#5 勇気のおまじない
今回も少し長くなりました。
……
森から逃げ出してから、私はいつもの修行場へとたどり着いていた。
街を出て少し離れたところにある大岩の裏側。
昔、師匠が修行をつけてくれる時は必ずここに来ていた。
師匠が去ってからもこの場所は私の修行場となったままだ。
ここは街から繋がる道路から外れた位置にあり人が滅多に来ることが無いので、気分が落ち込んでいた時などよくこの場所でただ座って景色を眺めていた。
特に行先など考えていた訳ではないが、自然とこの場所を目指して走っていた。
大岩に背を預けながら地面にへたり込む。
腰を下ろすと全身からぐったりと力が抜ける。
「……………………。」
目の前の景色を静かに眺めていると、修行をしていたころの情景が目に浮かんだ。
私は槍を構えてひたすらそれを振るって、師匠は今の私の隣に座って練習する私を見てあれこれ指摘したりよく分からない魔道具を手慰みにいじくっていたり……。
もう2年も前のことで、何だかとても懐かしく感じる。
あの頃の私は必死だった。それは今も変わらないけど、もっと希望に満ちていた気がする。
そんな情景とは対照的に今の私は酷いものだ。
最低な人間達に何も言い返せず逃げ出して、やけになって向かった討伐依頼も結局恐怖に負けて逃げ出して、師匠からいただいた槍もその場に置いてきてしまった。
(あぁ、そうだ。槍は戻ってくるんだった。)
槍を自分の中に収めるように念じ、『ルルキウェル』と唱えると黒い槍が姿を現した。
「……ごめんなさい。置いてきてしまって。」
槍の柄を優しく撫でる。
こんな醜態ばかりで、私に槍を与えてくれた師匠に合わせる顔がない。
「………………………………。」
最悪の気分だ。
師匠と別れてからも自分なりに精一杯頑張ってきたし、この数年でそれなりに成長はしていた。
それでも、これが今の私なのか……。
21歳、普通の冒険者ならCランクやBランクに上がって国内国外関係なしに色んな場所で活動できるような年齢だ。
そんな歳になっても未だに大したこともできず、燻り続けている落ちこぼれ。
片や妹達は瞬く間に才能を開花させ、"稀代の天才三姉妹"と呼ばれ世間から高い期待と称賛を得ていた。
ムーゲルにいる私にも妹達の活躍は聞こえてきていた。
あの子達が私と同じ年齢になるころには国の英雄と呼ばれるような存在になっているかもしれない。
落ちこぼれと天才、小石と宝石。
妹達と自分を比較なんてしたくない。
それでも、嫌だと分かっていても、自分のことを考える度に妹達のことが頭に浮かんでしまう。
周りの目は露骨で、向けられる目線が妹達に対する劣等感や嫉妬心を抱かざるを得なくさせた。
「………………はぁ…………。」
気持ちを落ち着かせるように息を吐き出しながら、遠くの景色をぼーっと眺める。
いつもは晴天の空の中、雲がゆっくりと流れていくのを眺めるのはとても心地が良かったが、今日はそんな心地よさは微塵も感じなかった。
何も考えないようにすればエルベイン達の言葉がぶり返してきてしまう。
『さすがに2度も痛めつけられりゃバカなお前でも自分が無能だってさすがにわかるよなぁ。』
『どうせ冒険者続けても惨めに殺されるだけでしょ!さっさとやめて娼婦にでもなったらぁ~?』
『お似合いだと思いますよ。ふふふ。』
「っ………………ああーーーーーーーー!!!!!!!」
視界が滲み嗚咽が漏れそうになり、纏わりつく言葉を吹き飛ばすように叫んだ。
それでも頭は空っぽになってくれず、彼らの顔や言葉が脳裏に浮かんでしまう。
「クソォ……!!!」
力なく大岩にしな垂れかかる。
「……………………………………あー。」
(ハハ……。娼婦ね……。確かに私にはお似合いかもね…………。)
あんな奴らに好き放題言われたのに、何も言い返せなかった。
直視したくない現実とはいえ、私に才能がないことぐらい、とっくの昔に知ってた。
あのパーティの人間や妹達なら簡単に討伐できるような魔物から私はみっともなく逃げ出した。
何も出来なかった自分に対して苛立つというよりも呆れのような諦めのような空虚な感情が生まれる。
自分のことを省みる、私はこのままでいいんだろうか?
