#4 再会と逃亡
今回は少し長くなっています。
セラは昼前の時間に採集依頼と討伐依頼を終え、今日の昼食をどうするか考えながら冒険者ギルドへ向かった。
ざわざわざわ。
冒険者ギルドへたどり着くと、なにやら中が賑わっていたのでもしや……と思いフードを被り身を隠しながら中の状況を確認する。
「んんん~~…………?エルネの姿は見えない。何でこんなにざわついてるんだ……?」
「エメラ?どうしたのよ、フード被ってコソコソして。依頼は終わったの?」
「うわぁっ!ケレンさん!?」
扉の陰に隠れるようにして覗いていると、後ろに立っていたケレンさんに声をかけられた。
何故私だと分かったのか疑問に思ったが、どうやら私がフードを被ったところをバッチリ見ていたようだ。
「おかえりなさい~。隠れるようにして何をしているの?」
「え、えっと……な、何か人が多かったので、私、人混みが苦手なんですよぉ……。」
「ふ~ん……まあいいけど。」
事情を話す訳にもいかないので、苦し紛れの言い訳をする。
ケレンさんはそんな私を訝しみながらも、とりあえず納得してくれたようだ。
「それにしても、これはどういう状況なんです……?」
「あぁ、私、休憩で外に出てから聞いただけなんだけど。ついさっきまであの"剣姫"のパーティが来ていたそうよ。」
「!?」
どうやらつい先ほどまでエルネがここに来ていたらしい。
「あなたも今来たのならすれ違わなかったの?」
「は、はい。南門の方面へ向かったのかもしれませんね。」
北門から帰ってる最中見なかったので、別方面へ向かったのだろう。
(危なかった……。もう少し早く着いていたら鉢合わせてたかもしれなかったのか……。)
「エメラ残念だったわね~。この国で今最も注目されている冒険者パーティを一目見れなかったなんて。」
「そ、そうですね~。"剣姫"以外のメンバーも相当豪華な顔ぶれみたいですし……。」
むしろ運がよかったと思っているが、話を合わせておく。
「私は一度受付で対応したことあるけど、なんというか……纏うオーラが違ったわね~。」
「はは……。私じゃそのオーラに気圧されてしまいそうですね……。」
「ふふ。あ、そういえば依頼は終わったの?カウンターで報告受けるわよ~。」
「そうでした。それじゃあお願いします。」
それから依頼の報告と素材の受け渡しが終わり、今日の昼食を調達しようと考えていたところケレンさんが思い出したように話かけてきた。
「あ、待ってエメラ。あなた、ちゃんと"鑑定"してる?」
「え?あ、あぁ……あんまりやってないですね……。」
「だめよぉ。冒険者なんだから自分の実力をしっかり把握しておかないと。今日は帰る前にやっていきなさい。」
「う……はい、そうします……。」
正直、鑑定するのはあまり好きではなく避けていたのだが、言われてしまっては仕方ない。
"鑑定"とは自分、または相手の能力を解析し、強さ、魔力量、習得した魔法などを数値や文字にして確認することができる最高神アラテラ=モルテリノクスから与えられる固有魔法のひとつだ。
数十年前までは固有魔法として限られた人しか使えなかった魔法だったが、一人の魔導士によって"鑑定機"が開発され、今では冒険者ギルドに設置され全ての人が使えるようになっている。
「あんまり自分の数値とか見たくないんだよな…………。」
そうぼやきながら鑑定機の方へ向かう。
鑑定機は、台の上に何も書かれていない本が1冊の開かれた状態で置かれ、その横に羽ペンとインク、奥に巨大な真珠のような直径10cmほどの白い球体の魔石が設置されたものだ。
どういう原理かさっぱり分からないがその魔石に触れて魔力を込めると、ペンが独りでに動きだし、本にその人の能力情報が書き出される仕組みになっている。
さらにさらに分からないのが、その書き出された情報は魔力を込めた本人にしか見ることができないのである。書かれた情報を他の人間が見ようとしても何も書かれていない無地のページしか見えないようになっている。
