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#6 父の夢と目覚め

……






 少し強い風が吹いて、開いていた本のページが風で捲られる。

なびいた髪が顔にかかり鬱陶しく視界を邪魔してくる。

髪をかき上げ、途中まで読んでいた本を閉じ空を見上げる。


 木々の葉の隙間から、穏やかに雲が流れる空の水色が目に広がる。

どこまでも透き通るような無辺の景色、どこまでも終わりの見えない広大な天上の世界に引き込まれそうになる。

空をただぼーっと眺めていると、とても落ち着いて、ずっとこうしていたいようなそんな気分になる。


「……………………。」


 家の庭にある小岩に背を預けるように地面に腰掛け、静かに空を眺める。

 家の中から笑い声が聞こえてきた。

窓から見える部分だけだと中の様子は確認できなかったのでそれとなく想像してみる、何か楽しい会話でもしているのだろうか。

私がそこにいたら、今みたいに皆も、そして私も、笑っているんだろうか。

心の中に空いた小さな穴に冷たい風が流れるような感覚がし、顔をしかめる。

考えるだけ無駄だろう、そう思い再度頭を小岩にあずけて空を見上げる。


「……………………よいしょ。」


 ここにいてもまた談笑が聞こえてきそうだったので、立ち上がり、スカートに付いた砂をはたき落とす。

どこに行こうかと考えながら歩きだそうとしたところで、家の扉が開いた。


「それじゃあセレス、行ってくるね。」


「ええ、ダン、気をつけてね。いってらっしゃい。」


 父のダンが冒険者用の格好で荷物を抱えて出てきて、義母のセレスさんに挨拶と抱擁をした。

どうやらこれから仕事に行くらしい。

そういえば昨日食事中にお父さんが話していた気がする。


「エルネ、セローネとモネを見てあげてね。」


「うん。パパ、いってらしゃ~い!」


「パ~パ~!」


「……。」


 お父さんはそれからエルネに下の妹二人の面倒を見てあげるよう声をかけた。

エルネは元気よくそれに返事をし、セローネは寂しそうにお父さんを呼ぶ。

セレスさんに抱えられているモネはいつも通り静かに様子を見ている。


「ごめんねセローネ。帰ったらたくさん遊ぼう!」


「うぅ~……。」コクリ


「うん、いい子だ。よし、あとは………………あっ。」


「っ!」


 お父さんはセローネとの会話を終えると何かを探すように辺りを見回した。

その様子を庭からなんとなく眺めていた私をお父さんが目に止めると声をあげる。

お父さんと目が合い、少したじろいでしまう。


「…………セラ。」


「な、なに……お父さん。」


お父さんが私の方へ近づき、名前を呼ぶ。

私はつい目を逸らして返事をする。


「あ~、えっと……昨日話したと思うが、これから仕事に行ってくるよ。今回は3日ほど掛かるから、その、妹達のこと、よろしくな。」


「え、あ……う、うん。気をつけてね……。」


3日も家を空けるとは聞いてなかった。