自身へ問いかけてみれば、彼らの言ったことがそのまま答えとして帰ってくる。
周りより劣ってる私がこのままズルズルと冒険者を続けて、何ができるんだろう・・・。
いつかあっけなく魔物に殺されてしまうかもしれない。
そうじゃなくても今の私が冒険者を続けた将来、いったい、何が残ってるんだろう・・・?
「………………………………うぅ。」
考えたくなかった。
考えないようにしていたことが、彼らの言葉が思考から剥がれてくれない。
淀んだ負の感情が溜まったドロドロの沼に、思考が沈んでいく。
もういっそのこと、娼婦にでもなって仮初でも私を求めてくれる人達に縋って生きた方がマシなんじゃないだろうか。
「…………うぅ………………ぅぅぅ…………あぁぁ……………………!!」
心がぐずぐずに溶けていく。
せき止めていたものが決壊し、涙があふれ出る。
顔がくしゃくしゃに歪む。
マシ…………?
そんな最悪の未来でいいのか…………?
私にはそんな未来しかないのか…………?
「ああぁぁぁあぁぁぁぁ…………!!!」
絶望的な気持ちが充満する。
喉が張り裂けるほどに声が吐き出される。
夢は日に日に遠のいていくように感じた。
叶えたいという意欲が次第に焦りで染められていった。
鍛えれば鍛えるほど、自分の弱さを思い知ってしまうような気がした。
挑戦すれば、現実を叩きつけられるんじゃないかと思った。
私は夢を叶えられるんだろうか。
周りの目を見ればその答えを知ってしまうような気がした。
「あぁぁぁあぁぁ!!!ううぁあああぁ…………!!!」
諦めてしまった方が楽なんじゃないか、幸せなんじゃないかと何度も考えた。
怖くなって色んなことから逃げてきた。
私はこのままでいいんだろうか。
「ヒグッ…………うぅぅ!…………お母さん、私、分かんないよ…………。」
今はもうどこにもいない母に縋る。
「師匠……ひっく……私、どうすればいいんでしょうか……。」
師匠……彼女はどう答えてくれるだろうか。
ふと、別れ際に師匠が最後にくれた言葉を思い出した。
『セラ、奇跡が起きるのを待つな。可能性はお前の中にしかないんだよ。』
『恐れてちゃ、何も手に入らない。覚悟を決めて勇気を持て。憧れの冒険者のようにな。』
『奇跡を待つぐらいなら自分で起こしてみせろ。セラ。』
「覚悟と……勇気…………。」
「…………私に……できるかな……お母さん……。」
恐い。怖い。
自信なんてとうに無くなった。
自分なんかに…………いや…………いや……恐れちゃだめ――――。
そうだ、恐くなったときは………………なった…………とき……は……?
