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厄病女神と頭取会議

 頭取会議は完全に行き詰まっていた。

 俺含め倶楽部の各部署の責任者である頭取たちはむっつりとした顔で腕を組み踏ん反り返って座り込んでいた。

 会議の場には七人の男女が席に着いていた。

 大目付たる俺のすぐ左隣には、中肉中背の地味な印象の先輩が座っている。午前に電話をかけてきた公事くじ方頭取の仁井見にいみ先輩だ。

「いやぁ、中々決まらないねぇ」

 仁井見先輩はへらへら笑いながら言ってきた。

 この先輩の根回しが下手糞だから、こんなふうに揉めているのではないか。と言いたくなるも、一応、一年先輩である相手にそんなことを言うわけにはいくまい。

「先輩の調整に少々難があったのでは?」

「それって、言い方は丁寧だけど、お前の根回しが下手糞だろってことだよね?」

 言葉に含められた意味を上手く理解する読解力に優れた先輩のようだ。

「しかし、倶楽部の会議を準備調整するのは、公事方の掟御定奉行の仕事では?」

「今はこの事態の責任がどこにあるとかそういうことを議論している場合じゃないよ。それよりも、この事態をどう収拾するかということが問題さ」

 ちょこざいな屁理屈を捏ねやがる。伊達に掟御定奉行おきておさだめぶぎょうを歴任していない。あの役職は口が達者じゃないと務まらんからな。

 この事態というのは、つまりは、我が倶楽部を統率する今期の頭取首座を選出する為の頭取会議において、意見の対立から会議は混乱、紛糾し、いつまで経っても首座を選出できないでいた。

 というのも、仁井見先輩が推す勝手かって方頭取中鹿先輩の首座就任に他の頭取たちが強く反対したからである。では、他に候補がいるのかといえば、幹事長音沢が立候補したそうな顔をしていたものの、彼を推す者はなかったし、他の適当な候補はいなかった。にも関わらず、頭取たちが中鹿先輩の首座就任に反対する理由は、権力の分散にかかることである。

 代文屋店主松宮は言った。

「中鹿先輩自身に問題があるわけではない。しかし、財政責任者たる勝手方頭取が全体の組織の長たる首座を務めることに問題があるのだ。つまり、組織全体の総指揮者が組織の金に関する権限までもを握ることは、権力の集中が過ぎるのではないか? 現に、過去、勝手方出身の頭取二名はいずれも予算のバラマキや買収等による汚職に手を染めている。到底容認できることではない。また、その首座の暴走を抑え監視するはずの公事方頭取と大目付が推薦しているということも問題ではないか?」

 黒髪おかっぱ頭で眼鏡をかけた一昔前の糞真面目学級委員長みたいな松宮はそんなことを無表情で淡々と述べ、他の頭取連も頷いたのである。眼鏡かけて洋服着た座敷童みたいな奴のくせに中々厳しいことを言いやがる。

 まぁ、確かに、勝手方、公事方、大目付という財政責任者、規律管理者、監査担当者の三者がつるんでいりゃあ、その他の部署は警戒感を抱くのは仕方がないといえよう。この点は、勝手方頭取を推し、大目付に協力を求めた公事方頭取の責任だ。

 こうして、我々は膠着状態に陥った。喉の渇きを覚えて、机の上に置かれたお茶のペットボトルを手にするが、呆気ないほど軽い。中身は空だった。見れば、全員のペットボトルの中身が空だ。

「こうして黙り込んでいても何にもなるまい。いい加減、さっさと決めようではないか」

 かなり、イライラしてきた俺が発言するも、こんな感じの発言自体、既に全員が三回は口にしている。

「じゃあ、どうやって決めるっていうのよ?」

 長い茶髪をポニーテールにした気だるげな人間写真部部長高賀野先輩が言った。この台詞も既に全員が三回は口にしている。

 その言葉に、俺は何とも言えず黙り込むしかない。

 そんなことを更に発言者を変えて三度繰り返した後、我々は小休止を挟むこととした。

「三十分後にここに再集合しよう」

 仁井見先輩の言葉に全員が頷き、俺は会議を行っていた部屋を後にした。

 その足で食堂へと向かった。そこには我が悪友が二人ほど待機していた。中肉中背の特徴のない野暮ったそうな男と鋭い目つきをした黒いショートカットの女だ。俺の古くからの友人の草田心平と薄村沙希だ。