昨日話していたのかもしれないが、黙々と食事をしていたためあまり頭に入ってなかった。


 いつからか私とお父さんの会話はとてもぎこちないものになっていた。

きっと、塞ぎ込む私をどう扱えばいいのか分からないのだろう。


「セラ…………その、もうすぐお前の誕生日、だったよな。」


「え……?あ、あぁ、そう、だった……かな……。うん。」


自分の誕生日なんて考えてもいなかった。

というより私の誕生日は同時に母の命日でもあったので、正直、考えたくなかった。


「……帰ってきたら渡したい物があるんだ。あ~……それじゃあ、行ってくるよ。」


「え、う、うん……?い、いってらっしゃい……。」


そう返事をすると父は少しだけ笑顔を浮かべた後、踵を返し村の門の方へ向かっていった。


 渡したい物とは何なのか、お父さんは詳細を口にしなかったが、誕生日の話なのだからプレゼントなのだろう。

驚きもあったが、私に…………?という疑問が正直な気持ちだった。

 モネが生まれてからは会話する時間は今まで以上に減って、お父さんは私のことはもう見てくれていないと思っていた。

そんな風に思っていたのは私だけで、お父さんは今も私のことを気にかけてくれていたのだろうか。


 その後、なんだかいたたまれない気持ちになったので庭を出て行く宛もなくぶらぶらと村の中を歩いた。





 それから3日後、私達の元に帰ってきたのは"父が殺されてしまった"という知らせだけだった。

私は結局、お父さんが渡したかった物を受け取ることはなかった。




―――――――――――――――――――――――――――








 目を覚ますと、いつもの見慣れた宿のボロボロの天井ではない、傷んでいない小綺麗な天井が見えた。

意識が覚醒しておらず、自分の状況が上手く理解できていない。


(あぁ、えっと、どこだ……ここ……。なんで寝て……?)


何か、夢を見ていた気がするが何の夢だったか……。


「う、う~ん……まあ、いいや……。起きよ――いっっ……!!」


上手く思い出せないのでそのまま忘れることにして、起き上がろうとすると体に痛みが走る。


「いてててて……。そうだった…………確か、オークと戦って倒して、え~っと…………。」


 徐々に自分が気を失う前の記憶が蘇ってくる。しかしその後の記憶がない。

オークを倒して気を失った後、通りがかった誰かが助けてここまで運んでくれたのだろうか。

確か"緊急伝達の笛"を吹いたような気がするが、記憶が朧げだった。


(誰か分からないけど、感謝しないと。あのままだと本当に死んじゃってたかもしれない……。)


動こうとすると体が酷く痛むので、諦めてそのままベッドに背をあずけ、部屋の中を見渡す。

どうやら療養所の個室に置かれているベッドに寝かされているようだ。

ベッドの側には椅子が一つとランプの置かれた机がある。

窓の方を見ると少しだけ開かれたカーテンの隙間から日が差し込んでいた。


(日が昇ってどれぐらい経ってるんだろうか、というか、気を失ってから何日寝ちゃってたんだ・・・?)