鑑定機で得た情報は基本的に誰にも聞かない話さないがギルドの中での規則となっている。
その規則に則った形で作られているのだろう。
「まぁ、確かに最近全然やってなかったし、この辺で一度確認しないとか。」
魔石に自分の手をかざし魔力を込める。
すると羽ペンが独りでに動き出し、情報を書き始めた。
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セラ・ランフォール
【ジョブ】
初級槍術士
【魔法適正】
<水><氷>
【身体強度】
[総合値] 312
[魔力量] 534
【習得魔法】
[基礎] 水『ウォロ』、氷『イスノ』
[属性] 水(初級)『ウォータボール』、氷(初級)『アイスペブルス』
[固有] なし
【加護】
なし
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開かれたページに私の名前やジョブといった情報がすらすらと書かれいく。
―――
【ジョブ】はその個人が扱う武器によって決まる。私であれば槍を扱うので槍術士となる。
それぞれの【ジョブ】ごとに5段階のクラスが存在し、その武器の使い手としての練度によってクラスが変動する。最上級のクラスに到達すると、その個人を象徴する"二つ名"が与えられ、よりユニークな力が得られるのだとかなんとか。
【魔法適正】はその個人が生まれた際に与えられる魔法属性に対する適正のことだ。
全部で8つの属性が存在し、適正のある属性の[属性魔法]ほど習得しやすくより強力になる。
ほとんどの人は1つ又は2つ程度の適正しか与えられないことが多く、この国では4つ以上の適正を持っていたら魔導士や回復術士を目指すべきだとよく言われている。
【身体強度】はその個人の戦闘における強さを数値化したものだ。
[総合値]は武器の練度や魔法適性、魔力量、習得魔法や加護などの全ての能力を総合的な数値として表した"強さ"の指標のようなものだ。1~9999の範囲で変動する。
また、魔物にも同様に"危険度"という1~9999の数値が振られており"危険度"によってランクが湧けられている。
[魔力量]はその個人が体内にもつ魔力の総量を数値として表したものだ。
下限値は1らしいが上限値は確認されていないらしい。
[総合値]や[魔力量]は、魔物を倒したり訓練をしたり、より多くの戦闘経験を経ることで上昇する。
【習得魔法】はその個人が習得し扱う事ができる各魔法が[基礎]、[属性]、[固有]の3種類ごとに書き出される。
[基礎]は基礎魔法のことで、各属性ごとに1つずつ魔法が存在し、適正があれば誰でも使用することができる。
[属性]は属性魔法のことで、さらに3つの種類に分類され、初級から最上級の5段階の等級がある"通常魔法"、二つ以上の属性を融合して使う"応用魔法"、人の身で扱う事ができる最高等級の"臨界点魔法"などがある。
[固有]は固有魔法のことで、先天的に持っていることが多く、加護に付随して与えられることもある。稀にだが後天的に固有魔法を使えるようになるものもいる。
【加護】は基本的にその個人が生まれた際に与えられる神々や古の英雄たちの力が籠められている見えない御守りのようなものだ。
この加護を持つ者は、多くの魔法適正、高い魔力量、強力な固有魔法を持っていることが多く、英雄の卵として人々から重宝される。
妹達もまた、この加護を与えられて生まれている。
―――
何故こうも基準が曖昧なものを定量的に表せられるのだろう。
最高神アラテラ様にかかれば簡単なことなのだろうか。
「討伐依頼をこなすようになってから身体強度の数値が上がってる。でも300って……やっぱりまだまだだなぁ。ほとんどの魔物の下位個体が200~500って言われてるし、まだその程度なんだよね……。」