「…………………………あ…………そうだ……。」
その時、古い、古い幼い頃の記憶が呼び起された。
心の奥底に沈んでしまっていた記憶――――――。
『ねぇ。お母さん。』
『ん?なぁに?セラ。』
『あのね……お父さんからきいたの。絵本にでてくるドラゴンってとっっても大きいんだって……。』
『あら…………それを聞いて、怖くなっちゃったのね。』
『………………。』コクリ
『セラ、ドラゴンはお父さんの言う通りすっごく大きいわ。でも、そのドラゴンを倒した冒険者さんはどう?きっと、お母さんと同じぐらいの大きさだったんじゃないかしら。』
『ぁ…………。』
『どれだけ小さくても、冒険者さんがドラゴンを倒せたのは、誰にも負けない勇気があったから。』
『勇気…………うぅ……でも、でも…………怖いよ。』
『それなら、お母さんがとっておきのおまじないを教えてあげる。勇気を持つためのおまじない。』
『おまじない……?』
『そうよ。今日みたいに怖くなった時、こう唱えるの。―――――――――』
――――――――――――――――
「恐れるな……そうだった。おまじない……。」
どうして今まで忘れてたんだろう。
「恐れるな…………立ち上がれ……セラ!」
お母さんがくれた、お母さんと私だけの特別な言葉。
「ノ・クライラ・アイセラ・セラ!!」
怖気づいていた心に電撃のような熱が走る。
抜けてしまっていた全身の力がよみがえる。
声に出せばお母さんが勇気をくれている気がする。
「このままで…………終わってたまるか!!!!」
纏わり付く暗い感情を振り払うように立ち上がる。
燃えるような激情が体に宿るのを感じる。
「私が、自分で奇跡を起こすんだ!!!!」
私の大事な夢。
大切な人が肯定してくれた夢。
そんな夢をもう自分自身で否定するなんてやめだ。
「絶対に!!夢を叶えてやる!!!!」
私は空に吠えるように叫び、再び森へと駆け出した。
―――――――――――――――――――
ウジョーの森へ再び足を踏み入れた私は、茂みの中に身を潜め、先程対峙したオークを視界に捉えていた。
「……………………。」
(次は失敗しない。確実に奇襲を成功させる。大丈夫、勇気を持って!)
今の私に恐れは無くなっていた。
ただし、勇気と無謀を履き違えて無闇に突撃して勝機を逃すようなことはしてはいけない。
今の私がオークに勝利するには、オークが"私が潜んでいることを知らない"というアドバンテージを活かし、奇襲を成功させ、致命もしくは大きく動揺させるほどの一撃を叩き込むしかない。
オークは現在私から5mほど離れた位置で周りを見渡しながらこちらに背を向け立ち止まっている。
おそらく餌となる魔物を探しているのだろう。
(大丈夫……恐れるな…………ふぅ、よし、いくぞ!!)
私はオークの後方、私から2mほど先にある倒木に手を向けて小声で魔法を唱える。
「『アイスペブルス』。」
手のひらから生成された氷の礫が倒木に向かって発射される。
カカカカカカッ!
「ッ!?」
氷の礫が倒木に命中し、砕け散る音に反応したオークが振り返り音の鳴ったほうへ向かっていく。
私が隠れている茂みのそばをオークが通り過ぎたその時、握っていた"麻痺魔石"をオークに向けて投げつけた。
バチチチチィ!!
「ガアアァッ!!!」
"麻痺魔石"はオークほどの巨体を気絶させる威力は持っていないが一瞬だけ怯ませるには十分だった。
(怯んだ!!今だ!!)
「あああぁぁーーーー!!!!!」
茂みから飛び出しオークの元へ駆け出す、魔石によって体が硬直していたオークは反応することができなかった。
(思い出せ私。いつも通りに。)
師匠と別れてから毎日練習を続けてきた槍術『突き』。
(私がずっと磨き続けた技を見せてやる!)
集中――――。
瞬時に槍を構える、過剰に力まず、脱力する。
狙いを定める。心臓ど真ん中!
刹那、力強く大きく踏み込む。
縮められたバネが解放されたかのように爆発的に全身に力を籠め、
突き刺す―――――――――!!
「ハァッ!!」
ヒュッ―――ドッ!!!!!!
「ギィアアアアアアアアア…………!!!!!」
「っっ!!」
(ギリギリのところで硬直が解けた……!狙い通りにはいかなかったけど胴体深く抉ってやった!!)