「おーい。双葉ー」

 草田が唐突に大声を上げて、俺を見て、手を振ってきたので、俺は黙って歩いて行って、そいつの頭を殴る。

「痛いっ! 何すんのさっ!?」

「やかましい。貴様がわけわからんことを言うからだ」

「何も変なこと言ってないじゃん。名前呼んだだけじゃ」

「黙れっ! このすっとこどっこいっ!」

 もう一発、いや、足りないと思い、数発殴って黙らせる。あんまり殴り過ぎたせいか、草田は頭を抑えて動かなくなった。

「相変わらず、自分の名前にコンプレックスがあるみたいですね。もう二〇年以上その名前でやってるでしょうに」

「シャラップ」

 呆れ顔の薄村に俺はぴしゃりと言い放つ。

「で。どうでした? 頭取会議は?」

 薄村の問いに俺は会議の模様を粗方話して聞かせてやった。こいつも倶楽部の一員なのだ。大目付配下ではあるが、今は勘定吟味役として勝手方に出向している。ちなみに草田は公用組頭という役職にある。公用組は倶楽部の渉外部門であり、公用人をトップとする。俺はこの間までこの公用人という役職にあった。

「そうですか。決まりませんでしたか」

「今は小休止だ。これが終わったら、まーたあすこに缶詰だ。今日中に決まるかどうかもわからん」

「まぁ、しかし、執行三方がまとまっていれば、他の部署が反発するのも頷けるという話です。もっと事前に策を練ればよかったですね」

「仁井見先輩の根回しが遅いのが悪いのだ。少なくとも、一週間は前に言っておいてくれれば、こんなことにはならんかった」

「とはいえ、公事方は一昨日まで内紛が続いていましたから。御用奉行が仁井見頭取を降ろそうと画策して、公事方を真っ二つにしていましたから」

 我が倶楽部では、たまに、こーいうクーデター騒ぎや内乱、粛清なんかが、ちらほらと起こるのだ。とはいえ、それほど、血で血を洗うような暴力的な騒ぎではなく、大抵は内部の多数派工作とか部屋に閉じ込めて出れないようにするとか間抜けな様を晒した写真などで脅すとか結構くだらない感じの闘争である。

「結局、御用奉行派が敗れて、御用奉行の砂川は雑務所の広報奉行に左遷されたな。もう、あいつは雑務所に塩漬けだろう」

 雑務所は他の部署ではやらないてきとーな仕事を押し付けられる部署であり、その中の広報奉行とは名のとおり広報を担当している。しかし、うちの倶楽部は秘密組織を気取っているので、基本的に広報なぞするわけがないので、ただの閑職に過ぎない。

「とりあえず、腹が減ったので、腹ごしらえをしよう」

「しかし、休憩時間は半時ですよね? 食べてる時間ありますか? 注文して、できあがったのを取りに行って食べてる暇なんかないんじゃないですか?」

 それもそうだ。止むを得ない何かコーヒーでも飲んで、空腹を我慢しよう。

「あー。おにぎりを作ってきましたよー。これを食べてくださいー」

 おぉ、なんとも気が利く奴だと思い、おにぎりを受け取りつつ、あぁ、またかと達観にも似た心持になる。

「貴様はまーた何でここにいるんだ?」

「先輩のいるところならば、どこにだって私は現れるのですー」

 絹坂はにこにこと笑いながらストーカー宣言。まぁ、今更か。こいつは高校時代から、よくよく、俺の側にいつの間にか現れる奴なのだ。

「しかも、何で、都合よくこんなものを持っているんだ」

「先輩をストーじゃない、見守りながら、お腹減ったら食べようと思ってたんです。あ、私に遠慮しないでもいいですよー。私はお腹減ったら食堂で何か買って食べますからー」

「誰が貴様に遠慮なんぞしてやるか」

「それって、私たちは遠慮しなくてもいい関係ってことですかー?」

 何だ。そのポジティブ思考は。気持ち悪いぞ。

 しかめ面で絹坂を睨みながら、何はともあれ、腹は減っているので、おにぎりをもりもりと食う。具は梅か。

「美味しいですかー?」

「普通」

「普通って何ですかー」

 絹坂の頬がぷくーっと膨らんだ。こいつは、ちょっと怒ると頬を膨らませるという漫画キャラみたいなことをするのだ。少し痛いので止めろと前から言っているのだが、効果はない。

