人が長く家に居るようになったのは実に喜ばしいことだ。私も三食ちゃんと食べれるようになるし。

「ん?」

 ともかくいままで流されながら生きてきたであろう同居人が、自分の意思で会社をやめれたということは、ようやく自分を持てるようになったということだろう。

 そろそろ私も、食って寝て食って寝る生き物から脱して自分を持てるようになりたいものだなぁ。

「うわ蚊じゃん! この!」

 うん同居人、感動的な雰囲気の中私を潰そうとするな。確かに私、蚊だけど。人間の血を吸って寝て、吸って寝るぐらいしかできない生き物だけども。あぁ、来世は人間になりたいなぁ。

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