心臓には命中しなかったものの、オークの胴体左肩付近に深い傷口ができ血が溢れていた。
痛みに悶えるオークがこちらを睨みつける。
「!」
(くる……!)
単純なオークなら怒りに任せて単調な攻撃をしてくるはず。
最小限の動きで避けて、カウンターを決める!!
「グウオオオアアアアアア!!!」
「集中!!」
目を大きく見開きオークの動きに目を凝らす。
激高したオークが怒りのままに棍棒を高く振り上げる。
上から強く叩き込む単純な一振りだ。
棍棒が降りかかり、体を掠めるギリギリのところで体を横に逸らしながら右へステップする。
ドジャアァッ!!!
空振った棍棒が地面に叩きつけられ大きくめり込む。
怒りに任せた大ぶりの攻撃が外れたことでオークの態勢が崩れる。
(構えっ!!!)
この隙を逃す訳にはいかない。
避けた態勢からすぐさま突きの構えに入る。
「くらえッ!!!!!」
フォンッ――――――ドチュゥッ!!!
「グゥッ……!?ギァア゛ア゛アアアアァ!!!!!」
態勢を崩したことで低くなっていたオークの頭部――目に、槍を突き刺した。
"躱した態勢から即座に攻撃の構えを取る"これも修行でずっとやってきたことだ。見事に成功する。
(よし!!やった!)
「ゥゥゥウォアアアアアアアアアア!!!!!!」
「っ!?」
左目を抉られたオークが痛みに悶えながらも、棍棒を持っていない左手をやけくそ気味に振り回しだした。
「くそっ。まだ足りな―――――――――――――!?!?」
辛うじて反応し避けられたものの、棍棒を持つ右手の動きを見逃してしまった。
オークが横から叩き尽きるように棍棒振りかぶった。
ドッッッッ!!!!!!!!
「ガハッ………………………………!!!」
すぐさま防ぐように槍を構えたものの、強力な一撃を止めることができず、槍ごと私の胴体を大きな横凪の攻撃が直撃する。
オークの横一閃の一振りによって大きく吹き飛ばされ、木に背中から激突した。
二度の強烈な衝撃によって、視界が弾け、意識が飛びそうになる。
「グッ!?…………………ガフッ!」
(いっ…………!気を失いかけた…………。)
強い眩暈の中、すぐさま立ち上がろうとすると脇腹あたりに激痛が走り、思わず膝をついてしまう。
「っ!?ぐぅ……!」
(まずい……肋骨やられた!?なんてパワーだよ!クソッ!)
「はぁっはぁっ…………早く!立たないと……!ゲフッ!」
口から血がこぼれ出る。どうやら内蔵も無事ではないらしい。
激痛で意識が飛びそうな中オークを確認する。
「ガァ!!グッ……アァァ!!」
オークは血が流れ出ている左目を押さえながら、痛みから逃れるように棍棒を振り回していた。
「うぐっ…………た、立たないと。」
(まずい、次一撃喰らったら絶対に耐えられない…………。この状況でどうすれば…………。)
オークの強烈な一撃に思わず恐怖がぶり返す。
(やばい…………やばい…………!)
「…………!?まずいっ!!」
オークの叫び声が鳴りやんだ。
どうやら怒りと痛みで冷静さを失っていたオークが落ち着いたらしく。
こちらを確認したオークと目が合ってしまった。
「ウォオオオオオオオオ!」
オークが咆哮する。
(立て…………!負けるな!)
「はぁっ……はぁっ……!恐れるな……!セラ!」
オークが棍棒を握りしめ、こちらに走りだした。
(絶対に…………勝つ!!!!!)