「ジョブクラスも全然上がってないし……。結構がんばってるのになぁ。あれか?基本の型の『突き』しか使えないからか……?」
「はぁ…………。もっと強くなるにはDランクの魔物に挑戦しなきゃいけないのに、いつまでも怖がって避けてばっかりだし……。師匠と別れて、もう一年以上が経ってる。私、こんな調子でいいのかな……。」
つい自分を省みて、停滞している現状に不安になってしまう。
「…………Dランク魔物の討伐依頼、受けてみようかな…………。」
正直、怖い。
Dランクの代表的な魔物と言えば"オーク"だ。師匠と依頼中に出くわした当時のことが未だにトラウマになっている。それに、母を殺した魔物もDランクの"ウルフ"という魔物だった。
Eランクの魔物は自分よりも小型なものがほとんどでそれほど恐怖を抱くことはなかったが、過去の嫌な記憶がDランクの魔物に対する恐怖を増幅させていた。
それでも遅かれ早かれいつかはやらないといけないことだ。
とにもかくにもまずは依頼を見てみようと掲示板の方へ向かった。
「…………やっぱり、この辺りだと"オーク"の討伐依頼ばかりだ。ウジョーの森は特に"オーク"が多いからなぁ。他だと、"ワーカー・ホーネット"か……こいつは飛び回るからなぁ、まだ"オーク"の方が戦える可能性があるかな……。」
"ワーカー・ホーネット"はホーネット種の下位個体にあたる魔物だ。硬い甲殻と鋭い牙と毒針を持つ、また羽が生えており基本的に空中を飛び回るのでDランク個体の中でも厄介な魔物の1体だ。
"ワーカー・ホーネット"と比べれば、"オーク"は振り回される棍棒の破壊力はかなりのものだが動きが遅いため立ち回りやすい魔物といえた。
「と、とにかく!やってみるしかない……!私だって成長してるんだし…………!」
このままここでぐずぐずしていても埒が明かないと勢いに任せて依頼書を取り受付カウンターへ向かった。
「あの、ケレンさん。」
昼過ぎあたりの時間だからか、少しだけ眠たそうにしていたケレンさんがいるカウンターに向かい声をかける。
「あら、エメラどうしたの?鑑定は終わったの?」
「はい。鑑定はちゃんとやりましたよ。それで、今日はもう1つ依頼を受けることにしました。」
そう言って持っていた依頼書をケレンさんに渡す。
「へぇ、頑張るわね~…………って、これ……・Dランクの!?」
「はい。私も、そろそろ挑戦しないといけないと思うので……。」
「…………。」
ケレンさんは明らかに私を心配するように見つめてきた。
「だ、大丈夫です。鑑定の数値的にも無理な相手って訳ではないですし…………。」
「…………まあ、初挑戦としてはベターな依頼だとは思うけど……それでも不安だわ……。」
「うぅ……。」
大丈夫、とは言いつつも私自身も不安だった。
彼女の言葉に尻込みしそうになるが、ここで引き下がってはいけないとふんばる。
「ケレンさん、お願いします……!必ず帰ってきますから!」
「…………分かった。オークなら走れば逃げきることはできるでしょうし……。それと、"緊急伝達の笛"は持ってるわよね?」
「はい。忘れずに携帯してます。」
"緊急伝達の笛"とは、冒険者全員にギルドから支給される細長い筒状の魔道具で、身の危険を感じた時や危険度の高い魔物がいた時などに使用し、周辺で活動している冒険者に緊急事態であることを伝えるための道具だ。
魔法によって音がより遠くへ響くように作られており、赤くペイントされた唄口から音を出すと"救援を求める"ことを意味する高い音が発せられ、青くぺイントされた唄口から音を出すと"危険個体が存在する"ことを意味する低い音が発せられる。
音を聞きつけた周辺の冒険者は救援に向かうかその場から立ち去るか自己判断で行動することになっている。
「とにかく危険を感じたらすぐにその場から引くこと。笛を吹くことも忘れないで。」
「は、はい。肝に銘じておきます。」