「はぁ~……一応、オーク……倒したんだよね。でも、こんなにボロボロになってしまうとは……。」


オークの喉を貫いて息絶えるところは間違いなく覚えている。

私の実力を考えれば苦戦は必至だったのは理解しているが、オーク1体にここまで満身創痍になるとは……と少し落ち込んでしまう。


ぐぅぅうぅぅ~。


「…………お腹へった。」


唐突にお腹が鳴り、そういえば討伐に向かった日も結局何も食べなかったなということを思い出した。

いったい何日食事していないのだろう――などと考えていると、扉をノックする音が響いた。


「エメラさん~失礼しますね~って、あら!起きたんですね!」


「あ…………は、はい。」


扉が開くと女性が入ってきた。

服装からして、この療養所の看護師だろうか。

看護師は私がまだ眠っているものだと思っていたらしく、私と目が合うと驚いたように声を上げた。


「良かった~!あ、喉乾いてますよね!それにお腹も空いてるでしょう、用意してきますね!」


「は、はぃあっ…………ま、まあいっか。」


看護師は勢いよく捲し立てた後、私の返事も聞かずに部屋を出ていった。

ちょうど空腹で何か食べたかったので助かった。


それから少し経った頃、再び看護師さんが食事を用意して戻ってきた。


「お待たせしました~!簡単なスープですが、早く良くなるためにもしっかり食べてくださいね~。」


看護師がお盆に載せた食事をベッドの隣にあるテーブルに置く。

そういえばどうやって食べよう……体痛くて起き上がるの結構辛い。


「はい。どうもありがとうございます。あ、でも……。」


「まだ動けませんよね。大丈夫ですよ~私がお口に運びますので!」


「えっ?!い、いえ、痛くはありますが…………。」


最初から看護師が食べさせるつもりだったのか、私の言葉に分かっていたように返す。

誰かに口に運んでもらって食べるという食べ方をした経験がないので、少し遠慮したくなったが他に方法もなかった。


「お気になさらず!それじゃあほんの少しだけ体傾けますね~。」


「あ、はい……。」


そういうと看護師は私の私の頭を持ち上げ、間に枕を挟み込んだ。

少し痛みを感じたが、この体勢なら食べやすい。


「痛みはないですか~?」


「あ、はい。大丈夫です。」


「それじゃあ、薄味ですが我慢して食べてくださいね!」


 看護師の言う通り食事は薄味だったが、お腹が減っていたためかとても美味しく感じた。

それから完食した後、看護師は食べ終えた皿を片付けるために部屋を出ていった。


「ふぅ…………。」


 傾けていた体勢を戻し再びベッドに寝転がり、ぼーっと天井を眺めながらゆっくりしていると、再びドアがノックされた。


ドアが開き、入ってきたのはケレンさんだった。


「エメラッ!あぁ~……ほんとに良かった!」


 ケレンさんは私の顔を見ると、安堵したように声を上げこちらに駆け寄ってきた。

 いつも気怠そうにしているケレンさんがここまで感情を表に出すのは珍しく、とても心配してくれていたのだな、と申し訳無さと嬉しさが同時にこみ上げてくる。


「ケレンさん、来てくれたんですね。すみません……ご心配をおかけしてしまって……。」


「本当に心配したわ……!!療養所に運ばれたって聞いて飛んで来た時にはボロボロの状態で…………見つかった時には死にかけていたって聞いて死んでしまうんじゃないかって……!」


そう話しながら、ケレンさんの目には涙が溜まっていて今にも零れそうになっていた。

そんな姿を見てしまって、さすがに無理をしすぎたかもしれないと反省する。


「ケレンさん……本当に、ごめんなさい…………。」


「まったく…………ほんとに、どれだけ無茶したのか……反省しなさい……!」


「はい……。」


「はぁ、目が覚めてくれて本当に良かったわ……。その様子だと大丈夫そうね。」


ケレンさんは少し落ち着いた後、側にあった椅子に腰掛ける。


「はい、まださすがに体は痛みますが……。」


この調子なら遠くないうちに復帰できそうだと思う。

死にかけの状態からここまで回復できたのは治療してくれた術師が良かったのかもしれない。


「そういえば、私、気を失ってからどれぐらい寝ていたのでしょうか?」


「えっと、あなたがここに運ばれてきてから……3日は経ってるわ。」


「3日……!そんなに経ってたんですね……。」


3日間ずっと眠ったままだったのか。

それだけ体の状態は良くなかったのだろうか、深く眠りに付いていたためそれだけの時間が経った感覚がなかった。


「そんなにどころか、お医者さんにはもっと長い時間眠ったままかもしれないなんて言われてたのよ!」


「えっ……!」


「何とか命を繋ぎ止められたのは、あなたを見つけた回復術士の治療のおかげだって言ってたわ。あなた、本当に危険な状態だったのよ!」


「そそそ、そうなんですね……!すみません……。」


「はぁ……。あなたがここまで早く目を覚ませたのはその回復術士の腕が良かったからでしょうね。なんせ、"大賢者"の娘であるルワナ・マルグリトンなのだから。彼女のパーティに見つけてもらって本当に良かったわね。」


「ルワナ……マルグリトン……って、えっ!?あの!?………………って、え……あれ……?」


「そうよ~。あの有名な……ってエメラ?どうしたの?」


(あれ、待て、待て待て待て……。ルワナ・マルグリトンって、あの……パーティの………………。)


 頭から一気に血の気が引いていくのを感じる。

 ルワナ・マルグリトンはこの国の英雄の一人"青の大賢者"メレオラ・マルグリトンの娘で、母親と同じ卓越した回復魔法の使い手で近い将来"賢者"の一人として名を連ねるだろうと言われている期待のルーキーの一人だ。

 そんな彼女が所属しているパーティは、ルワナのような優秀な才能を持ち将来を期待されたメンバーが集まった今この国で最も注目を浴びているパーティで、その中にはあの"剣姫"――エルネが所属していた。