「ノ・クライラ・アイセラ・セラ!!」
雲が晴れるように恐怖が消し飛んだ。
歯を食いしばり体に走る激痛を耐え、全身に力を籠め立ち上がる。
極限の状況下で、恐怖が消え頭が冴えわたったことで、超集中状態へ入っていた。
周囲の音が消え去り、オーク以外の存在が視界から無くなる。
ゆっくりとオークが棍棒を振りかぶるのが見える。
瞬時に『突き』の構えをとり、狙いを見据える。
「うおおおおぁぁぁぁぁ!!!!」
「グオオオオオオオオオ!!!」
フオッ―――――――――ザンッ!!!!!
ドカッ!!!
「あ゛ぁっっっ…………!!!!!!」
「グゥゥゥゥウウウウッッッ!!!」
槍と棍棒が同時に交差し、私の攻撃が一瞬早くオークの胸に直撃した。
槍が突き刺さったことで、頭目掛けて振られた攻撃が逸れ、棍棒がセラの太ももに当たった。
足への攻撃によろめき、倒れそうになるも咄嗟に槍で支え持ちこたえる。
オークは胸に走る激痛に気が飛びかけ、握っていた棍棒を落としてしまう。
セラは激闘による緊張と痛みによって脳にアドレナリンが溢れ、そして"おまじない"による相乗効果で極度の興奮状態に陥った。
「かぁっ……!この……!きたねえクソブタ野郎が…………!!!」
「ぶっ殺してやる!!!!!」
ドスッ!!ドスッ!!
「グアアア!!!ギィッ……ウオァアァァ!!」
ドガッ!!!
『突き』の構えも忘れ、怒りに任せて槍を突き刺す。
オークも負けじと腕を振り回し、セラに殴りかかる。
「かはっ……!?くそがぁ!!!さっさと死ねえ!!!!!」
ザクッ!!ズッ!!
「ガアア!!!」
ドッ!!ドカ!!
無我夢中でまともな思考も捨ててただひたすらに槍を振るい続ける。
オークの殴打を受け、槍を握る手の力が抜けそうになるが必死で握りしめる。
「がああああああ死ねえ!!!死ねえ!!!」
「アアアアアアアアアアアア!!!!!」
ザンッ!ゴッ!!ドス!!!バゴ!!ズシュ!!ドッ!!!
もはや痛みも吹き飛び、視界も朦朧でお互い死に体の中、力を振り絞り最後の一撃を放つ。
「ああああああああああ!!!!!」
ヒュオッ―――――――――ザシュンッ!!!
「ガッ…………………………」ドサッ
無意識に構え、放った『突き』が見事にオークの喉に突き刺さった。
殴りかかろうと拳を振り上げた態勢だったオークは血を吐き出し、そのまま力を失うように崩れ落ちた。
「………はぁ…………………はぁ…………。」
「…………は………………はぁっ……………………や…………った。」ドサッ
セラはオークが倒れたのをしばし放心しながら見ていたが、オークと同じく力尽きるように倒れた。
「たぉ………………し……た。ははっ………………ゲポッ。」
時間が経ちようやく自分がオークに勝利したことを実感し、笑いが漏れ、それに釣られるように口から血が吐き出る。
辛うじて生き延びているもののオークの攻撃をもろに受け続けたセラも死にかけの状態だった。
「ぁ…………は……これ…………まず……い……か………………。」
「…………ぁ。」
意識が少しずつ薄れ、視界が暗くなっていく中、ふと地面に転がっていた"緊急伝達の笛"が目に入った。
どうやら、戦闘中にポーチの中身が飛び散ってしまっていたようだ。
笛に手を伸ばし掴むと、笛に口を付けた。
自分の意識が閉じていくのを感じながら、息を吹きかける。
「――――――――――――――――――――――――――」
もう何も聞こえず、自分が息を吹いたかどうかも分からない。
死ぬのかな―――そう朧気に思いながら笛を落とした。
――――――――――――――――――――――――
ウジョーの森の、セラがいた場所よりも奥地の場所にて。
「はぁッ!!」
ザンッ
「ギギィッ……!!」
