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厄病女神、オートキャンプ場へ

 道中方同心として厄病女神に課せられていた任務は「前の車に付いて行く」だけであったそうである。勿論、目的地は知っている。旅のしおりにも書いてあるからな。ただ、そこへ至るまでの道程などは知らず、調べてもおらず、ただ、前の車に付いて走ればOKという感じであったらしい。それほどスピードを出して走るわけではないし、ところどころで休憩を挟みながら行くのではぐれる間抜けなどいまい。と考えられていたのだろう。

 しかし、ここに一人、間抜けがいたのだ。

「それはお前だーっ!」

「何ですかそれー。何かの怪談ですかー?」

「うっさいわっ。んなふざけたことを抜かしている場合かっ! どーすんだこの状況っ!」

「そんな怒鳴らないで下さいよー。唾がかかりますー。あ、でも、私、先輩の唾なら大丈夫ですー。むしろ、歓迎ですー」

 変態的なことを言い出したので俺は黙り込む。

 とにかく、この状況をどうにかせねばなるまい。目的地はわかっているし、現在地もなんとなくわかる。となれば、あとは道程さえはっきりすればどうにかなるのではないか。見たところ、絹坂の車にはカーナビが搭載されていない為、地図をもってこれから進むべき進路を確認しつつ向かうしかあるまい。

「おい、地図を出せ」

「は? チーズ? 先輩、乳製品あんまり好きじゃなかったですよねー?」

「馬鹿を言うなっ! 地図だ! 地図! 誰がチーズ言ったかっ!?」

「あー。地図ですかー。そんなもんないですねー」

 絹坂はぼけっとした顔で言った。

「ハァぁぁ? 何言ってんだこの糞野郎」

 車に地図も積まず遠出する馬鹿が何処にいるというのか。この役立たずのすっとこどっこいめ。

「えー。野郎じゃないですよー。私、女ですもーん。日本語を正しく使わないなんて、先輩らしくないですねー。日本語は正しく使わないと駄目なんですよー。うぷぷー」

 絹坂はそう言って、俺の顔を指差して嘲笑した。よし。この喧嘩買うぞ。

「この大馬鹿厄病女神めぇっ!」

「ぎゃあーっ! 痛ぁいっ! 暴力反対っ! あ、パトカーっ! お巡りさんっ! 今ここでDVが行われていますよーっ!」

 俺と忌々しき厄病女神は運転席と助手席の狭い空間の中で暫く掴み合いの取っ組み合いをやった後、疲れたので一先ず休戦した。

「仕方あるまい。携帯電話を出せ。アレならば地図とか出せるんじゃないか?」

「そう言うなら自分の出せばいいじゃないですかー」

 乱れた髪を手で漉きながら絹坂がぶーたれた顔で言う。

「そう思ったんだが、俺は今日携帯電話を家に忘れてきた」

「間抜け」

「おい、貴様今何て言ったっ!?」

「なーんも言ってませんよー」

「いや、とぼけても無駄だぞっ!」

 激昂した俺が再び絹坂に怒りの鉄槌を下そうとしたところで、後部座席から薄村が落ち着いた様子で口を挟んだ。

「お二人ともいい加減落ち着いて下さい。まずは冷静になりましょう」

 薄村が言うのならば、とりあえずは落ち着こう。確かに俺は少し冷静さを欠いていたやもしれん。

「よし。じゃあ、まずは携帯電話か何かで地図を探せ」

「私のスマートフォンがGPS対応してるので現在地も分かります。あとはナビ機能を使えば行けるのではないかと」

 薄村がすまーとふぉんとかじーぴーえすとかなびきのーとかよくわからんことを言っている。こいつはいつから外人になったのだ。

「よくわからんが、それで上手いことやれ」

「よくわからないくせに偉そうですね。まぁ、いつものことですけど」

 薄村の言葉はたまに手厳しく刺々しい。

 彼女は後部座席ですまーとふぉんだか何だかを操作して指示を出し始めた。絹坂は言われるがままに車を発進させ、走らせる。草田は寝ていた。役立たずめ。


 一時間と少しほど単独行動をした挙句、紆余曲折を経て、我々はどうにかこうにか目的地に到着することに成功した。

 目的地は関東某県某郡某町の広さだけは十分にあるオートキャンプ場である。ここにある大人数用のコテージを7戸借り切って、宿泊するという計画だ。夕食は屋外でバーベキュー、夜には花火大会と飲み会があるという。

「しかし、相変わらずキャンプ場か。たまには温泉旅館だのリゾートホテルだのに泊まれないのか」

「いや、そりゃ無理ってもんだろ。俺たちが毎月納めてる旅行会費がいくらか知ってるか?」

 俺が不平を漏らすと、草田が呆れ顔で言った。旅行会費とは、倶楽部の構成員が毎月支払っている旅行の為の積立資金である。倶楽部の旅行会はこの積立金によって運営されている。

「知らぬわけがあるまい。あの強欲な道中方の連中が毎月欠かさず徴収に来やがるからな」

「それで、いくらなんですかー?」

 駐車場に車を停めた絹坂が聞いてきた。こいつは倶楽部に入って日が浅い為、まだ旅行積立金を納金したことがないのだろう。

「500円だ」

 俺が答えると、絹坂は黙り込んだ。なんとも言えない表情で俺をじっと見る。

「何だ。何が言いたい」

「…………先輩……」

「おい、言いたいことがあるなら、はっきり言え。何だその呆れたような憐れむような面は」

 結局、絹坂は何も言わず黙って俺を見ていた。何だというのだ。

「とはいえ、毎月500円。年6000円の積立金ではビジネスホテルにどうにか泊まれるくらいの金額でしかありません。毎回、全員が参加するわけではありませんが、毎年何度も挙行しておりますから、どう考えても、貴方が言うような旅行は無理でしょう」

「だが、毎年、少なくない額の旅行予算が組まれているではないか」

「その予算を含めての話です」

「うぅむ」

 ちなみに、我が倶楽部の予算における収入の過半は宿題や恋文の代筆を行う代文屋と学内の人々の写真を撮って販売するという肖像権を虚仮にするような商売を行う人間写真部によって賄われている。この二部署は売上数と売上額を誤魔化して、勘定方に金を上げていることがある。この誤魔化しを見破り、裏金を吐き出させるのも大目付の仕事である。

 たらたらと文句を言いながら、俺たちは旅のしおりを開き、指定されているコテージに向かう。まずは、そこに荷物を置き、その後、コテージのうちの一つでオリエンテーションがあるという。

「私、先輩と同じ寝袋で寝たいですー」

「貴様何を抜かしてるんだ。脳味噌腐ってるのか? まだこんなに涼しいのに今から腐っていては、夏には発酵して何か珍妙な酒の肴みたいなものになってしまうのではないか?」」

 よくわからんことを言い出す絹坂を軽くあしらいながら、自分が指定されたコテージへ向かった。草田と同じ場所であり、当然ながら絹坂や薄村とは違う。我が倶楽部はどこぞの如何わしいサークルやら何やらとは違うので、きちんと男女別にされておるのだ。

 コテージに荷物を置いた後、我々はオリエンテーションとやらに参加すべく集まった。

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