「準備もしっかりしていきなさいよ?道具屋に寄って役に立ちそうなものがあるか見ていきなさい。」
「わかりました。」
受け入れてくれはしたもののよほど心配なのだろうか、今日のケレンさんはいつも以上にお母さんみというかお姉さんみがあるな……と思った。
「それじゃあ、必ず無事に帰ってくること。」
「はい。いってきます……!」
それから、ケレンさんに言われた通り道具屋へ向かった。
「とりあえず、必要なのはポーションだよね。1つは常に入れてるけど、もう少し買い足しておこうかな。あとはどうしよう、使い慣れてない物を持って行っても邪魔になるかもしれないし…………。」
店内の一角にある魔石コーナの前でぼそぼそと呟きながら商品を眺めていると、突然後ろから声がかけられる。
「お~い。いつまで見てんの~?俺もそこの商品みたいんだけど…………って、ん?」
「あ、はい!すみません。どきますね…………って、え?」
どうやら魔石コーナ―に用があった人が待っていたらしく、慌てて振り返り後ろを確認すると。
思いもよらぬ顔ぶれが後ろに並んで立っていた。
「あれぇ~、誰かと思ったらエメラちゃんじゃないかぁ!」
「えー!ほんとだ!あのエメラじゃん!久しぶり~!」
「あ、あぁ……・エルベインさんにルクレラさん、それにデヴァンさんも……。えっと……お久しぶりです……。」
「ほぅ。久しぶりだなエメラ。」
(最悪だ…………。しばらく会ってなかったから忘れていたけど、帰ってきてたんだ……。)
この人達は2年前に私が追放された冒険者パーティのメンバー達だ。
エルベイン、薄茶色の髪に藍色の瞳の人族のこの男はパーティのリーダーである。
ルクレラとデヴァンの二人は共に菫色の髪と瞳、そして三角型に尖った耳と細長い尻尾を持つ獣人族の兄妹だ。
エメラはどちらかというと"会ってはいけない"相手No1だが、この人達は"会いたくない"相手No1の人達だった。
3年前のパーティ加入当初は私を快く引き入れてくれたこの人達は、私が使えない人間だと悟った途端、私を雑用係として毎日のようにこき使い、バカにし、挙句の果てには模擬戦で私をボロボロになるまで痛めつけた上で追放を言い渡すという酷い行為を平然と行い、私は最低最悪の1年間を過ごすことになったのである。会いたいわけがなかった。
彼らは私を追放した後、より高ランクの依頼を受けるために国外へ向かったはずだったがどうやらムーゲルへ戻ってきていたようだ。
よく見るとデヴァンさんの隣には見慣れないエルフ族の女性が立っており、国外にて新たに加わったメンバーなのだと推察した。
などと考えていると、そのエルフ族の女性が口を開いた。
「あぁ、この方が例の…………。初めましてエメラさん。私はフォーナ・レ・フェルターと申します。見ての通りエルフ族です。あなたのことはエルベインさん達から聞いておりましたよ。……色々と。」
「は、はぁ……どうも…………。」
そう挨拶してきたエルフ族の女性――フォーナは声色こそ柔らかいものの、表情はあきらかに私を見下すようなものになっていた。
彼らから何を聞いたのか、容易に想像できた。
心臓がズクンと跳ねる。これまでも嫌というほど味わってきた心臓を突き刺すような嫌な痛みが胸に走る。
私は逃げるように目を逸らし、曖昧な返事しかすることができなかった。
心臓がうるさい。汗が止まらない。
ここにいたくない…………。
「すみません。私は用事があるのでこれで…………。」
「まあまあ待てよエメラちゃん!久しぶりの再会なのに随分と素っ気ないじゃん?」
「っっ!?」
足早にそこから立ち去ろうと横を通り過ぎたところで、エルベインさんが私を引き留めるように肩に手を回してきた。
「そうだよ~つれなくない~?あはは、てかエメラ汗やばすぎでしょ!」
エルベインに続くようにルクレラが私の目の前に回り込んできた。
(やめろやめろやめろ……!近寄るな……!)