蒼銀色の髪と翠色の瞳、精巧な銀の鎧を纏った顔立ちの良い人族の青年が双剣を手に、目にも止まらぬ速さで"ワーカー・ホーネット"を切り裂く。
二つの鋭い斬撃によって体を三等分された"ワーカー・ホーネット"は絞り上げるように悲鳴を上げ絶命した。
「ふぅ…………これで最後か、ようやく終わったな。」
「そのようですね!ギル様、お疲れ様です!」
ギルという青年は上級双剣士でこのパーティのリーダーを務めている。
綺麗に整えられた髪と美しい顔立ち、落ち着いた所作や声色から身分の高さを感じさせる。
そんなギルに声をかけながら、一人のドワーフ族の女性が駆け寄ってきた。
「ルワナ、お疲れ様。ヒール助かったよ。」
「いえいえ、さすがギル様でした!私が出る幕なんてほとんどありませんでしたよ。」
ギルの労いの言葉に柔和な笑顔で返すルワナというドワーフ族の女性は、低めの身長で腰まで伸びた白色の髪と向日葵色の瞳を持つ、柔らかい印象をもった顔立ちをしている。
金色の刺繍が施された白く上品なローブを纏い、手には首から下げられた緑色の美しい魔石が埋め込まれたタリスマンを握っている。上級回復術士でパーティのヒーラーを務めている。
「ギル様、こちらも全ての魔物を討伐いたしました。」
二人が話していると、少し離れた別のところから男の声が届いた。
声が届いた方向を見ると一人のエルフ族の男がこちらに向かって歩いてきていた。
「ロウゼウフ、よくやった。……他の二人はどうした?」
ロウゼウフと呼ばれた男は、エルフ族特有の長い耳と薄茶色の髪に青紫色の瞳、銀の装飾が施されたこれまた上等そうなローブを身につけ、魔導書を手に抱えているこのパーティのソーサラーだ。
肩まで伸びた髪、切れ長の目に冷淡さを感じる表情、加えて銀縁の眼鏡かけているためとても知的な雰囲気を醸し出している。
「戦闘中に笛の救援の音が聞こえてきたので、他の二人には音が聞こえた方向へ確認に向かってもらいました。」
「救援の音ですか!?」
ロウゼウフの報告にルワナが驚いたように声をあげる。
「なるほど、であれば私達もすぐに向かおう。ルワナの治療が必要かもしれない。」
笛を吹いた冒険者がまだ無事な状態であれば先に向かった二人だけで十分だが、状況によっては笛を吹いた冒険者が重症を負っているかもしれない。
その場合はルワナの魔法が必要になるだろうことをギルは思考する。
「そうですね!急ぎましょう!」
ルワナは救援元の状況が心配なのか、二人を急かすように走り出した。
―――――――――――――――――
ギル達から幾ばくか離れた森の中を、先行した二人組が駆けていた。
「なあ!笛の音はこっちの方向から聞こえたよな!」
男がもう一人の女に走りながら声をかける。
笛の音を聞いたのは一度きりで、二人は音の詳細な出所をつかむことが出来ていなかった。
「ええ、そのはず!ただ救援元との距離は掴めなかった。」
「ちっ!もう一度吹いてくれりゃ分かるんだが!」
「そんな余裕もないみたいね。かなり悪い状況である可能性が高い。とにかく、急いで探し出すしかない!」
「ったく!俺は上から探す!」
男はそういうと両足に力を籠め、飛びあがった。
高く跳躍した彼は木の枝に飛び乗り、さらに別の木の枝に向けて跳躍し、軽々とした動きで木々の枝を飛び移っていった。
女の方はそれを確認しながら一度立ち止まり辺りを確認する。
(笛を一度だけしか吹けてない。もしかしたら発見したころには……。いや、今はそんなこと考えてる暇はない。)
ふと、最悪の状況を思い浮かべてしまうが、それを振り払い再度走り出した。
――――
それから数分ほど経ったところで、男が声を上げた。
「おい!!!いたぞー!!!」
「!!」