「ただ、米に塩をまぶして梅を埋め込んだだけのおにぎりにそれほど味の違いが出るわけあるまい」

「先輩の意地悪ー」

「うるさいうるさい」

 絹坂がぴーぴー言う横でさっさとおにぎりを腹に収納する。

 と、ふと、悪友二名を見ると、なんだか、じと目で俺と絹坂を見ていた。何か言いたげだ。

「何だ。その目は」

「いや、なんつーか」

 草田はもごもごと口ごもる。何だというのだ。じれったい奴だな。さっさと喋れ。

「彼女いいなーと思ってた」

「このタイミングでどうしてそんなことを思うのか俺には全く理解できん」

「一人身は寂しいなーってことですよ」

 薄村がコーヒーにふーふーと息を吹きかけながら呟いた。なんだか、いつになくアンニュイだ。草田も深く頷いて同意する。一体、なんだというのだ。

「ところで、先輩ー。用事はまだ終わらないんですかー?」

「ん? うむ。決めなければならぬことが未だに決まらんでな」

 そろそろ、小休止の時間の終わる時刻である。まーた、あの沈黙の空間へ行ってむっつり黙っておらねばならん。

「えー。せっかくだから、一緒に買物とか行きたいなーって思ってたんですけどー」

「んなこと言われても、こっちの用が片付かん限り、貴様の用に付き合うことなどできん」

「もうそんなのあみだくじか何かで決めちゃえばいいじゃないですかー」

「そういうわけにはいかん。大事なことだからな」

「むーん」

 絹坂はまーた頬を膨らませた。だから、それを止めろと。

「しかし、アレですねー。先輩にも思い通りにならないことがあるんですねー?」

 じろりと絹坂を見ると、彼女はにひひと笑って見せた。

「私の中のイメージでは、先輩はなんでも自分の思い通りにしちゃう感じの人だったんですけどねー。或いは、思い通りにならないなら、全部引っくり返して止めちゃうかー」

 どんなイメージだ。それじゃあ、俺がまるで、何でもかんでも自分の思い通りにならないと嫌なワガママ野郎みたいじゃねえか。俺はそんなにも傍若無人な奴ではない。

 そろそろ、小休止も終わる時刻となり、俺は会議の場へ戻った。

 そして、一〇分で戻ってきた。

「早かったなぁ。もう決まったのかよ?」

「まぁな」

 驚く草田の問いかけに応じつつ、食堂の椅子に腰掛ける。

「一体どうやったのですか? 聞いたところによると対立は根深そうだったんですが」

「む? いや、ただ、あと一〇分で決まらないなら、俺は帰ると言ってやった」

 帰りたいのは全員が同じ気持ちだった。ただ、そういうわけにはいかんので、渋々と残ってやっていたのだが、俺の帰る宣言により、全員の帰りたい意識が急速に高まった結果、勝手方頭取中鹿先輩の首座就任に反対していた連中も態度を軟化させた。そこで、俺は、大目付が責任を持って首座の事務を監査し、定例の頭取会議で全て公表すると確約し、両者はそこで手打ちとなり、晴れて解散となったわけだ。誰もこの春の良い天気の日に屋内で何も決まらない非生産的な会議に時間を費やしたいと思わないからな。

「さすが、先輩ー。やっぱり、きちんと思い通りに物事を進めてしまうんですねー」

 俺がコーヒーを啜っていると、横から絹坂が能天気な笑顔で話しかけてきた。

「じゃあ、早速、お出かけしましょうよー」

「何でじゃ」

「さっき、終わったら、一緒に買物に行きましょうって言ったじゃないですかー。さぁさぁ、行きましょうよー」

 そう言って絹坂は俺を強引に引っ張り出した。ええいっ! 俺はゆっくりコーヒーも飲めんのか。

 草田が恨めしそうに、薄村が馬鹿にしたような顔で、俺を見送った。何だ。その態度は。

「ほらほらー。行きましょうよー」

 そのまま、俺は絹坂の買物に付き合わされたのだった。忌々しいことだ。

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