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厄病女神、オリエンテーションに出る

 上座では音沢がもう30分近くも長々と益体もない話をしている。

 音沢は俺と同学年だが一年浪人しているので年齢は一つ上。法学部の三年である。

 中肉中背で短めの髪を下痢糞みたいな、おっと、失礼。下痢糞はいかんな。言い換えよう。短めの髪を胃腸の調子が悪いときに出てくる柔らかい大便みたいな色に染めている。

 オリエンテーションでは、まず、今回の旅行の実務者である道中奉行の中林が軽い挨拶をしてから、責任者である幹事長音沢の挨拶と相成った。そこからが長かった。

 まず、話し始めるまでが長い。上座まで行く途中に友人だか仲間だからしき連中とふざけ合ったりじゃれ合ったりして、中々前に進まない。

 やっと所定の位置に立ったかと思えば、大して面白くないもない冗談を言い、それにまた仲間だか友人だかが変なヤジやらちょっかいを出して、糞つまらんやりとりをしやがる。これを話の合間合間に挟んでくるものだから、苛々してしょうがない。

 しかも、話していることに中身がない。結局は、毎年恒例の旅行会をやるので、皆仲良く懇親を深めよう的なことを言い換えて何度も繰り返しているだけだ。結局、お前は何を言いたいんだ? これなら小学校の児童会長の方がまともなことを言うぞ。

 実はこれは俺をイラつかせてストレスか脳溢血で殺そうとしているのではないか? という疑問を抱き始めたところで、音沢はようやく話を終えた。勿論、話にはオチもない。奴の取り巻き以外は白けているか半分寝ている状況である。

「えー。次に、大目付の冴上さんから旅行中の注意等についてお話を頂きます」

 道中奉行の中林の言葉で俺はすっかり凝り固まっていた腰を上げた。

 大目付の役割には倶楽部構成員の綱紀維持も含まれているのだ。これは公事方と熾烈な縄張り争いに晒されている部分で、時と場合によって、というよりもその時その時の大目付、公事方の力関係等によって、どちらが倶楽部内の綱紀粛正を取り締まるかが決まる。

 今回の旅行においては公事方の仁井見頭取が参加していない為、大目付の方に主導権があることから、今回の旅行中の綱紀粛正は大目付が管轄することとされている。

「諸君。今回は今年度最初の旅行会である。天候も宜しく、新人も多く参加していることを喜ばしく思う。ただ、本来であれば、新人歓迎会を先にすべきではないか。と私個人としては思うところであるが」

 既に倶楽部に加入した新人はそこそこの数に上っており、今回の旅行に参加する新人も多い。

 本来であれば、そういった新人を歓迎する会を先にやるべきであって、こんな時期に旅行会を企画するのは如何なものか。と、俺は強い疑問を持っていた。

 とはいえ、旅行会や歓迎会等の懇親会の計画、開催は幹事長の職分であり、俺が口出しできる範疇ではない。

 それでも、旅行中の諸注意の前にこの話をしたのは幹事長を批判する為であることは言うまでもない。

 音沢は俺の批判を聞いているのかいないのか、仲間内の連中とじゃれ合ってニヤニヤ笑っている。阿呆め。

「この旅行は我が倶楽部主催によるものであり、大学当局、学生会等は一切関知せぬ、いわばプライベートなものである。その目的は倶楽部構成員間の懇親を深めることにあり、お堅く真面目なものではない。諸君が積極的に歓談を持ち、懇親を深め、交友関係を広げ、学部や組織を越えた友を得る良い機会となることを期待する」

 俺の言葉に草田、薄村をはじめとする大目付傘下の仲間たちと絹坂が真面目ぶった顔でうんうんと頷く。他の人間の多くも、まぁまぁ、真面目に話を聞いているようだ。以前、俺が少し真面目な話をしているときに、雑談をしていた阿呆どもを蹴り飛ばした事件を忘れていないのだろう。あの時、蹴り飛ばしたのは誰だったかな。あぁ、そうだ。音沢だ。

 その音沢は仲間の一人鍋方与力の延岡に何やら耳打ちしてニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。こやつは大人しく人の話を聞くこともできんのか。小学生でもできることができんとは低能極まりないな。