声の元へ急いで駆け寄る。
「女が一人倒れてる!まだ息はあるがかなりあぶねえ!」
そう言うと男はすぐに懐から自分の笛を取り出し、救援の音を出した。
後方でこちらに向かっているであろうギル達に知らせるものだ。
こちらから木に隠れて女性の姿は見えなかったが、奥でオークが倒れているのが見えた。
どうやらオークとの戦闘によって危険な状態に陥ったようだ。
「ヘルベルド、怪我の状態は!?ポーションならあるけど!」
「いや、これはルワナの魔法が必要なレベルだ。こっちだ、見ろ。」
ヘルベルドと呼ばれた人族の男がこちらを招くように手を振る。
女性を隠していた木を通り過ぎ、その状況を確認すると―――――――。
「…………え…………………………姉さん?」
見知った顔の女性がボロボロの状態で倒れていた。
鈍色の髪にこの顔立ち、久しく見なかった自分の知る人物――姉のセラで間違いなかった。
「エルネ?どうした?」
ヘルベルドは、もう一人の女――エルネが困惑したように立ち尽くしたので、不思議そうに声をかけてきた。
「あ、あぁ、いえ、とにかく、ルワナが来るのを待つしかないわね…………。」
エルネは動揺していたもののヘルベルドの声で気を取り直し、返事を返す。
「そうだな。お前はここに残って彼女を見ててくれ。俺は少し戻ってギル達を連れてくる。」
「……ええ、分かった。」
そう言うとヘルベルドは立ち上がり、来たルートを戻るように駆け出していった。
「…………姉さん。こんなところにいたんだね。」
エルネはヘルベルドが去るのを確認した後、セラの方へ振り返り、傍にしゃがみ込んだ。
セラの状態は酷い有様で、ポニーテールに纏めていた紐が解けて髪は乱れ、ローブや服は所々が破けていたり血が滲んでいたり、破けた箇所や顔には殴打によってできた痣ができ、口から血を垂れ流していた。
エルネはハンカチとポーションを取り出し、血や土などで汚れた顔を拭き、少しだけ頭を持ち上げ口の中にポーションを流し込んだ。
「…………………………………………。」
「お~い!エルネ!来たぞ!」
「!」
軽い処置をしたのち、セラの様子を静かに見ていると遠くからヘルベルドの声がしたので振り返る。
見ると、ギルやルワナ、ロウゼウフ達を引き連れてこちらに走ってきていた。
「お待たせしました!かなりまずい状況みたいですね!すぐに治療に取り掛かります。」
「ええ、お願い。」
ルワナが焦った様子で駆け寄ってくる、エルネは立ち上がり、ルワナに場所を譲る。
すでに状況は聞いているらしく、ルワナはすぐさま治療を始めた。
「『セイクリッド・エヴァンジェル』!」
ルワナがタリスマンを掲げて魔法を唱えると、セラを柔らかい緑色の光が包み込んだ。
「かなり危険な状態だったが、これで何とか持ちこたえてくれるだろう。後は、街まで運ばないとな。」
ギルが治療の様子を見て、安堵したように話を始める。
「そうですね。彼女は私が背負いますよ。」
ギルの話にエルネがそう返すと、ヘルベルドが驚いたように口を開いた。
「エルネが?いいのか?俺が運ぼうと思ってたんだが。」
「ええ、意識はないけど、一応女性だもの。私が運んだほうがいいでしょ。」
「それもそうか…………。分かった、お前に任せる。」
それから数分後、ルワナが魔法をかけ終わり、ギル達一行はセラを街の療養所まで運び込んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
勇気のおまじないは、私が『ケセラセラ』という言葉から生み出したただの造語です。
語呂良いかな?悪いかな?って程度でしか考えてません・・・・。
更新はスローペースだと思うのでふと思い出した時にでも読んでいただけると嬉しいです。