(ルワナ・マルグリトンが私を見つけたってことは、その場にはエルネもいたはず……。てことは…………エルネに見つかってしまったって……こと……。いや、まだその場にエルネがいたという確証はない。いやでも回復術士のルワナさんが一人で行動するとは思えないし、パーティメンバーも同行しているはず……。)


「エ、エメラ?どうしたの?さっきから黙り込んで……大丈夫?顔色悪いわよ……?」


「っ……!?す、すみません!ち、ちなみにルワナさん以外の他のパーティメンバーもいました……?」


「え?他の……?あなたを発見した時の様子は分からないけど、ギルドへ報告に来た時は全員いたわよ。」


終わったーーーーーー。

完全に見つかってしまった。

汗がだらだらと大量に流れ始める。


(や、やばい……ギルドで鉢合わせなければ大丈夫だと思っていたのに、まさかこんなタイミングでエルネに見つかってしまうなんて……。どどどどどどうしよう……いや……どうしようって何かできるのか……?…………………………もう考えるのやめよ…………。)


「すみませんケレンさん、私、ちょっと具合悪くなってきたので……寝ますね…………。」


「えぇ!?大丈夫なの!?看護師さん呼んで来たほうがいい!?」


「い、いえ、そこまでではないので……すみません、少し休みます……。」


「そ、そう……?分かった、流石にまだ本調子とはいかないわよね……。それじゃあゆっくり休んで!私は仕事に戻るわね。」


「はい。ケレンさん、来ていただいてありがとうございます。」


「ふふ。いいのよ。それじゃあまた。」


「はい、また。………………………………はぁ。」


挨拶を交わすとケレンさんは部屋を出ていった。

静かになった部屋にため息が響く。

もはや、こんな状態では何を考えても仕方ないと諦め再び寝ようと目を閉じた。



――――



翌日。

昼時のお腹が空きだした頃に再度ケレンさんがやってきた。


「体調は大丈夫?昨日は顔色ほんとに酷かったわよ。」


「えぇ、あれからたくさん寝たので良くなりましたよ。」


良くなったというより開き直ってしまった。

今の状態では出来ることも無く、良くない状況になったらもうその時になんとか対応するしかないなと考えていた。


「そう、よかった。あ、そうそう今日はあまり長居出来ないからすぐ帰るんだけど、一つ連絡があるの。」


「連絡?なんでしょうか。」


「あなたが受けたオーク討伐依頼は達成されたことになったから。退院した後ギルドに来てくれれば、報酬払うわよ。」


報酬……すっかり忘れていた。

こんな状態とはいえ、オークを討伐したことには変わらないのだ。依頼達成という扱いになってくれてよかった。


「そうでしたか、まあ確かに、オークを倒したのは間違いないですから。よかったです。」


「ええ。Dランク討伐依頼初達成、おめでとう。」


「ふふふ。ありがとうございます!」


「嬉しそうね~。じゃ、そういうことだから。私はもう戻るわね。」


「はい、また!」


ケレンさんが退室し、部屋が静かになる。


「……今更だけど、そういえば討伐依頼達成したんだ。ふふ、頑張ったなぁ。ボロボロだけどね……もっと頑張らないと。」


それから、退院してからの依頼や修行のことなどの先の予定を考えていると、ドアがノックされた。


コンコン――


「!」


(ん?ケレンさんかな……忘れ物でもしてたかな?)


周りを見渡すがケレンさんの持ち物らしき物はない。

看護師が来たのかと考え返事をする。


「どうぞ~。」


ガチャ


「…………え――――――――――。」


開かれたドアから入ってきた人物を見て、言葉を失ってしまった。

白金色の髪、切れ長の目に浅葱色の綺麗な瞳、顔つきが以前より大人びたように感じるが、学園を卒業してから3年、久しぶりに見るその人物は間違いなく私の妹、エルネだった。


「……久しぶり、姉さん。」






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ついにエルネと再会します。

結構書いてる気がするんですが、まだ6話目なのか~って感じです。


更新はスローペースだと思うのでふと思い出した時にでも読んでいただけると嬉しいです。

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