「しかしながら、羽目を外し過ぎることは宜しくなく、ある一定の綱紀粛正が必要であることは論を待たない。具体的には、まず、未成年の飲酒、喫煙は勿論言うまでもなく御法度である。大学のコンパだからとか、身内だけだからとか、そのような言い訳は通用せんっ。俺の目の黒いうちは、俺の目の届く範囲において、かような不法行為が為されることは看過せぬっ。既にこちらは未成年者のリストを作成しており、彼の者が飲酒、喫煙していようものならば、片っ端から捕え、そこの小川に放り込むっ」

 俺の言葉に何人かの新人が乾いた笑い声を漏らす。我が言を冗談か、或いは少しキツめの注意喚起とでも受け取ったのかもしれない。

 だが、しかし、俺はやると言ったことは断固としてやる男だ。先程、述べた懲罰は断固として実行するつもりである。不届き者を捕える為の縄と濡れた体を拭く為のタオルを十分な量持参してきている。

「また、成年であっても、度を過ぎた飲酒は危険である。イッキ飲み、多量の飲酒、飲酒後の運転は絶対に禁止である。それを強要或いは唆すような行為も禁止である。そのような行為を働いた者も川に突っ込む」

 飲酒を悪い行為と否定するわけではないが、節度を守らねば本人にとっても周囲にとっても困った結果を招くことは言うまでもない。未成年の飲酒、イッキ飲みの強要等によるアルコール中毒など起こしては本人の健康を損ね、最悪死に至ることもある。

 また、そのような事件を起こした組織は社会的に責任を負わねばなるまい。世間からの批判があることは勿論である。歴史や伝統があるサークルなどであっても、そのような事件を起こして廃止などに追い込まれた例は枚挙に暇がないのである。我々が属す倶楽部のような非公式かつ怪しげな組織など一気に潰されてしまいかねん。

 社会的に身を守る為に大事なことの一つは、自分を攻撃されるような材料を生み出さないことだ。わざわざ、敵に自分を攻撃させる材料を与えることは愚中の愚というものであろう。規則や決まりを守ることはこのような理由もあるといえよう。昨今の若造どもはこういうことを理解していないから困る。

「倶楽部の職位や学年を理由としたセクシャルハラスメント、パワーハラスメントも厳禁である。歳や立場が上の者が為すべきことは後輩を顎で使ったり、苛めたり、からかったりすることではない。後輩や下の者の面倒を見てやり、相談に乗り、助言してやることだ。その辺りをよく理解せよ」

 それから、俺は一つ咳払いしてから続けた。

「それと、最後に。我が倶楽部は組織内の恋愛を禁じているわけではない。不純異性交遊禁止というわけでもない。大学生にもなって、男女交際はお手手繋ぐまでと言うわけではない。だが、しかし、時と場所を理解して頂きたい。旅行先で気分が盛り上がるのは分かるが、これは倶楽部の旅行であり、多くの参加者がいるものだ。どこぞに隠れて接吻するくらいならば、まだ許すが、それ以上は勘弁願いたい」

 そこまで言ったところで、絹坂と目が合った。厄病女神はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、俺を見つめている。何か言いたげな様子であるが、俺は無視した。

「繰り返すが、未成年の飲酒、喫煙、危険な飲酒行為、飲酒運転、行き過ぎたバカップル行為は禁止である。これらの点を理解の上で旅行会を楽しんで頂ければと思う。以上」

 説教臭い話をした後、俺は元の席に戻った。

 その後、中林が今後の流れを説明した。一度、それぞれの割り当てのコテージに戻って一時間ほど休息した後、夕飯の用意を始める。夕食のバーベキューは膳奉行内川の指揮の下、賄方まかないかたが行うが、人数が多いため、手伝いをお願いしたいとのことであった。夕食の後は花火大会が行われるという。

 以上をもって、オリエンテーションは終わり、一先ず解散となった。

 俺は草田、薄村、その他、大目付配下の同志たちと連れ立ってコテージを出た。

 ふと、なんとなく、特に大して気になったわけでもないが、本当に気まぐれに、目を離すとまた何かとんでもないことをしでかしたりするかもしれないので、そういった意味で、コテージを出る前に厄病女神の奴の姿を探した。

 すると、奴の姿はあのうんこ色の髪をした野郎の傍にあった。

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