心の中で悲鳴を上げる。
今すぐ逃げ出したいのに私の足は固まったように動いてくれない。
「おい、2人ともそいつはほっとけ。俺たちも道具揃えてすぐに依頼を受ける予定だろ。」
「まあまあいいじゃねえかデヴァン~。少し遅れるぐらいなんてことねえよ。」
「デヴァンさんは鑑定でもしていてはいかがです?私もエメラさんとお話がしたいですし……ふふ。」
「……はいはい。分かったよ。」
デヴァンは昔から時間に厳しく、私に絡んでいたエルベインとルクレラを急かしたが、フォーナまで話に加わりだしたからか諦めて鑑定機の方へ向かっていった。
フォーナも彼らと同じく相当意地が悪い人間のようだ。お行儀の良い態度のわりにニヤついた顔を隠そうともしていない。
こんなところには1秒もいたくない。
「…………離してください。急いでるので…………。」
「おいおい、なんだよその態度。お前会わない内に随分と生意気になったじゃねえの。」
絞り出すような声で反抗の意思を示すとエルベインの声色が重たくなった。
肩にまわされたエルベインの腕に力が入り、体がいっそう固まる。
「ふふふっ。怯えてますよ、エルベインさん。」
「てかさ~、まだ冒険者やめてなかったんだぁ。あれだけボコボコにされたのにまだ分かんないのかなぁ?才能ないってさぁ~!あはは!」
「………………。」
私を追い出した時のことを言っているのだろう。
あの時の彼らの目を思い出すと、お腹のあたりがチリチリと燃えるような感覚が湧きでる。
「ま~だ理解できてねえみたいだなぁ~。そうか、また模擬戦で思い知らせてやった方がいいか~?さすがに2度も痛めつけられりゃバカなお前でも自分が無能だってさすがにわかるよなぁ。」
「それいいんじゃない~!どうせ冒険者続けても惨めに殺されるだけでしょ!さっさとやめて娼婦にでもなったらぁ~?」
「あら。お似合いだと思いますよ。ふふふ。」
ニヤ付いた声が耳に響く。
苛立ちで頭が沸騰してどうにかなりそうだ。
最低な人間達に最低なことを言われている。
なのに、なんで何も言い返せない?
こんなクズ共に好き放題言われてるのに!
言い返せ!
(ああああ!!!クソ!黙れ!黙れだまれだまれだまっ―――――)
「エメラッ……!」
彼らの言葉と何も言い返せない自分への怒りでぐちゃぐちゃになっていた時、ケレンさんの声がした。
視線を上げるとケレンさんが緊張した面持ちで心配そうに私を見つめていた。
道具屋はカウンターからも見える位置にあり、エルベイン達に絡まれている私を見つけて来てくれたのだろう。
彼女の目を見て私は少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
そういえば、ケレンさんはあの日模擬戦でボロボロになっていた私を治療し、励ましてくれていた。
これ以上彼女に心配をかけたくない。
あの日のように憐れむような目で見られたくない。
ドロドロに煮えたぎった怒りを冷ますように静かに深呼吸をする。
「フゥ……――――――――――っ!!」
ダッ!
「あ!?おい!!」
「は!?」
「っ!」
ドカッ!
「エメラ!待ててめえ!!」
「ぐっ!?いったぁ!あー!逃げんなエメラ!」
私はエルベインの腕を咄嗟に振りほどき、目の前にいたルクレラを突き飛ばし、走り出した。
視界が涙で歪んでいたが必死に走った。
突然のことで反応が遅れたエルベインは私を捕まえることができなかった。
「ちっ……くそ。あの女逃げやがった。」
「クソ!私を突き飛ばしやがって!!!あーあーつまんないの~!」
「そうですか?私は見ていてとても愉快でしたよ。」
「お前ほんとに性格歪んでるな。おい、鑑定終わったぞ。」
「ふふ……そうでしょうか~?」
―――――――――――――――――――――
エルベイン達を振り切り、冒険者ギルドを出た私は脇目も振らずに走り続けた。
ある程度離れた所まで来ると彼らが追ってきていないのを確認して、少しだけ休憩する。
「はぁ…………はぁ…………。」
心臓がうるさく鳴りやまない。
どこかに閉じこもりたい。グッと目を閉じると溜まっていた涙が零れ落ちる。
暗闇の中で彼らの言葉が反芻される。
「はぁ……だめだ、だめだ。今は何も考えるな……!」
頭を振って絡みつく嫌な思考を必死で振り解こうとする。
(とにかく……このままオークの討伐に向かおう……。こんな状態で臨むことになるとは思わなかったけど、戦っていればおのずと忘れらるはず……。)
とにかく何も考えたくなかったので、再度北門へ向かって走り出す。
それから北門を出て耕作地の道を越え再びウジョーの森を目指した。
――――
「はぁっ……はぁっ……!やっと……ついた……!」
数十分ほど走り続けたところで森の手前にたどり着いた。本日2度目の景色だ。
森に入る前に、森の手前に鎮座する岩に腰掛け息を整える。
「はぁはぁ……。ここからは……はぁ……しっかり集中していかないと……。」
額から落ちてくる邪魔な汗を拭い、皮革の水筒を取り出し水分補給をする。
少し冷えた水が体に染みて落ち着くことができた。
「よし、『ルルキウェル』!」
岩の上から立ち上がり、魔法唱えるとかざした右手の前に黒い槍が出現する。
槍を握りしめ森の奥を見据える。
気のせいなのかもしれないが、なんだか森の空気が重たく感じる。
私を引き締める緊張感がそう見えさせているのだろう、今朝の森とはずいぶんと雰囲気が違うように思えた。
「ふぅ…………。大丈夫。大丈夫。」
うるさく鳴りだした心臓を落ち着かせるように呟き、森の中へ踏み出した。
――――
ドクンッドクンッ――――
ドクンッドクンッ――――
「はぁ……はぁ…………はぁ…………。」
ドクンッドクンッ――――
ドクンッドクンッ――――
「……………………。」ゴクリ
森の空気に押しつぶされそうな気分だった。
一歩一歩しっかりと踏みしめながらも周りを警戒する。
森に入ってからどれだけ進んだか分からないが、既に私が今まで入ることがなかった地点まで来ていた。
この先は全くの未経験の空間が広がっている。
心音で魔物に気付かれてしまうんじゃないかというほど鼓動が激しくなっていた。
汗がだらだら垂れ続けるがそれを気にすることもできない。
(どこにいる…………。)
瞬きをしたその時にはオークが木の裏から現れるかもしれない。
今も影に隠れてこちらを見ているかもしれない。
自分自身を安心させるように槍の柄を強く握りしめる。
バサバサバサッ!―――――
「!?!!」ビクッ
突然の大きな音に心臓が飛び跳ねた。
反射的に木の根元に身を隠すようにしゃがみ込む。
「ハッ…………ハッ…………ハァ……。」
音からして何かの鳥が羽ばたいて飛んでいく音だったのだろうが、一瞬にして緊張感がくずれてしまい、そのまま木の根元にへたり込んだ。
(大丈夫……。大丈夫……か?……私…………。)
嫌に冷静だった。
静かながらに昂っていた感情が落ち着き、今自分が置かれた状況、現実が実感と共に降りかかってくる。
(今から、本当に、オークと戦うの……?)
(私が……?)
(やれるのか?本当に今から戦うの……?)
「はぁっ……はぁっ……!」
ここにきて私はようやく、"私がオークと戦う"ということを実感した。
冷めた頭に一気に恐怖がぶり返す。
「だ、だだっ大丈夫……。」
自分が出したのかも分からない震え切った掠れた声が漏れ出て、より一層不安を強めた。
ドクンッドクンッ――――
ドクンッドクンッ――――
「ハッ……ハッ……ハッ……!」
(こ、怖い…………。怖い……!)
ドクンッドクンッ――――
ドクンッドクンッ――――
(こんなところまで来て、今更になって…………!)
落ち着かなくてはと頭では考えるものの、恐怖で染まってしまった自分の思考を制御することができない。
息を殺すようにしゃがみ込みながら必死に目を動かし周りを見渡す。
パキッ――――――――――
!?!?!
その時、木の裏の少し離れていると思われる位置から木の枝が折れるような音が聞こえた。
"何か"が地面に落ちていた枝を踏んだようだ。
汗が滝のように噴き出る。
おそるおそる木の陰からのぞき込む。
自分の位置から10mほど離れた位置に2mほどの大きな影が見える。
傷がところどころに浮かぶ焦茶色の肌に、ゴツゴツとした筋肉で固められた大きな体躯、口には上を向くように2つの巨大な牙が生え、右手には1mほどはありそうな大きな木の棍棒を持っている。
間違いなく、セラの標的である"オーク"だった。
(オークだ……。いる、目の前に……。)
オークはその場に立ち止まって周りを見渡していた。
目が合いそうになり慌てて身を引っ込める。
(ま、間違いない……。鎧や装飾品を纏っていなかったから、あれは同族同士の争いに敗れて縄張りを追われた個体。私のターゲットだ……。)
オークはとても好戦的な魔物で、人間だけでなく魔物に対しても容赦なく襲い掛かり、倒した人間の防具や魔物の一部などを身に着ける習性がある。
また、強者こそ絶対といった集団意識があるようで同族同士で頻繁に戦い、敗者は鎧や装飾品などの装備を全て奪われ、自身の縄張り追われてしまう。
セラの目の前にいるオークのように、同族争いで勝てない弱い個体は少しずつ森の浅い場所に追いやられることになる。
(大丈夫……大丈夫……大丈夫。相手はまだ私に気付いてない。なんとか奇襲をかけ―――――)
「グオオオオオオオッ!!!」
バギャァアッ!!
「っ!!?!」
突然、オークが叫び声をあげた。
心臓が飛び跳ねた。
唐突な状況の中で、まさか見つかってしまったのか?と困惑した思考が頭によぎってしまう。
急激に湧いた焦りによって私は最悪の行動をとってしてしまった。
ザザザッ!
「見つか――――………………ぁ……。」
木の裏から身を乗り出しオークの前に姿を現してしまった。
どうやら相当に苛立っていたらしいオークは棍棒を振り回し続けていたが、私が勢いよく飛び出してしまったことでこちらに気付いてしまう。
あ――――――――まずい―――――――――
「グガアアアァァァァァ!!!!」
一瞬の静寂の中で自分の失態に気付いた瞬間、オークが叫びながらこちらに襲い掛かってきた。
(や…………ば………………!)
こちらへ迫ってきたオークが棍棒を高く振り上げる。
自分の頭の中で"死"という言葉が浮かび上がる。
叩きつけるように振り下ろさる棍棒がやけに遅く見えた。
刹那の意識の中で、固まって動かない体に必死に訴えかける。
(うご………………け…………!)
ドガァァッ!!!
「うぐっ……!!」
振り絞った力で後方になんとか身を投げ出して、ギリギリのところで避ける。
しかし、地面へ飛びついた反動で槍を放りだしてしまう。
「はぁっ、まずいまずいまずい!!立て立て立て立て!!!!」
「ガァァ!!!」
焦りと恐怖の中で必死に立ち上がり振り返ると、オークがこちらに迫り棍棒を横凪に振りかぶってきた。
「ひっ……!!まずうわっ!!!」
再度後方へ避けようと踏み込むが飛び出た木の根っこに足を引っかけて転んでしまう。
体が傾いたことによって、すんでのところで棍棒が体を掠め避けることができた。
転んだことによって結果的に命拾いをする。
「無理だ……!にげ……にげる……!!」
棍棒を空振ったことでオークが体勢を崩しており、その隙に立ち上がり走りだした。
一瞬転がっていた槍が見えたが気にする余裕もなかった。
後ろから届くオークの叫び声と追いかけてくる足音から必死で逃げる。
「グアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「無理無理無理…………!!!!」
一杯一杯の状態でとにかく足を動かす。
「ひっ……ひぃっ…………!」
――――
無我夢中で走りなんとか森を抜けた時、オークの声は聞こえなくなっていた。
幸い、オークは足が遅かったため巻くことが出来たようだった。
「はっ……はっ……はっ……はっ……。」
警戒するように後方の森を見渡すがオークの姿はなかった。
「あんなの……無理……無理だよ…………。」
棍棒を振り下ろす瞬間のオークの恐ろしい形相が頭によぎる。
「はぁっ……はぁっ……!うぅ……!!」
私はまた逃げるようにその場から走り出した
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
キーワードに「シリアス」が入ってないの親切じゃないなと思ったので入れておきました。
ここまで百合要素全然ないですね。すみません……。
更新はスローペースだと思うのでふと思い出した時にでも読んでいただけると嬉しいです。